第14話 竜人さんは豪快に薪を割り、至高のスタミナ肉料理に胃袋を掴まれました
「……信じられん。キリカ様が、己の意思で人間のメイドになっておられるなど……!」
裏庭の丸太置き場の前で、竜人騎士ヴァレリアさんは額に濡れタオルを貼り付けたまま呆然と呟いていた。
視線の先では、エプロン姿のキリカちゃんが急須からハーブティーを注いでいる。
「何度言えばわかるのだ、ヴァレリア。私は洗脳などされておらん。我が主――ミーシャ様の愛らしさと、お姉様の慈愛とお料理に心服し、ここに仕えることを誇りに思っておるのだ」
「し、しかし……! 四天王最強と謳われたキリカ様が、庭掃除など……!」
「フッ、貴様にはまだ分からんのだ。落ち葉を掃き清め、お姉様から『百点満点よ!』と褒められた瞬間の、あの胸が震えるような達成感をな……!」
「キリカ様ぁぁぁ……!?」
キリカちゃんが得意げに胸を張る姿を見て、ヴァレリアさんは頭を抱えて呻いた。
完全に価値観のギャップで脳内がパンクしているようだ。
そんな様子を、縁側でポチを抱っこしたミーシャちゃんが微笑ましそうに見守っている。
「あのね、ヴァレリアさん?」
私は満面の笑顔で、作業用手袋と特大の両手斧を差し出した。
「キリカちゃんのことはゆっくり納得してもらうとして……まずは身体を動かしてスッキリしない? うちの裏庭にね、冬用の薪にしたい大きな丸太がいっぱいあるのよ」
「……む。人間よ、私は誇り高き竜人騎士だ。他国の薪割りなど――」
「まあ、ヴァレリアさんのその逞しい腕筋肉! まるで鍛え上げられた大樹の幹みたいね! 斧を持つ前から力強さが満ち溢れていて、息をして立っているだけで百点満点のかっこよさよ!」
「ぶっ……!?」
突然の全肯定ビームを浴び、ヴァレリアさんは顔を真っ赤にして後ずさった。
「な、何を馬鹿なことを……! 私は軍で『堅物』『脳筋』と叱責ばかり受けてきた武骨者だ! 褒められたことなど一度も……!」
「ええっ、こんなに立派な騎士さんなのに? 見る目がない上司だったのねえ。さあ、遠慮しないで使ってみて!」
「くっ……! わ、分かった! キリカ様からいただいたお茶の恩義だけは返さねば騎士道に反する! この丸太を片付ければよいのだな!?」
動揺を隠すように両手斧を握りしめ、丸太の前に立つヴァレリアさん。
そして――。
「フンッッッ!!」
ゴパァァァンッッ!!
豪快極まる一撃。
大人の胴回りほどもある硬い楢の丸太が、リンゴのように真っ二つに裂け散った。
両断された薪は、綺麗な四つ割りの形で左右へと積み上がっていく。
「フンッ! ハッ! セイヤッッ!!」
ズバァン! パカァン! ドサッ!
風を切り裂く斧の唸り声。
わずか数分の間に、山積みだった大丸太がみるみる極上の薪の山へ変わっていく。
「す、すごい……! お姉ちゃん、丸太があっという間に薪になっていきます……!」
ミーシャちゃんが目を輝かせて拍手を送る。
キリカちゃんも腕を組んで深く頷いた。
「うむ。相変わらずヴァレリアの筋力と集中力は軍随一だな。薪割りの速度は私すら凌駕しておる」
「本当に素晴らしいわ! 切り口がスパーンと真っ直ぐで芸術的! 息をして斧を振っているだけで一万点満点! ヴァレリアちゃん、あなた薪割りの天才よ!」
「て、天才……!? 息をしているだけで一万点……!?」
最後の丸太を割り終えたヴァレリアさんは、斧を持ったままガタガタと震え、耳まで真っ赤に染め上げていた。
「わ、私は……ただ丸太を割っただけで……。軍ではいつも『もっと繊細に戦え』と怒られてばかりだったのに……このような作業で、ここまで褒められるなど……っ!」
生真面目すぎるがゆえに、不器用で生きづらかったのね。
頑張ってきた人をちゃんと褒めるのは、お姉ちゃんとして当たり前の義務よ!
――ぐうううぅぅぅぅ……ッッ!!
その時、静かな庭に豪快な腹の虫が響き渡った。
音の発生源は、もちろんヴァレリアさんのお腹だ。
「あっ……し、失礼! キリカ様を探して三日三晩、飲まず食わずで野山を駆けてきたゆえ……!」
「ふふ、よく頑張って働いてくれたものね! これだけ立派な薪を作ってくれたんだもの、最高のご馳走でおもてなししなくっちゃ!」
私は腕まくりをして、キッチンの特大調理台へと向かった。
今日のメニューは、力仕事をしてくれた戦士さんのためのスタミナ肉料理よ!
取り出したのは、先日村人さんたちからお礼にいただいた極上の猪肉(フォレストボアのロース肉)。
厚切りにカットし、包丁の背でトントンと叩いて繊維をほぐす。
「『生活魔術・余分な脂抜き&柔らかジューシー下ごしらえ』!」
淡い光が肉を包むと、野性味あふれる筋張った赤身肉が、極上の霜降り肉のように柔らかくしっとりと変化した。
熱したフライパンに投入!
――ジュワァァァッッッ!!
食欲をそそる香ばしい煙が立ち上る。
表面をカリッと焼き固め、旨味を肉汁ごと閉じ込める。
「ミーシャちゃんの特製ハーブと香味野菜を投入! そして――『生活魔術・強火極上ロースト&スタミナ香味仕立て』!」
醤油ベースのタレ、焦がしニンニク、ハーブの清涼感が肉汁と絡み合い、極上の黄金ソースとなって肉を包み込む。
厚切りステーキを三枚重ねてドカンと盛り付け、熱々の香味ソースをたっぷり回しかければ完成!
「お待たせ! 『特製フォレストボアの極厚スタミナハーブステーキ』よ!」
「お、おおおおお……ッ!?」
縁側のテーブルに運ばれた大皿に、ヴァレリアさんの目が釘付けになった。
ガーリックとハーブの香りが庭いっぱいに充満している。
『ぐぬぬ……相変わらず主の姉の飯テロは容赦がないのう……』
足元でポチがよだれを垂らし、キリカちゃんが素早くポチ用の小皿にお肉を取り分けてやる。
「さあ、冷めないうちにどうぞ! ご飯も山盛りよそったわよ!」
「か、感謝する……! では、いただきます!」
ヴァレリアさんは分厚い肉塊を一切れ切り分け、口へと放り込んだ。
――ジュワッッッ!!
「…………ッッッ!?」
噛み締めた途端、溢れ出す圧倒的な肉汁。
固いはずの野獣の肉が舌の上でほどけ、噛むほどに芳醇な旨味が爆発する。
濃厚なガーリックタレを爽やかなハーブが見事に引き締め、三日三晩の疲労で枯れ果てていた身体へ滋養と活力がみなぎっていく。
「う……美味い……ッ! 美味すぎる……ッ!! な、何だこの肉は……!? 王宮の晩餐会ですら、これほどの至福は味わったことがないぞ……!?」
ヴァレリアさんは一心不乱に肉を頬張り、山盛りのご飯をかき込んだ。
あっという間に三枚の特大ステーキが胃袋へと消えていく。
「ふふ、キリカ様がここに留まる理由が、よく分かったであろう?」
お茶を差し出しながら、キリカちゃんが誇らしげに胸を張る。
ヴァレリアさんはお茶を飲み干すと、ポロポロと大粒の涙をこぼした。
「ああ……理解できた。我が身と舌を以て、痛いほど理解できたぞ……。温かな寝床、美味い飯……何より、己の存在を真っ向から肯定してくれる場所……。キリカ様が守りたかったものが、ここにあったのだな……」
「ヴァレリアさん……」
ミーシャちゃんがそっと歩み寄り、手元へ清潔な布巾を差し出した。
「ヴァレリアさん。キリカさんが心配で、ずっと走ってきたんですね。ヴァレリアさんの周りには、キリカ様を守りたいっていう真っ直ぐで温かい光しか見えません。優しい騎士さんなんですね」
「……っ!」
ミーシャちゃんの笑顔に触れ、屈強な竜人騎士は完全に毒気を抜かれたように目尻を下げた。
「ミーシャ様、温かいお言葉、痛み入ります。……キリカ様、私は貴女様の選択を全面的に支持いたします」
「うむ。分かってくれて嬉しいぞ、ヴァレリア」
「まあ! ミーシャちゃん、相手の優しさを見抜いて温かい言葉をかけてあげるなんて天使だわ! 息をして布巾を渡しているだけで百億点満点よ!」
たまらずミーシャちゃんを後ろからぎゅううっと抱きしめると――頭の奥で、ポンッッッ!!と心地よい音が弾け、魔力が一瞬で満タン&限界突破した。
やっぱりミーシャちゃんを愛でるのが一番のエネルギーチャージね!
「さて、ヴァレリアちゃん。これからどうするの? もし行く宛てがないなら――」
「いえ! キリカ様が仕えておられる以上、私が居候するわけにはまいりませぬ! 私は森の近くに拠点を構え、近隣の警戒にあたりましょう。そして――薪が必要な時は、いつでもお申し付けください! 大樹の一本や二本、いつでも真っ二つにして届けてみせます!」
「まあ! 本当に!? 力持ちのご近所さんができてすっごく心強いわ! いつでもお腹を空かせて遊びに来てね!」
「ははっ! ありがたき幸せ!」
ヴァレリアさんは力強く敬礼すると、満足そうに笑顔を浮かべて森へと帰っていった。
こうして、我が家にまた一人、親切で力持ちな「薪割り担当のご近所さん」が増えたのだった。
読んでくださりありがとうございます!
少しでも「面白かった」「続きが気になる!」と思っていただけたら、
ページ下部の
・【★★★★★】での評価
・ブックマーク登録
で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
次回更新も楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。




