第13話 エプロン姿の暗黒騎士さんと、討ち入りに来た竜人さん
ぽかぽかと温かい午後の光が、青々としたお庭を満たしていた。
庭の片隅には、ミーシャちゃんが大切に育てているハーブとお花畑が広がっている。
そして――。
サッ、サッ、サッ。
小気味よい竹箒の音が、規則正しく響いていた。
音の主は、艶やかな黒髪を後ろで一つに束ね、白いフリルのエプロンを身にまとったクール系美少女――元・魔王軍四天王最強の暗黒騎士、キリカちゃんだ。
「キリカちゃん、お掃除お疲れ様! すっごく綺麗になってるわね!」
私が縁側から声をかけると、キリカちゃんはビシッと直立不動の姿勢を取った。
「はっ! お姉様、お褒めいただき光栄です! ……ですが、この程度の掃き掃除など、メイドの務めの初歩にすぎません。小石一つ、落ち葉一枚すら我が主の歩みを妨げぬよう、完璧に清掃してみせます!」
紅い瞳を真剣に輝かせ、額の汗を拭うキリカちゃん。
真面目だ。恐ろしいほど真面目すぎる。
ほんの数日前まで「我が名はキリカ、魔王軍四天王が一角!」なんて黒煙を撒き散らしながら大剣を振り回していた人とは思えない馴染みっぷりである。
「まあまあ! キリカちゃんは本当に頑張り屋さんね! 箒の持ち方も綺麗だし、庭石の角までピカピカ! 息をして落ち葉を集めているだけで百点満点よ!」
「お、お姉様……! そのような身に余る全肯定をいただくと……胸の奥が熱くなり、忠誠心がカンストしてしまいそうです……!」
キリカちゃんは白磁の頬をほんのり赤らめ、感無量といった様子で胸元を押さえた。
前世のブラック営業時代、こんなに素直で努力家な後輩がいたら真っ先に有休を取らせて美味しい焼肉をご馳走していただろう。うちの妹分入りしてくれて本当に大正解だわ。
ふと視線を縁側に向けると、そこにはこの世の至宝が転がっていた。
ふかふかの座布団の上で、ミーシャちゃんがすやすやと心地よさそうにお昼寝をしている。
その腕の中には、手のひらサイズの白モフ――神獣フェンリシアことポチが、丸くなって「くぴ〜」と寝息を立てていた。
天使が妖精を抱きしめて寝ている。
尊い。尊すぎて視力が五・〇くらいに回復しそうだ。
「ふふ、ミーシャちゃん、午前中に一生懸命草むしりを手伝ってくれたから疲れちゃったのね。可愛い寝顔……生きてそこに転がっているだけで一億点満点だわ……!」
私が両手を合わせて拝んでいると、キリカちゃんもまた、息を呑んでミーシャちゃんの寝顔を見つめていた。
「……おお、我が主の神々しき寝姿……! この無垢なる平穏を破る者がいれば、私が命に代えても八つ裂きにしてくれましょう……!」
『……おい暗黒騎士、物騒な物言いはやめるのじゃ。主の愛らしい寝息が聞こえなくなるじゃろ……むにゃ』
ミーシャちゃんの腕の中で、ポチが念話で呑気に文句を垂れる。
すっかり我が家の警備隊長兼抱き枕として定着した神獣さまである。
鳥のさえずりと、ミーシャちゃんの寝息。
今日も我が家は最高に平和で――そう思った、矢先だった。
――ズズゥゥゥンッッ!!
突如、森の奥から大地を揺るがす重い足音が響き渡った。
木々がバキバキと音を立ててなぎ倒され、猛々しい風が吹き抜ける。
「な、何事だ……!?」
キリカちゃんが竹箒を構えて身構える。
お昼寝中だったミーシャちゃんが「う、ん……?」と微かに眉を寄せて身じろぎした。
ちょっと! うちの可愛い妹ちゃんが起きちゃうじゃないの!
ザザッ――と茂みを引き裂いて庭先へ飛び出してきたのは、一人の屈強な騎士だった。
身の丈は二メートル近くあり、燃えるような緋色のショートカットの隙間から、立派な真紅の角が二本突き出ている。
背中には巨大な鱗の尾。全身を頑強なミスリルの甲冑で覆い、手には身の丈を超える長大な竜槍を握りしめていた。
凛々しく引き締まった顔立ちの、生真面目そうな竜人の女性だ。
その竜人騎士は、血走った目で庭を見渡し、腹の底から怒号を轟かせた。
「キリカ様ぁぁぁーーーッッ!! ご無事ですか、キリカ様ぁぁぁッッ!!」
山あいにこだまする大声。
ビリビリと窓ガラスが震える。
ミーシャちゃんが「ひゃっ……!?」と目を丸くして跳ね起きてしまった。
「あああっ! ミーシャちゃんのお昼寝が妨害された!」
私の胸の内に、黒々としたお姉ちゃんセンサーの怒りがフツフツと湧き上がる。
だが、私よりも早く動いた者がいた。
「き、貴様は……ヴァレリアか!? なぜここにおるのだ!」
キリカちゃんが目を丸くして叫ぶ。
ヴァレリアと呼ばれた竜人騎士は、エプロン姿のキリカちゃんを認めるや否や、バッと目を剥いて槍を構え直した。
「キリカ様! やはりここに囚われておられたのですね! 突然消息を絶たれたゆえ、もしや人間に討たれたか、あるいは邪悪な呪術で洗脳され奴隷に身を落とされたのではと案じておりました! ……その薄汚れた布地を着せられ、屈辱の労働を強いられているお姿、見ていられませぬ!」
「は? う、薄汚れた布地だと……!? これはお姉様から賜った極上の手縫いエプロンぞ!」
「謀ったな、卑劣なる人間どもめ! 四天王最強のキリカ様を誑かし、家畜のごとく使役するとは万死に値する! キリカ様をお返し願おう! この竜人騎士ヴァレリアが、我が命に代えても――ッッ!!」
ヴァレリアさんは完全にこちらの話を聞く気ゼロだった。
ものすごい勘違いと忠誠心で頭に血が上り、竜槍に紅蓮の闘気をまとわせながら、大音声で突進してこようとした。
――だが。
「……貴様ぁぁぁーーーッッ!!」
突如、エプロン姿のキリカちゃんから、魔王軍四天王すら凍りつくような冷気が吹き荒れた。
キリカちゃんは瞬時にエプロンのポケットから、私がさっき手入れして渡したばかりの『焦げ付き知らずの頑固汚れ用鉄フライパン』を右手へと召喚。
地面を蹴り、目にも留まらぬ神速でヴァレリアさんの懐へと滑り込んだ。
「き、キリカ様――!?」
「我が主のお昼寝を邪魔するなと――言っているのが分からんのか、この大馬鹿者がぁぁぁッッ!!」
カコォォォォォンッッッ!!!!
山全体にこだまするような、なんとも快音極まる金属打撃音が響き渡った。
フライパンの平らな底が、ヴァレリアさんの立派な角の間――額のど真ん中にクリーンヒットしたのだ。
「ぐぼあっ……!?」
身の丈二メートルの屈強な竜人騎士は、白目を剥き、手から槍を取り落としてそのまま背中からズズゥゥンと地面に倒れ伏した。
頭の上を、漫画のように小鳥がピヨピヨと旋回している。
「ふぅ……ふぅ……。申し訳ありません、お姉様、我が主。私の不始末のせいで、お騒がせいたしました」
フライパンをスッと収め、深々と頭を下げるキリカちゃん。
いやあ、さすが元四天王。部下へのしつけが実に手際良いわね。
「え、ええと……キリカさんのお知り合い、ですか……?」
縁側でポチを抱えたミーシャちゃんがおずおずと尋ねる。
「はい、我が主。魔王軍で私の副官を務めていたヴァレリアという竜人です。腕は立つのですが……頭が固く、思い込むと人の話を聞かぬ猪武者でして。……処分はどうなさいますか? 敷地の外へ放り投げておきましょうか」
「まあ、そんな乱暴なことしちゃダメよ!」
私は倒れているヴァレリアさんのそばへ駆け寄った。
近くで見ると、背丈も肩幅も立派で、鎧の上からでもわかる引き締まった筋肉。
そして何より、手入れの行き届いた頑丈そうな両腕と、立派な紅い角。
……ピンときてしまった。
ちょうど裏庭に、冬に向けて割らなきゃいけない巨大な丸太が山積みになっていたのだ。
「見て、キリカちゃん、ミーシャちゃん! この人、すっごく頑丈そうで立派な筋肉だわ! 忠誠心も熱くて一本気だし、これだけの体格があれば……薪割りと力仕事を手伝ってもらうのに百点満点の人材じゃない!」
「は、はあ……? 薪割り、ですか……?」
キリカちゃんが目を丸くする。
ちょうどその時、額をさすりながらヴァレリアさんが「う、ううむ……」と呻き声を上げて意識を取り戻した。
「き、キリカ様……なぜ私をフライパンで……? ……ぬ? き、貴様は誰だ……!?」
よろよろと身を起こした竜人騎士さんへ、私はとびきり満面の笑顔で手を差し伸べた。
「こんにちは! 力持ちの竜人さん! うちの裏庭の薪割り、手伝っていかない?」
「……は???」
生真面目な竜人騎士ヴァレリアさんの頭の上に、巨大なハテナマークが浮かび上がったのだった。
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