第5話 イカれた生活魔術師と不吉な子、村へ行く
すっきりと晴れ渡った青空の下、私たちはコモレビ村の中心へと続く一本道を歩いていた。
「ミーシャちゃん、歩くペースは大丈夫? 疲れちゃったらすぐ言ってね。おんぶでも抱っこでも、なんなら生活魔術でお神輿でも作るから!」
「だ、大丈夫です、お姉ちゃん! ちゃんと歩けますっ」
私の右隣で、ミーシャちゃんが私の服の裾を小さな手でぎゅっと握りしめている。
着ているのは、私が丈を詰めて仕立て直した柔らかなリネンのワンピースだ。
銀糸の髪をふたつに結わえ、毛先が歩くたびにふわふわと揺れている。
……ああっ、可愛い! 歩いているだけで世界に平和をもたらすレベルの愛らしさだわ!
「ふふ、髪型もすっごく似合ってるわよ。世界一の美少女ね!」
「えへへ……お姉ちゃんが結んでくれたから……」
照れくさそうにはにかむミーシャちゃん。
はい、朝から何度目かのMP満タンチャージ完了! 本当に素晴らしい仕様ね。
けれど、村の広場が近づくにつれて、ミーシャちゃんの歩みがわずかに強張っていった。
握りしめられた私の服の裾が、ぎゅっと強く引っ張られる。
視線を向けると、ミーシャちゃんの紫の瞳が不安げに揺れ、周囲を警戒するように縮こまっていた。
――コモレビ村の広場。
日用品や作物を並べた露店が並び、農作業の合間の村人たちが行き交う、この村で一番賑やかな場所だ。
私たちが広場に足を踏み入れた瞬間、ざわざわとしていた空気が、まるで水を打ったように静まり返った。
「……おい、見ろよ」
「あれ……森はずれの空き家に住み着いた、あの生活魔術師じゃねえか?」
「隣にいるのって……まさか、あの森の掘っ立て小屋にいた……」
「呪われた不吉な子だろ? なんであいつが……」
ひそひそと、遠巻きの囁き声が風に乗って聞こえてくる。
石を投げつけてくるほどではない。森の入口で箒を使って追い払ったあの迷信深い年長者たちとは違い、広場にいる大半の村人たちは、ただ得体の知れないものを遠巻きに眺めているだけだ。
けれど、幼い少女の心をえぐるには、十分すぎるほどの冷たい視線だった。
「っ……」
ミーシャちゃんが息を呑み、私の背中へと隠れようとする。
その瞳には、村人たちの胸の内に渦巻く「関わりたくない」「不気味だ」という黒いモヤが見えているのだろう。
まったく、失礼しちゃうわね!
こんなに天使のように愛らしい女の子をつかまえて、不吉だなんてどの目が言っているのかしら!
私は逃げるように俯くミーシャちゃんの手を、ぎゅっと力強く握り直した。
そして、背筋をピンと伸ばし、満面の営業用ビッグスマイルを浮かべて広場の中心へと進み出た。
「あら皆さん、こんにちは! 絶好の買い出し日和ですね!」
私の朗らかすぎる大声に、ひそひそ話をしていた村人たちがビクッと肩を跳ねさせた。
そう、この村における私の通称は『イカれた生活魔術師』。
前世の記憶が戻った直後、目立ちすぎる生活魔術を連発して以来、良くも悪くもアンタッチャブルな変人として扱われているのだ。
変人上等! 陽キャの圧というものを、たっぷり味わわせてあげるわ!
「紹介しますね! こちら、私の世界一可愛い妹のミーシャちゃんです! ねえ皆さん見てください、この天使のような可愛さ! 息をしてるだけで百点満点なんですよ!」
ばばーんとミーシャちゃんを両手で前にお披露目すると、村人たちはぽかんと口を開けた。
「い、妹……!?」
「あいつ、あの子を妹にしたのか……?」
「不吉だとか呪いだとか、そんなデタラメを信じてる暇があったら、この銀髪のツヤを見てください! お肌もすべすべで、瞳は極上のアメジストですよ! 目の保養にしてくれて構いませんからね!」
圧倒的な勢いでまくしたてる私に、村人たちは気圧されて一歩後ずさる。
よし、威嚇完了ね!
「さあミーシャちゃん、お買い物に行きましょ!」
「は、はい……っ!」
呆気にとられていたミーシャちゃんを引き連れて、私はまず園芸と種苗を扱うお店へと向かった。
店先に立っていたのは、頑固そうな初老の店主さんだ。
彼もまた、戸惑ったような目で私たちを見ていたけれど、私が金貨をチャリンと鳴らすと、商売人の顔に戻って咳払いをした。
「……何を探してるんだい、生活魔術師のお嬢さん」
「家庭菜園とお花畑を作りたいんです! 初心者でも育てやすくて、綺麗なお花の種と、美味しいお野菜の苗をいただけますか?」
「お花と……野菜かね」
店主さんはチラリとミーシャちゃんを見た。
ミーシャちゃんは緊張で小さく震えていたけれど、棚に並んだ種袋を見つめるその瞳は、好奇心でほんのりと輝いていた。
店主さんは少し考えるように眉を寄せると、棚の奥からいくつかの袋を取り出した。
「……それなら、この日だまり草の種がいい。丈夫で、小さな黄色い花がたくさん咲く。あと野菜なら、甘カブの苗と、ポムの実の苗だ。しっかり水をやれば、痩せた土でも育つはずだ」
「まあ、素敵! ミーシャちゃん、どうかしら?」
「あ……はいっ……! 日だまり草……森でも見たことがあります。すごく、いい匂いがするお花です……っ」
ミーシャちゃんが小さく答えると、店主さんは珍しいものを見るように目を丸くし、そしてぶっきらぼうに頷いた。
「……そうかい。よく知ってるな。おまけにハーブの種もつけてやるよ」
「まあ、ありがとうございます! 店主さん、お優しいのね!」
買い物を終えて店を出ると、次は衣料品と雑貨を扱う店へ向かった。
そこでミーシャちゃんに似合うパステルカラーのワンピースやリボン、柔らかい革靴を何足も買い込み、さらに日用品もたっぷりと買い揃えた。
どの店でも最初は遠巻きに警戒されたけれど、私が惜しみなく褒めちぎり、ミーシャちゃんが丁寧にお辞儀をするたびに、村人たちの警戒心は少しずつ毒気を抜かれていったようだった。
両手いっぱいの荷物を抱えて、私たちは村はずれの帰り道へと向かった。
木漏れ日が揺れる静かな小道。
人の気配が遠ざかると、ミーシャちゃんはほっと胸を撫で下ろし、そして――また申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「あの……お姉ちゃん」
「なあに?」
「ごめんなさい……。わたしのせいで、みんなにジロジロ見られちゃって……お姉ちゃんまで、変な目で見られちゃいました……」
小さな声でつぶやかれた言葉に、私は足を止めた。
荷物を片手にまとめ、ミーシャちゃんの前に屈み込む。
「ミーシャちゃん、何か勘違いしてないかしら?」
「え……?」
「みんながジロジロ見てたのはね、ミーシャちゃんがあまりにも可愛すぎたからよ!」
「ふぇっ……!?」
思いも寄らない言葉だったのか、ミーシャちゃんが変な声を上げた。
「あんなに天使みたいに愛らしい女の子が、おしゃれなワンピースを着て歩いてるのよ? 見惚れちゃうに決まってるじゃない! 『なんだあのお人形さんみたいな美少女は!?』って、みんな内心大パニックだったのよ、絶対に!」
「そ、そんなわけないです……っ! だって、わたし……」
「そんなわけあるの! お姉ちゃんが言うんだから間違いないわ!」
私はミーシャちゃんの柔らかい両頬を包み、ぐっと顔を近づけた。
「いい? 他人が勝手に貼った『不吉』なんてラベル、ただのゴミクズよ。ミーシャちゃんは、私の自慢の可愛い妹。堂々と胸を張っていいの。世界中が敵に回ったって、私が絶対に味方だからね!」
「お姉、ちゃん……」
ミーシャちゃんの紫の瞳が、じわりと潤む。
邪眼を持つ彼女には、私の言葉に嘘偽りがひとかけらもないことが、痛いほど伝わっているはずだ。
「……ふふっ。お姉ちゃんは、やっぱりすごいです。わたし……少しだけ、怖くなくなりました」
「その調子よ! さあ、帰ってお庭にお花とお野菜を植えましょ!」
「はいっ!」
今度は心からの満面の笑顔で、ミーシャちゃんが頷いてくれた。
ポンッ!
はい、特大のMPオーバーフロー!
この子の笑顔が見られるなら、村中の偏見なんて何度でも吹き飛ばしてやるわ。
――と、その時だった。
村の中心の方角から、バタバタと慌ただしい足音が響いてきた。
農具を持った数人の村人たちが、真っ青な顔をして走り抜けていくのが見える。
「大変だ! 西の畑が……!」
「また作物が枯れ始めてるぞ! このままじゃ今年の収穫が全滅だ!」
切迫した叫び声が、風に乗って耳に届いた。
ミーシャちゃんがピクリと耳を澄ませ、不安そうに村の方角を振り返る。
「お姉ちゃん……畑が、大変みたいです……」
「……そうみたいね」
コモレビ村の命綱である畑に、何かが起きているらしい。
けれど、今の私たちはまず、我が家の家庭菜園を作るのが先決ね。
ミーシャちゃんの手を引きながら、私は我が家へと歩みを進めたのだった。
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