第17話 公開審査への招待状
中央局へ戻ったとき、空はまだ明るかった。
北水門から流れ出した水が、地下の管路を通って町じゅうへ広がっている。通りの端では、止まっていた噴水が細い水柱を上げ、北区画の家々からは湯気が立ち始めていた。
けれど、中央配給局の廊下は静まり返っていた。
職員たちはミナとレオンの姿を見ると、声をひそめて道を空けた。誰もが北水門の騒ぎを知っている。けれど、知っていることを口にすれば、どこかから責められると思っているようだった。
「記録室へ行く」
レオンが言った。
「集めた魔法石の一覧と、水門の作業記録を整理する。今夜のうちに写しを作る」
「原本は?」
「私が保管する」
「それでは、あなたが狙われます」
「君が持っていても同じだ」
ミナは黙った。
レオンの言うとおりだった。水門で商会の使いが現れた以上、相手は二人が何を握っているかを知っている。帳面の一冊を隠すだけでは、もう足りない。
記録室へ入ると、机の上に見慣れない封筒が置かれていた。
白い厚紙に、青い蝋印が押されている。印章には、水路を囲む円と、中央に開かれた目が刻まれていた。
「中央審査院の印です」
レオンが封筒を裏返した。
「誰が届けたんでしょう」
「私たちが水門へ行っている間だろう」
封を切ると、中から一枚の招待状が現れた。
公開審査への出席を求める。
審査対象は、生活魔法資源の配給記録改ざん、魔法石の不正流通、ならびに北水門の違法閉鎖に関する一連の事案。
証言者として、中央配給局記録官ミナ。
監査担当官として、中央監査官レオン。
日時は二日後。場所は中央審査院大広間。
出席しない場合、提出された記録のみをもって審査を行う。
ミナは最後の行を読み、指を止めた。
「招待状というより、呼び出しですね」
「そうだな」
レオンは紙面を見つめたまま答えた。
「だが、公開審査になった」
「誰が申請したんでしょう」
「中央審査院が独自に動いた可能性もある。あるいは、商会側が先に申し立てたか」
「商会が?」
「こちらを、規則を無視して水門を操作した者として訴えるつもりかもしれない」
ミナは水門で見た男の顔を思い出した。彼は最後まで、町の水を守ろうとした人々ではなく、権限の話ばかりしていた。
「なら、私たちが何をしたかを、誰が見ても分かるようにしないと」
ミナは机の上へ帳面を広げた。
「水門で借りた魔法石の一覧、持ち主の名前、借りた時刻、返却予定。全部そろっています。商会の倉庫から出てきた石については、職人さんの証言を添えます」
「証言者を呼ぶのは危険だ」
「呼ばなければ、隠されたままです」
「君自身も証言台に立つ」
「分かっています」
ミナは返事をしたが、胸の奥が少しだけ震えていた。
これまで彼女が向き合ってきたのは、帳面の数字と、消された印と、配給所で待つ住民の顔だった。人前に立って、自分の判断を説明することなど考えたことがない。
間違いを見つけることと、正しさを主張することは、別の仕事だった。
「怖いか」
レオンが尋ねた。
「怖いです」
正直に言うと、彼は意外そうに目を瞬いた。
「あなたは怖くないんですか」
「怖い」
「……そうは見えません」
「見せていないだけだ」
レオンは記録の束をそろえた。
「公開の場では、相手は君の細かな記録を笑うかもしれない。小さな差異にこだわりすぎだと。だが、改ざんは小さな差異から始まる。君の仕事は、それを見つけることだ」
「それを、審査官たちが理解してくれるでしょうか」
「理解させる」
「あなたが?」
「君が自分の言葉で説明する。私は必要な規程と証拠を補う」
ミナは彼を見た。
「守ってくれるんですね」
「違う」
レオンはすぐに否定した。
「君が一人で説明できるように、準備をする」
その言葉は、以前の彼なら言わなかったものだった。危険だから下がれ、私が話す、と言われると思っていた。
ミナはゆっくり息を吐いた。
「では、対等な証言者として」
「ああ」
「契約相手として、最後まで」
レオンの手が、書類の端で止まった。
「契約は、公開審査が終わるまでだ」
「分かっています」
分かっているのに、その言葉を聞くと、胸の奥に冷たい水が流れ込むようだった。
その夜、二人は記録室に残った。ミナは配給帳を日付順に並べ、改ざんされた頁の写しを作った。レオンは商会の納入記録と、倉庫から見つかった魔法石の刻印を照合した。
深夜近く、ミナは一枚の紙を見つけた。
「これを見てください」
そこには、公開審査の議題が記されていた。
ただし、末尾に小さな但し書きがある。
審査開始前に、関係者による追加提出を受け付ける。
「まだ証拠を出せる人がいるかもしれません」
「招待状が届いたことを、町へ知らせるか」
「知らせます。公開審査なら、公開されるべきです」
翌朝、ミナは水路沿いの掲示板へ向かった。招待状の内容を書き写し、審査の日付と場所を大きく記した。
紙を貼り終えると、背後から声がした。
「本当に、公開でやるんだね」
振り返ると、昨夜の若い職人が立っていた。手には新しい袋を抱えている。
「倉庫の奥から、まだ出てきた。帳簿にない魔法石だ」
ミナは袋を受け取った。
「証言してくれますか」
職人はしばらく迷い、それからうなずいた。
「今度は、町の人たちが見ているところで話す」
その言葉を聞いた人々が、掲示板の前に少しずつ集まってきた。
水路の向こうでは、戻った水が朝の光を受けてきらめいている。
ミナは招待状を胸元へしまった。
二日後、審査院の大広間で、消された数字と奪われた灯りの行方を示す。誰かに認めてもらうためではない。この町で暮らす人々が、何を失い、何を取り戻したのかを、記録として残すために。
隣に立ったレオンが、静かに言った。
「準備を始めよう」
「はい」
二人は中央局へ戻った。
公開審査への招待状は、彼らを裁くための紙ではなかった。隠されていた真実を、町の前へ運び出すための扉だった。




