4・合格……だったけれど
お昼頃。
文官採用試験の合格発表を確認するため、私は再び王都行政局に足を運んでいた。
「受かっているかしら」
ドキドキする。
すでに合格者が張り出された掲示板の前には、受験生たちが集まっており、悲喜交々の声を響かせていた。
私はその中に混じって、ゆっくりと合格者一覧に目を通すと……。
「……っ! あったわ!」
その一番上に『エレナ』という名前を見つけ、ほっと胸を撫で下ろすのであった。
「ふう……よかった。これでなんとか、無職にならずに済むわね」
レイモンドの元でやってきた実務は、アルヴェリア王国でも十分に通用したのだ。
「さて、早速手続きを……」
「エレナ嬢! こちらにおられましたか!」
今後の手続きを聞くため、受付の方へ向かおうとすると──後ろから声をかけられた。
「はい?」
私は首を傾げる。
私に声をかけてきた人物は……身なりの良い青年だった。
周囲の職員たちが一斉に居住まいを正したところを見ると、かなり地位の高い人物らしい。
さらに彼の隣には、同じ歳くらいの地味な外套を羽織っている青年もいる。
この二人、誰だろう?
「すみません」
戸惑っていると、私に声をかけた男性がまずは頭を下げる。
「私はこの王都行政局で局長を務めております、ハロルドと申します」
「ハロルド局長……ご丁寧な挨拶、ありがとうございます。本日からお世話になるエレナです。よろしくお願いいたします」
スカートを摘んで一礼する。
「挨拶は後で構いません。実は……あなたに少し、お話がありまして」
「私に? もしかして、私の解答になにか問題でも?」
「いえいえ! とんでもございません!」
慌てて首を横に振るハロルド局長。
「少々込み入った話になります。まずは、こちらの別室へどうぞ」
促されるままに、私は行政局の奥にある応接室へと案内された。
応接室でソファーに腰掛け、対面にハロルド局長と、地味な外套を羽織った青年が座る。
ハロルドさんは分かったけど……隣にいる青年は誰かしら?
整った顔立ちと背筋の伸びた姿勢から、どう見ても只者ではない雰囲気が漂っているが……。
「……こちらの彼は、私の友人でして。あなたに少し、聞きたいことがあるそうなんです」
ハロルド局長が、ハンカチで額の汗を拭いながらそう紹介した。
隣の青年は立ち上がると、私に興味深そうな視線を向けてきた。
「突然すまない。君がエレナ嬢だな」
「は、はい。そうですが……」
「実は、知人から相談されている案件があってな。君の意見を聞かせてもらいたい」
そう言うと、青年は一枚の資料をテーブルの上に広げた。
軽く目を通すと、そこには王都で最近起こっているという『物資の価格高騰』に関する報告が書かれていた。
「現在、王都では小麦や鉄などの必需品が急激に値上がりしている。これについて君ならどう分析し、どう対処する?」
試すような青年の言葉。
合格はしたはずだけど……まだ試験は続いているってことかしら?
裏試験みたいな。
だったら、本気で考えないといけないわね。
私は広げられた報告書を手に持ち、じっと熟読を始める。
少し読んでみて、すぐに報告書の問題には気が付いた。
「……ああ、なるほど」
公爵領でレイモンドがやらかした失敗と全く同じパターンね。
あの時もレイモンドは資料も見ずに適当な許可を出して、あとで大変なことになったんだっけ。
「原因は、輸送経路の問題ですね」
私が端的に告げると、謎の青年とハロルド局長の目の色が変わる。
「ほう。というと?」
「王都への物資の輸送を、特定の一つの大商会に依存しすぎています。彼らはその立場を利用して意図的に流通を絞り、王都を品薄状態にして価格を吊り上げているのでしょう。資料にある北部の関所の通過記録と、王都の倉庫への納入量に不自然なズレがあります」
記載されている数字の羅列、各地域の納入量、そして輸送ルート。
それらを突き合わせれば、問題点はすぐに指摘できる。
私は間違えないようにしながら、高速で頭を回転し続ける。
「では、どう解決すればいいと思う?」
「簡単なことです。複数の地方商会を小分けにして利用し、流通経路を分散させるべきです。そうですね……分かりやすいように、報告書に書き込んでもよろしいでしょうか?」
「構わない」
「こちらのペンをお使いください」
私はペンを借りると、報告書の余白に図を書き込みながら説明を続けた。
「要は、大商会一つに頼るから足元を見られるのです。小さな商会でも、三つや四つ組み合わせれば輸送量は十分に補えます。そうして大商会の独占状態を崩せば、彼らも在庫を抱えるわけにはいかず、価格はすぐに適正に戻るでしょう。具体的な商会の選定基準としては──」
一気に説明したところで、いつの間にか二人とも目を丸くして、口をぽかんと開けていることに気がついた。
「あの……なにか間違っていましたか?」
いけない。
つい仕事のスイッチが入ってしまって、相手の反応も見ずにペラペラと語ってしまったわ。反省である。
恐る恐る尋ねると、青年は呆然とした顔のまま答える。
「……驚いた。王宮の官僚たちが何日も議論を重ねて、ようやく昨日辿り着いた結論と全く同じだ」
「ということは、正解だったというわけですか?」
「ああ。しかも、君が今提示した地方商会の選定基準は、官僚たちですら頭を悩ませていた部分だ」
と、青年は熱を帯びた目で私を見つめてきた。
「……やはり、君を一文官にさせておくには惜しいな」
「はい?」
「エレナ、君には今すぐ俺と一緒に来てもらいたい場所がある」
一体なにを……。
青年の真意を測りかねていると、彼がガシッと私の手首を掴んだ。
「は? えっ!? ちょ、ちょっと。別にいいですが、どこへ?」
「来てもらえば分かる」
「で、殿下!? お待ちください、私からもエレナ嬢に聞きたいことが──!」
後ろでハロルド局長がなにか叫んでいたが、青年は構わず私の手を引いて歩き出してしまう。
──殿下?
今、局長さん、この人のことそう呼んだわよね?
もしかして……。
混乱する私の思考を置き去りにして、青年はそのまま行政局の廊下を足早に進んでいくのであった。
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