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【連載版】「君がいなくても困らない」と言うので、本当にいなくなってみました  作者: 鬱沢色素


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6・お仕事初日

ここから短編版の続きで、内容が少し変わっています。

 ……。

 …………。


 目を開ける。


 するとそこは、広々とした品のいい部屋だった。


「えーっと、確か私……」


 ゆっくりと記憶を遡る。


 ──私、エレナはレイモンドから婚約破棄をされて、実家にも帰りたくないので隣国のアルヴェリア王国にやってきた。

 そこで文官採用試験を受けたんだけど、合格で……訳の分からないうちに王城まで連れてこられて、謎の青年が王太子ルシアン殿下だということが判明したのだ。


「……そうだ、私。ルシアン殿下の近くで、文官として働くことになったんだ」


 思い出すだけで、夢のような出来事である。

 レイモンドのところにいた時のことを思えば、破格の大出世だ。


 今、私がいる場所は王城の敷地内にある、職員用の宿舎である。

 昨日、宿に戻ろうとしたら「大事な俺直属の文官を、安宿に泊まらせるわけにはいかない」とルシアン殿下から紹介されたのだ。


 宿舎の部屋は、そんじょそこらの高級宿よりもよっぽど立派で、ルシアン殿下に心から感謝した。

 

「でも……浮かれてちゃいけないわよね」


 今の私は、ルシアン殿下のご好意で雇ってもらったに過ぎないのだから。

 自分の存在価値を示し続けなければ、レイモンドとの時みたいにまた捨てられるだろう。


 そう気を引き締め直し、昨日支給してもらった文官の制服に袖を通して、部屋を出る。


 そして昨日教えてもらった、ルシアン殿下の執務室へと真っ直ぐ向かった。


「あのー、すみません。エレナです。今日は……」


 ノックをしてから恐る恐る扉を開けると──中は騎士や文官らしき人たちが、執務机の前に座るルシアン殿下を囲んでいた。


「殿下、下水道工事の一件はいかがされましょうか?」

「街道に魔物が出ました。今すぐ騎士の派遣を……」

「こちらの収支報告書にサインを頂きたいです」


 次から次へと質問を浴びせていく。


 一方、ルシアン殿下は昨日と変わらない。涼しい顔をして、部下たちの意見を捌いていく。


「うむ、下水道工事は予定通りに進めろ。人手が足りなければ追加で手配する。街道の魔物は第三騎士団を派遣して、通行の安全を最優先に。収支報告書は俺が確認──」


 迅速に、そして毅然と一つ一つの問題に対応していく。


 部下たちの指示を一通り終え、入り口の扉のところでぽつーんと立っていた私に、ルシアン殿下が気がついた。


「エレナ」


 パッと表情を明るくして、私に歩み寄る。


「もう起きたのか。早起きだな。起こしに行こうと思ったが……必要なかったようだ」

「殿下が直々に? そんなこと、恐れ多いですわ。それにいつも、この時間くらいに起きますから……」


 恐縮しっぱなしである。


 ルシアン殿下と言葉を交わす私に、部屋に残っていた人たちは「誰だ? あいつ」と言わんばかりの視線を向ける。


 見知らぬ女が王城にやってきて、いきなりルシアン殿下と話しているのだ。

そういう反応になるのも仕方がない。


「それにしても……制服。よく似合っているな。サイズがぴったり合った制服が残っていて、助かった」

「あ、ありがとうございます」


 顔を近づけてまじまじと私の姿を見るルシアン殿下に、そうお礼を言う。


 うっ……キレイな顔が近くにある。そんなに情熱的に来られると、なんだか私、照れるわ!


「殿下も……朝からお忙しいようですね。話しかけるタイミングを失っていましたわ」


 このままキレイな瞳で見つめられ続けると頭が変になっちゃいそうだったので、強引に話を変える。


「ああ……」


 すると、ルシアン殿下は疲れたように溜め息を吐く。


「現在、国王陛下は外遊中でな。その分、王太子である俺に仕事がのしかかってくるんだ」

「そうだったんですね」


 昨日から陛下の存在が感じられないと思ったが、そういう事情があったのか。


「ちなみに王妃様は……」

「王妃──つまり俺の母上だが、彼女ならすでに亡くなっている。俺が四歳の時だ」


 いけない!

 アルヴェリア王国の王妃は十数年前に亡くなっている──知識としてはあったが、頭から抜け落ちてしまっていたわ!


「す、すみません。変なことを聞いて……」

「構わない。母上については、とうの昔に振り切っているしな。今さら聞かれようと、なんとも思ったりしない」


 ルシアン殿下は表情に若干影を滲ませながら、そう答える。


「そんなことより……エレナ、今日から早速文官として働いてもらうことになる。仕事量は多いが……準備は出来ているか?」

「ええ、もちろんですわ」


 なにせ、レイモンドの近くでは山のような業務を毎日のようにこなしていたのだ。

 今さらそんなことを言われたくらいで、ちっともびびったりしないんだから!


「心強いな」


 ニヤリと笑うルシアン殿下。


「よし。俺の方も一段落ついたし、君の仕事部屋まで案内しよう。付いてこい」


 その後、ルシアン殿下に案内してもらいながら、そこから少し歩いた先の部屋まで案内される。


 高級な絨毯が敷かれ、立派な執務机が奥に鎮座している──素晴らしい仕事部屋だ。


 レイモンドのところでも似たような部屋は用意してもらっていが、簡素的なところだったので、その落差に驚く。


「どうした?」

「いや……私なんかにはもったいないほど、立派な仕事部屋だと思いまして」

「そうか? 君の能力を活かしてもらわなければならないのだ。これくらいは当然だろう」


 私が何故戸惑っているのか分からないか、小さく首を傾げるルシアン殿下。


「仕事だが……俺も、君に付きっきりというわけではない。とはいえ、いきなり仕事をしろとだけ言われても、なにから手を付ければいいか分からないだろう。そこでしばらく、君専属の指導係をつけることにした」


 パチン。

 ルシアン殿下が指を鳴らす。


 すると、仕事部屋と直接繋がった別室から、短髪で体格のいい男性が姿を現した。


「殿下」


 その男性は私たちの前に立ち、ルシアン殿下の名前を呼ぶ。


 ……なんだか、独特な雰囲気を持つ男性ね。


「こいつはテオドール。城内にいる文官の一人だ。今日からこいつが、君の指導係となる」


 彼──テオドールさんを観察していると、ルシアン殿下がそう説明を口にする。


「テオドール、彼女が昨日言っていた新人だ。彼女になにをすればいいのか、教えてやってほしい」

「かしこまりました。エレナ様、テオドールです。よろしくお願いします」


 そう言って、手を差し出してくるテオドールさん。

 私はすぐにその手を握り返した。


「エレナです。こちらこそ、よろしくお願いします」

「…………」


 自己紹介をしても、テオドールさんは表情を少しも変えたりしない。


 ……? どうしたのかしら? お腹でも痛いのかしら?


 そう疑問に思っていると、テオドールさんはすぐに手を離して、両手を体の後ろで組む。

 文官というよりも、軍人のような人ね。


「よし……こんなところか。悪いが、エレナ。俺はすぐに行かなければならないところがある。街の商会長と打ち合わせがあるんだ」

「分かりました。私のすることは、テオドールさんに聞きますわ」

「理解が早いようで助かるよ」


 ルシアン殿下はそう表情を和らげてから、仕事部屋から出ていってしまう。

 取り残されたのは私とテオドールさん、二人だけだ。


「エレナ様。早速で恐縮ですが、あなたにやってもらいたい仕事があります。まずはこちらを」


 テオドールさんは淡々と告げ、執務机に前に書類や本を積み重ねていく。

 なかなかの量だ。


「今からこれを、全て?」

「はい」


 首を縦に振るテオドールさん。


 ふうん、初日から忙しくなりそうね。

 だけど──これくらい容易い。


 レイモンドのところでやった業務に比べたら、こんなの屁のようなものだ。日常業務と言っても差し支えがない。

 それにこれくらい楽にこなさないと、殿下の近くで働く文官としてふさわしくないという意味だろう。周囲に存在価値を示し続けなければ。


 よーし! 私、頑張る!


「分かりました。では、早速始めますね」


 私は執務机の前に座って、膨大な書類と向き合った──。

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