14・才女の奇跡
委託販売の一件を解決してから、私の周りで変化が起こった。
「エレナさん! 少しお知恵を貸していただけませんか? あなたなら、きっといい解決策が見つかると思うんです!」
「聞いたぞ。あれほど難航していた商会との交渉を、たった一人でまとめ上げたそうじゃないか。『才女の奇跡』と呼ばれるのも納得だな」
「あれが噂の才女か……。まだ王城に来て一ヶ月も経っていないんだろう? それであれほどの功績を残すとは……『アルヴェリアの至宝』と呼ばれるのも頷ける」
どうやら『才女の奇跡』という噂が広まったらしく、私の周りがすっかり騒がしくなってしまったのだ!
「ちょ、ちょっと待ってください! 一つずつ対応していきます。まずそちらの申請書は、まず行政局の確認が必要です。それから……えっ、私に判断してほしい案件がもう一つ? いえ、ですから、私はそんな大層な人間では……!」
次から次へと仕事の相談が舞い込み、その合間にも褒めちぎられるものだから、対応が追いつかない。
おかげで、目が回りそうな忙しさだ。
「ふう……どうして、こんなことになったのやら」
「それほど、エレナ様はすごいことを成し遂げたんですよ。──はい。こちらをどうぞ」
いつの間にか、テオドールさんが近くにやってきて、私に紅茶の入ったカップを差し出してくれる。
「ありがとうございます」
私はカップを受け取りながら、溜め息を吐く。
「私は文官として当然のことをしただけのこと。それより、日々の仕事を着実にこなしているテオドールさんの方が、ずっとすごいと思いますよ」
──私は先日、委託販売という仕組みを王都中に広め、王都と地方の格差を少しだけ縮めることができた。
だが、委託販売という方法自体はなにも新しいことではない。
私がしたのは、商会長を説得するために必要な資料をまとめ、関係者にその仕組みを説明したことくらい。
それだけで『才女の奇跡』などと呼ばれるのは、さすがに大袈裟である。
「いいえ、違います」
しかしテオドールさんはきっぱりと否定し、首を横に振る。
「エレナ様の働きによって、王都には地方の特産品が数多く出回るようになりました。最近では、その特産品を求めて他国からも人が訪れるほどです。多くの国民の生活が、確実に豊かになっているのですよ」
「だったら、いいんですけど……」
だからといって、これほど大袈裟に持ち上げられては、困ったものだが。
「というか、テオドールさん。出会った当初から思っていましたけど……あなたは私のことを、エレナ『様』と呼びますよね? 様なんて付けなくてもいいんですよ。あなたは私よりずっと先輩なんですから」
「なにをおっしゃいますか。殿下が直々にスカウトされた、将来有望な方を呼び捨てになどできませんよ。それに……これは昔からの癖ですので。どうかお気になさらないでください」
確かに。
テオドールさんは一見表情に乏しく、無骨な軍人のように見えるけど、実際は驚くほど真面目で丁寧だ。
誰に対しても丁寧な口調を崩さず、たとえ相手が歳下でも名前の後には『様』と付ける。
とはいえ、私よりずっと経験豊富なテオドールさんに『エレナ様』と呼ばれるのは、どうにも恐縮してしまうのであった。
「あの──お話のところ、すみません」
そんな感じでテオドールさんと話をしていると、同僚の部下の一人がやってきて、私に声をかける。
「なにかしら?」
「殿下がエレナさんをお呼びです。殿下は執務室にいらっしゃいます」
「ルシアン殿下が? なんの用でしょうか」
「そこまではなんとも……殿下は、エレナさんに直接伝えたいとのことでした」
ふうん?
なにかしら。
最近は、ルシアン殿下から直接仕事を指示される機会も減っていたので、こうして呼び出されるのは久しぶりのことだ。
「分かりました。すぐに向かいます」
そう返事をして、席から立ち上がる。
……まあ行ってみれば分かるでしょう。今はそんなことより、ルシアン殿下を待たせてはいけない。
ああ──そうだ。せっかくだから、タイミングがあれば『才女の奇跡』と呼ぶのをやめてもらうように伝えよう。
うん、きっとそれがいい。才女だなんて呼び名は、私にはもったいないのだから。
しかしこのあと、ルシアン殿下から告げられた予想外の一言に、そんな決意もすっかり吹き飛ぶことになってしまうのだった。
「えっ? 私に夜会の指揮を執ってほしい?」
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