第11話 記録係の臨時権限
中央倉庫の前には、すでに大勢の人が集まっていた。
倉庫は本来、魔法石を一時保管するための場所だ。窓は高く、扉は厚い。外から中の様子をうかがうことはできない。公開審査の会場としては、あまりにも閉ざされていた。
ミナが証言者たちとともに扉へ近づくと、黒い外套を着た男が立ちはだかった。
「審査は関係者のみで行われる。傍聴人は入れない」
「昨日の通知には、公開審査と書かれていました」
ミナは封書を示した。
「会場変更の通知も、証拠提出の締め切りも、正式な署名がありません」
「決定権はエドガルド審査官にある」
「一人の審査官が、公開審査の条件を変更できる規定はありません」
男の顔が険しくなった。
「記録係ごときが、規定を語るな」
背後で、誰かが息を呑んだ。
ミナは一歩も退かなかった。声を荒らげる必要はない。記録は、声の大きさではなく、正確さで人を動かす。
「私は記録係です。だから、ここで起きていることを記録します。時刻、場所、発言、入場を拒んだ人物の名前。あとで審査に提出します」
「脅すつもりか」
「事実を残すだけです」
男が手を伸ばし、ミナの帳簿を奪おうとした。
その瞬間、横から伸びた腕が彼の手首を止めた。
「記録物への接触は、監査手続きの妨害にあたる」
レオンだった。倉庫の外には、彼とともに町の人々が集まっている。配給所の係員、水門塔の鐘守、橋守、職人区の配給係。そのほかにも、変更通知を聞きつけた住民たちがいた。
「レオン監査官。あなたは中へ入る資格がない」
「私は、審査会の正当性を監査する資格がある」
「中央監査局の命令書は?」
「ここにある」
レオンは封印のついた書面を掲げた。
「公開審査を妨げる行為が認められた場合、中央監査官は臨時監査を開始できる。審査会の記録、会場、入場者、証拠の受理状況を確認する権限も含まれる」
男の顔から血の気が引いた。
ミナはレオンを見た。そんな権限があるとは、聞いていなかった。
彼は視線だけで、心配するなと伝えた。
「臨時監査の開始を宣言する」
レオンの声が、倉庫の壁に響いた。
「ここにいる全員を、立会人として記録する。入場を拒むなら、その理由を明示しろ」
男は返事をしなかった。
しばらくして扉が開き、別の役人が姿を現した。エドガルド審査官だった。整えられた髭の下で、口元だけが笑っている。
「これはこれは。ずいぶん大げさな騒ぎになりましたな」
「公開審査の会場を無断で変更した理由を説明してください」
ミナが尋ねた。
「中央倉庫のほうが証拠品を保管しやすい。傍聴人を制限したのは、安全上の判断だ」
「変更に必要な署名がありません」
「手続き上の細かな不備だ。審査の内容とは関係ない」
「関係あります」
ミナは帳簿を開いた。
「会場を変えれば、証言者や住民が立ち会えなくなります。提出された証拠を、誰が受理したか確認することもできない。審査の内容を見えなくするための変更なら、それ自体が不正です」
エドガルドは鼻で笑った。
「君は、商会の不正を証明できるのかね。出庫記録と受け取り札の数が合わない程度なら、現場のミスで説明できる」
「では、こちらをご覧ください」
ミナは紙束を一枚ずつ並べた。
「第三水路区の出庫記録、受け取り札、破損報告書です。出庫は二百箱。受け取り札は百八十七枚。破損した十三箱の報告はありません」
「記録の不足だろう」
「次に、水門塔の記録です。二時の鐘の前に、青い光を漏らす荷車が通っています。出庫記録にある時刻より三刻早い」
「老人の記憶など、証拠にはならん」
「記憶ではありません。水門塔の公式記録です」
ミナは紙をめくった。
「しかも、その欄には商会の印が押された紙が貼られていました。剥がすと、荷車の記録が出てきます」
エドガルドの笑みが消えた。
倉庫の中にいた役人たちが、互いの顔を見合わせる。
ミナはさらに続けた。
「橋守の通行記録、職人区の空欄の受け取り札、配給所の係員が受けた指示書。すべての時刻と数量が一致します。記録は別々の場所で作られました。それなのに、同じ夜、同じ商会の荷車へ、同じ数の魔法石が流れています」
「それは、君が書き集めた紙を並べただけだ」
「はい。私は記録係ですから」
ミナはエドガルドをまっすぐ見た。
「記録を並べれば、隠された流れが見えることがあります」
外から、住民たちの声が上がった。
「聞こえるようにしてくれ!」
「公開審査なら、扉を開けろ!」
レオンが倉庫の入口に立ち、役人へ告げた。
「傍聴を認めなければ、審査は停止する。停止の理由は、会場変更を命じた者の署名とともに記録する」
「勝手なことを!」
エドガルドが叫んだ。
「勝手ではない。規定に基づく臨時監査だ」
レオンは淡々と答えた。
「それとも、正式な審査記録に、公開を拒んだ理由を書かせるか」
沈黙が落ちた。
やがて、エドガルドは扉を開けるよう命じた。
外の人々が倉庫に入り、壁際に並んだ。狭い空間はすぐに満員となったが、誰も帰ろうとはしなかった。
ミナは証言者たちを前へ呼んだ。
配給所の係員が、十三箱の移送を語った。鐘守が、貼り紙の下から現れた記録を読み上げた。橋守は、免除された通行料の一覧を示した。職人区の配給係は、空欄の札を提出するよう命じられた夜のことを話した。
一人の声が途切れるたび、別の誰かが記録を補った。
証言はやがて、一本の線になった。
横流しされた魔法石は、冬越し計画の余剰分ではない。住民に配られるはずだった分を、商会が奪っていた。
エドガルドは何度も異議を唱えたが、そのたびにレオンが時刻と発言を記録した。
最後に、ミナは改ざん前の計画書を広げた。
「本来の配給量では、第三水路区も、南職人区も、冬を越せます。不足していたのは魔法石ではありません。配給計画を書き換えた人間の誠実さです」
倉庫の中で、誰かが低く息を吐いた。
エドガルドは反論しなかった。
そのとき、奥の扉が勢いよく開いた。商会の使いが、青ざめた顔で駆け込んでくる。
「倉庫裏の荷車が、見つかりました!」
ミナの胸が大きく鳴った。
だがレオンは、彼女を見て静かに首を振った。
「急がなくていい。見つかったものを、見たまま記録する」
ミナは頷き、帳簿に新しい行を書き加えた。
公開審査は、ようやく始まったばかりだった。




