2・文官の採用試験
レイモンドから婚約破棄を言い渡され、クラウゼル公爵家を飛び出した私は、そのまま国境を越える乗合馬車に飛び乗った。
それから数日後。
ついに私は隣国であるアルヴェリア王国の王都へ、足を踏み入れたのだった。
「やっと着いたわ」
石畳が敷き詰められた大通りには、多くの人々と馬車が行き交っている。
活気にあふれた市場からは香ばしいパンの匂いや、聞き慣れない異国の言葉が飛び交うのが聞こえてきた。
「本当に、身分に関係なく活気づいている国みたいね」
呟く。
すれ違う人々は、平民も貴族も入り混じり、みな一様に活力に満ちた顔をしていた。
祖国では、身分や家柄だけで人の価値が決まるような息苦しさを感じた。
しかし、ここにはそのような空気は一切ない。
「とはいえ、感動してばかりもいられないわ」
手持ちの路銀にはまだ少し余裕があるが、いつまでも家無しの無職暮らしを続けるわけにはいかない。
そう思った私は、まずは職を探すことにした。
「あのー! すみません!」
「はい?」
近くの男の人に元気よく声をかけると、彼はきょとんとした顔をして振り返る。
「私、王都に来たばかりなんです。それで……働けるところを探しているんですが」
「ああ……それなら」
男の人は妙に落ち着かない様子で、こう答えた。
「街の情報掲示板にまで行ってみるといい。掲示板は中央広場にあるから。そこでなら求人がたくさん張り出されてるから、なにかあるはずだよ。場所は……」
男の人から中央広場の場所を聞く。
「ありがとうございます! これでなんとかなりそうです」
「それはよかった」
と、男の人は頬を綻ばす。
彼に丁寧に別れを告げ、その場から離れると「な、なんだ!? あんなにキレイな人、初めて見た……」というような声が聞こえてきたが、いちいち反応していられないので無視だ。
私は彼から聞いた場所まで行き、情報掲示板に目を通した。
そこには様々な仕事の求人が張り出されている。
商会の帳簿係、冒険者ギルドの受付嬢、家庭教師……などなど。
「たくさんあるわね。私に出来そうなことは……」
その時、ある求人を見つけた。
『王都行政局・文官採用試験 受験者募集(身分・性別不問)』
王都行政局といえば、この国の心臓部とも言える機関だ。
そこで文官として働けるなら、これ以上ないほど安定した生活が送れるだろう。
身分・性別不問というのも、公爵家を飛び出した今の私には都合がいい。
「これに決めたわ」
私はすぐさま王都行政局へと向かう。
「すみません。今日王都にやってきたばかりなんですが……中央広場の求人を見て、文官採用試験の出願をしにきたんです。まだ間に合いますか?」
「ああ、もちろんだよ」
受付の人に話をすると、あっさりと試験の許可が出た。
「だけど、君は運がいいね。丁度、明日に一斉試験が行われるんだ」
「明日」
「ああ。出願は前日までなら受け付けている。滑り込みセーフってやつさ」
よかった……。
間に合わなかったら、また求人探しから始めるところだった。
レイモンドから離れて、私にも運が向いてきたのかもしれないわ!
「でも……大丈夫かな?」
「なにがですか?」
「試験は難しいんだ。普通の人なら一年も前から、受験勉強を始める。滑り込みでここに来るってことは……あまり準備していないんじゃないかって思って」
「うーん、そうかもしれません。ですが、受けるだけ受けてみます。私、勉強だけは自信がありますから!」
「分かった」
その後、受験の手続きを済ませた。
手続きを済ませた私は、王都内の適当な安宿に泊まって、ゆったりとした時間を過ごした。
そして翌日。
試験当日である。
試験会場である王都行政局に向かうと、そこでは平民から下級貴族まで、多くの受験生がひしめき合っていた。
誰もが分厚い参考書を握りしめ、緊張した面持ちで試験開始の合図を待っている。
「緊張するわね……」
やがて厳格そうな初老の試験官が教壇に立ち、試験問題が配られた。
「制限時間は二時間。それでは……始め!」
合図と共に、会場のあちこちから紙をめくる音と、一斉にペンを走らせる音が響き渡る。
私もすぐに手元の問題用紙に目を落とした。
出題範囲は……計算、法律、商取引、そして領地経営に関する実務問題ってところかしら。
行政を担う文官の試験だけあって、なかなかに専門的で難易度の高い問題が並んでいる。
──けれど……これくらいなら問題ないわね。
第一問目は複雑な税収計算問題。
これは、公爵領の杜撰極まりない二重帳簿を解読し、横領の証拠を炙り出した時の計算に比べれば、驚くほどシンプルなものだ。
第二問は商取引におけるトラブル解決法。
これも、レイモンドがなにも考えずに結んでしまった悪徳商会との不利な契約を、法的な抜け穴を突いて白紙に戻した時の交渉術をそのまま書けばいい。
第三問は飢饉に備えた領地経営のシミュレーション。
これもまた、公爵領の予算をやり繰りして備蓄庫を満たした時の実務経験がそのまま活かせる内容だった。
……確かに少々専門的な問題が並んでいるが、公爵家の火の車だった財政を立て直してきた私にとっては、『親切すぎる』とすら思える。
──なんだか、拍子抜けね。
周りの受験生たちが頭を抱え、必死にペンを走らせている中、私はただひたすらに回答を書き連ねていく。
そして──。
「やめ!」
試験終了の合図を聞き、ペンを置く。
「これにて、試験は終了になります。合格者については、明日ご連絡いたしますね」
試験官が部屋から出ていくと、周りからは悲鳴のような声が聞こえてきた。
「おい、お前……大丈夫だったか?」
「いや、全然ダメだった。半分も解けなかった」
「俺もだ。今年の試験は難しかったな……」
皆、頭を抱えている。
ちなみに……私はというものの、二時間という制限時間が設けられていたが、一時間で問題を解き終えてしまっていた。
残りの一時間はケアレスミスがないか、ひたすら確認。その結果、変なミスは見つからなかったはずだし、ベストは尽くせたはずだ。
「まあ、私はレイモンドの側でずっと実務をこなしてたからね……」
他の受験生とは違い、基礎が出来ていたといったところだろうか。
とはいえ、まだ合格したわけではない。
思った以上に回答が間違っていて、不合格になる可能性もある。
「まあ……あんまりごちゃごちゃ考えてても、しょうがないわね。結果は神のみぞ知る。やれるだけのことはやったんだから!」
外に出て、私は眩しい太陽を見上げながら力強く背伸びをしながら、そう声に出した。
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