3・優秀な人材(王太子視点)
「はぁ……全く、頭の痛い問題ばかりだ」
執務机に積み上げられた報告書を前に。
俺──アルヴェリア王国王太子であるルシアンは、深く溜め息を吐いた。
現在、我がアルヴェリア王国は未曾有の発展を遂げている。
身分にとらわれない実力主義が功を奏し、人口は増加の一途を辿り、他国との交易も大きく拡大していた。
一方、喜ばしい発展の裏で、その急激な変化に国の行政制度が全く追いついていないのが課題だ。
物流の整備は遅れ、税制は複雑化しすぎて各地で不満の声が上がっている。
これらを早急に改革しなければならないのだが、いかんせん人材が足りなすぎる。
旧態依然とした考えを持つ古い貴族たちは役に立たず、かといって平民から優秀な文官を育て上げるには時間がかかった。
「誰か、即戦力……もしくは若々しい優秀な頭脳はないものか……」
と、ぼやいたところに、執務室の扉がノックされた。
「入れ」
「失礼いたします、ルシアン殿下」
入ってきたのは、王都行政局の局長を務めるハロルドだった。
ハロルドとは幼馴染で、彼はその高い能力のおかげで若くして王都行政局の局長にまで出世した。
俺も信頼を置いている人物の一人だ。
普段は冷静沈着な男なのだが、今の彼はどこか興奮した面持ちで、手には数枚の紙を握りしめている。
「どうした、ハロルド。お前がそこまで興奮するとは珍しいな」
「ほお、分かりますか?」
「昔からの付き合いだからな」
苦笑する。
「それで……一体なんだ。お前がわざわざ赴いたんだ。つまらないことではなかろう」
「はい。殿下は昨日、王都行政局の採用試験が行われていたのはご存知ですか?」
「もちろんだ」
行政の改革をするため、優秀な文官の登用は急務なことだ。
ゆえに本来ならば王太子である俺が関わらない採用試験についても、興味を向けていた。
「採用試験がどうしたんだ? もしや、なにかトラブルでもあったのか?」
「トラブル……というのは少し違うかもしれませんが、とんでもない受験生が現れたのです。殿下、こちらが文官採用試験の答案になります。夜通しで採点を行っていたのですが……とにかく、これをご覧になってください」
そう言って、ハロルドが机に並べたのは、数枚の答案用紙だった。
名前の欄には『エレナ』とだけ記されている。
家名が書かれていないということは、平民なのだろうか?
俺は訝しげに眉を寄せながらも、その答案に視線を落とした。
「……ほう」
思わず、感嘆の声が漏れる。
今回の文官採用試験は、俺が指示を出して例年よりもかなり難易度を高く設定してある。
計算問題はもちろんのこと、法律の解釈や商取引のトラブル解決法など、実務経験がなければ解けないような意地悪な問題も混ぜておいた。
満点などもってのほか。半分でも点数が取れていれば、相当優秀な部類に入るはずだ。
だが、この答案は──。
「全問正解……いや、ただ満点というだけではないな、これは」
税収計算は一切の無駄がなく完璧に導き出されている。
商取引の解決法に至っては、法的な抜け穴を見事につき、相手に反論の余地を与えないほどの鮮やかな交渉術が理論立てて記載されていた。
極めつけは、飢饉に備えた領地経営のシミュレーションだ。
机上の空論ではなく、実際の予算のやり繰りや備蓄庫の管理状況を想定した解答が並んでいる。
「これを書いたのは、どこのベテラン文官だ?」
俺は答案用紙を握りしめながら、ハロルドに問いかける。
「それとも、他国の大商会の幹部とかか? そうでなければ説明がつかん」
「それが……受付の者の話によれば、身なりは良いものの、一人でこの王都にやってきた若い女性だというのです。歳は、殿下とさほど変わらないかと。期限ギリギリに出願しにきたので、覚えていたとのことです」
「若い女性、だと?」
俺は信じられない思いで、もう一度答案を見直した。
字は美しく整っており、迷いなく書き連ねられた痕跡がある。
長年実務を任されていないと辿り着けないような、リアルな重みを感じる。
──これらの解答を、俺とほとんど変わらない年齢の若い女性が導き出せるものなのか……?
にわかには信じがたい。
だが、もし本当だとしたら──俺が喉から手が出るほど欲していた、『即戦力』かつ『若々しい』頭脳そのものではないか。
「……面白い」
自然と、口角が吊り上がっていた。
「ハロルド。文官採用試験の合格発表は今日だったな?」
「は、はい。お昼頃に、行政局で行われる手筈ですが……本人も来るはずです」
「そうか。ならば、俺が直々に会いに行こう」
俺がそう言って立ち上がると、ハロルドは目を丸くする。
「で、殿下自ら? しかし、一介の文官志望の者に王太子殿下が直々にお会いになるなど──」
「構わない。これほどの逸材だ、他人から横取りされる前に俺が直接能力を見極める。安心しろ。最初から王太子だと名乗れば無用な混乱も生むから、少し変装もする」
「そういう問題ではないような気もしますが……」
ハロルドは腑に落ちなさそうな表情を作る。
そうと決まれば、話は早い。
俺は壁にかけられていた地味な外套を羽織り、足早に執務室を出た。
──若い女性でありながら、国内改革の突破口になるかもしれない、未知の人材。
彼女が一体どのような人物なのか、自分の目で確かめずにはいられなかった。
慌てて後ろから追いかけてくるハロルドと共に、俺は行政局へ向かうのであった。
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