第4話 妹のためなら、家だって理想に改装できます
ことり、と小鳥のさえずりが窓の外から聞こえて、私は心地よい朝の光の中で目を覚ました。
隣の毛布に包まって、銀髪の天使がすやすやと寝息を立てている。
……尊い。朝一番の視界が尊すぎて合掌しそうになる。
昨夜はさんざん泣きじゃくったミーシャちゃんだったけれど、お腹がいっぱいになって安心したのか、泥のように眠っていた。
私が身を起こすと、気配を察したのか、ミーシャちゃんの長い睫毛が震えて紫の瞳が開いた。
「……ん……あ……」
「おはよう、ミーシャちゃん! よく眠れた?」
「お、おはようございます……お姉ちゃん……っ」
私を認識した瞬間、ぱあっと表情が輝く。そして「お姉ちゃん」と呼んでくれた瞬間――。
ポンッ!
軽快な音とともに、私の魔力タンクが早くも満タン&オーバーフロー!
素晴らしいわ。目覚めの挨拶ひとつでMPが全回復するなんて、最高の永久機関ね。
「ふふ、お腹空いたでしょ? 朝ごはんにしましょ!」
「は、はいっ! あの、わたし、何かお手伝いを――」
「いいのいいの! ミーシャちゃんはそこに座って、ニコニコ待っててくれるだけで百点満点よ!」
縮こまるミーシャちゃんを椅子に座らせ、私はキッチンへ立った。
メニューは、特製フレンチトーストとフレッシュサラダ、そして温かいハーブミルクティーだ。
もちろん生活魔術をふんだんに投入する。『生活魔術・均等加熱&ふんわり極上焼き』!
火加減の概念に干渉し、表面はカリッと香ばしく、中はプリンのようにとろける奇跡の焼き上がりだ。
「さあ召し上がれ、ミーシャちゃん特製モーニングよ!」
「わあ……! す、すごい……あまい、いい匂いがします……!」
フォークを手にしたミーシャちゃんが、一口頬張る。
その瞬間、ふにゃりと眉尻が下がって、幸せそうな笑みがこぼれた。
「おいひい……です……! ふわふわで、とろけて……こんなの、食べたことないです……!」
「美味しく食べてくれて天才! いっぱい食べて大きくなってね!」
頬袋をリスのように膨らませるミーシャちゃんを見ているだけで、胸の奥が温かくなる。
前世では妹の朝ごはんをゆっくり味わう時間すらなかった。誰かと美味しい朝ごはんを食べる。それだけで人生はこんなにも満たされるのだ。
食後、私は立ち上がり、ぱんと両手を打ち合わせた。
「さて! 今日の本題に入りましょ! 名付けて『ミーシャちゃんのための理想のお城大改装作戦』よ!」
「お、お城……!?」
目を丸くするミーシャちゃんの手を引いて、部屋の真ん中に立った。
この家は森に近い空き家で、陽当たりも庭も最高だけれど、古いせいで隙間風が通り、床もギシギシ鳴る。
これまでは魔力省エネのために最低限の掃除しかしてこなかったけれど、今の私にはミーシャちゃんがいる。
MPの枯渇を恐れる必要は、もはや塵ひとつない!
「可愛い妹ちゃんを隙間風の通る家に住まわせられないわ。世界一暖かくて快適な我が家にするの!」
「で、でも……わたしなんかのために、そんな大変なこと……納屋の隅っこでも平気です……っ」
「納屋の隅っこなんて絶対に許しません! ミーシャちゃんは我が家のお姫様なんだから!」
私は腕まくりをして両手を広げた。
「いくわよ――『生活魔術・徹底清掃&防塵コーティング』!」
カッ、と部屋いっぱいに光が広がった。
埃やカビが原子レベルで分解・消滅し、古い木材の表面に撥水・防汚の皮膜が張られ、最高級無垢材のように艶やかに輝き出す。
「ひゃああっ!?」
「まだまだよ! 次は補修――『生活魔術・構造修繕&強靭補強』!」
隙間風の継ぎ手がカチリと噛み合い、腐りかけた土台が新緑の息吹を取り戻して引き締まる。外気温をシャットアウトする完璧な断熱構造へ変貌を遂げた。
……骨組みから古代竜のブレスすら弾きそうな気配が漂っているけれど、頑丈なのは良いことよ!
「お、お家が光ってます……!?」
「ふふ、次はミーシャちゃんの個室よ!」
南向きの一番日当たりの良い部屋を開け、壁を清潔な漆喰コーティングで整える。
そして部屋の中央には、私が全身全霊を込めて誂えたベッド!
「『生活魔術・極上綿打ち&ふんわり形状記憶』!」
マットレスが焼きたてのパンのようにふっくら膨らみ、太陽の香りのするシーツが整った。
「ほらミーシャちゃん、座ってみて!」
「えっ、でも汚しちゃったら……」
「ピカピカなんだから汚れるわけないでしょ! ほら、えいっ」
ベッドに乗せてあげると、ミーシャちゃんの体がふわりと沈み込んだ。
「……っ! ふ、ふわっ……ふわです……! 雲の上に座ってるみたい……!」
「夜はここでぐっすり眠ってね。怖い夢なんてお姉ちゃんが全部吹き飛ばしてあげるから!」
「お姉ちゃん……っ、わたし、こんな素敵な部屋、本当にいいの……?」
「いいに決まってるじゃない! ミーシャちゃんのために作ったんだから!」
涙ぐむミーシャちゃんの頭をぐしゃぐしゃと撫で回すと、頭の中で「ポンッ、ポンッ!」とMPが連続チャージされる。素晴らしい永久機関ね!
勢いに乗って、いつでも適温のお湯が湧く檜風バスに、リビングの外には広々とした木の縁側を新設した。
夕暮れ時。新設した縁側に並んで腰を下ろし、冷たいベリージュースで喉を潤す。
「すごい……本当にお城みたい。昨日まで森の小屋で震えてたのが嘘みたいです……」
「もうあんな寒い思いはさせないわよ。ここはミーシャちゃんのお家なんだから」
「……あの、お姉ちゃん。わたし、何もお返しできないのに、こんなによくしてもらって……申し訳ないです……」
小さな声でこぼされた弱音。染み付いた自己否定は簡単には消えない。
だからこそ、私は何度だって言ってあげるのだ。
「お返しなんて、もう山ほどもらってるわよ」
「え……? でも、わたし、何も……」
「『おはよう』って笑ってくれて、ごはんを『美味しい』って食べてくれて、ベッドで喜んでくれたでしょ? ミーシャちゃんが笑ってくれること以上に嬉しいお返しなんてないの! ミーシャちゃんが生きてここにいてくれるだけで百点満点よ!」
胸を張ってウインクすると、ミーシャちゃんは呆気にとられ、そしてくすっと吹き出した。
「ふふ……お姉ちゃんは、不思議な人です」
「お姉ちゃんは天才だからね! あ、でも庭がまだちょっと寂しいかしらね」
広々とした庭を見つめると、ミーシャちゃんがそっと視線を落とした。
「あの……もし邪魔じゃなかったら、わたし、お花を植えてみたいです。森にいた頃、野のお花とお話しするのが好きだったから……」
「素晴らしいわミーシャちゃん! 家庭菜園とお花畑、最高じゃない! 絶対やりましょ!」
「ほんとですか……っ? やったぁ……!」
はにかむ笑顔が愛らしすぎて胸が苦しい。
よし、そうと決まれば――。
「明日は村へ行って、お花の種や野菜の苗、ミーシャちゃんの可愛い服を買いに行かなきゃね!」
「えっ……む、村……ですか……?」
ミーシャちゃんの表情が一瞬強張る。「不吉な子」と石を投げられた場所。
私はその小さな手を優しく包み込み、とびきり頼もしい笑顔を向けた。
「大丈夫よ。お姉ちゃんがずーっと手を繋いでてあげるからね。悪いやつがいたら、箒でピッカピカにお掃除してあげるわ!」
「……ふふっ。はい、お姉ちゃん!」
ぎゅっと握り返された手のぬくもりを感じながら、私たちは暮れなずむ空を見上げた。
明日は村へのお出かけ。
どんな視線が向けられようと、私がこの世界一可愛い妹を全力で肯定してみせる――そう心に誓いながら。
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