13・エレナが成し遂げたこと(ルシアン視点)
エレナが部屋から出て行った。
俺──ルシアンは、傍に立つテオドールに視線を向ける。
「彼女には驚かされるばかりだな」
「全くです」
テオドールは頷く。
……王都と地方の格差。それは多くの課題があるアルヴェリア王国において、頭を抱えるものの一つだった。
地方の特産品が、王都に回ってこない問題もその最たる例だ。考えるだけで、頭が痛くなる。
だが、エレナは解決策を示し、それを実行に移した。
これがまだ、王都に来て一ヶ月も経たない文官がやってのけたこととは……つくづく感服する。
「エレナ様の発想力には、すごいものがあります。我々とは、物事を見る角度が違うのでしょうね」
「だな。しかし、彼女の魅力はそれだけではない」
委託販売自体は、なにも新しいものではない。
実際、会議でも何度か話が出ていた。しかしその度に頓挫し、実現には至らなかったのだ。
なのにエレナが手を付けたら、一ヶ月も経たないうちに実現した。その違いとは……。
「根回し……の違いだな」
王都の商売を取り仕切る商会長は、数字に厳しい男だ。俺も彼には散々、煮湯を飲まされてきた。
委託販売がどれだけ素晴らしい制度が説いたとしても、旧態依然の商会長は決して首を縦に振らなかっただろう。
そのことは、エレナも分かっていたはずだ。
だから、彼女は武器として『数字』を使った。
地方の特産品を委託販売することで、どれほどの利益が見込めるのか。反対に、どのようなリスクがあり、どう抑えられるのか。
エレナはそれらを緻密に計算し、提案書としてまとめ上げた。その手腕は唸るものがある。
だが、彼女の強みはそれだけではない。
彼女には、人を惹きつける魅力があった。
自分だけが得をすればいいのではない。商人も、地方の生産者も、そして王都の人々も。関わる全ての人々が幸せになれる道を、彼女は常に模索している。
そんな太陽のような人柄が、商会長の心を動かしたのだろう。
女性の話になかなか耳を傾けないことで有名な商会長だが、結局のところ最後はエレナの情熱に押し切られる形で、首を縦に振ることになった。
「説得に数字を用いる文官はたくさんいる──情熱で押し切る文官もだ。だが、その二つを完璧に兼ね備えている人物は、なかなかいない。商会長も、エレナのそんな“可能性”に賭けてみたくなったんじゃないだろうか」
全く、大した女性である。
「つくづく、彼女を手放した男が気になるな」
「はい。それについてですが──」
一転。
テオドールが表情を引き締め。
「殿下、エレナ様の調査報告が今朝、出揃いました。報告が前後しまして、すみません」
……っ!
その放たれた言葉に、場に緊張感が走った気がした。
「話してくれ」
「承知しました。まず──エレナ様は伯爵家のご令嬢です。しかも、国内ではなく隣国の」
「やはりか。まあ、彼女ほどの人物を聞いたことがなかったから、薄々分かっていたことだ。他には?」
「彼女の元婚約者──それは、クラウゼル公爵家の一人息子です」
「なんだと?」
眉がぴくりと動く。
「クラウゼル公爵家……確か、あそこの息子であるレイモンドの名は、アルヴェリア王国にも轟いているぞ」
神童。
そう呼ぶのに、ふさわしい男らしい。
なんでも領地の複雑な税収計算を一手に引き受け、赤字続きだった財政を立て直したという。
交渉の難しい商人たちとも巧みに渡り合い、有利な契約を次々と勝ち取ってきたらしい。
それだけではない。
社交の場においても、その手腕は遺憾なく発揮されていた。
夜会に出席した客の好みを一人一人把握し、それぞれに合わせた料理や贈り物を用意する。
その細やかな気配りには、貴族たちも舌を巻くほどだ。
領地経営から社交まで、あらゆる分野で非凡な才能を発揮する。
それが俺の知る、レイモンドという男。
まさに、非の打ちどころがない男だった。
「彼の名が、隣国であるアルヴェリア王国にも轟いているから、大した傑物だと思っていたが……レイモンド公爵令息が、エレナの元婚約者だったと?」
「左様です」
肯定するテオドール。
ならば……ますます、おかしい。
貧乏領地を瞬く間に蘇らせ、『クラウゼル公爵家の神童』と謳われる男が、エレナほどの女性を手放すと思えないのだ。
やむにやまれぬ事情があったのか?
家同士の対立? それとも、別の令嬢との政略結婚を強いられた? あるいは、エレナ自身が婚約解消を望んだのだろうか。
「まさか……」
先ほどのエレナの姿を思い出しながら、俺は震えた声でこう続ける。
「レイモンドの功績だと思われていたものは、全てエレナが成し遂げたことだった……というのか?」
「おそらく、そうかと」
テオドールも頷く。
先ほど、エレナは自分がやった『才女の奇跡』の功績を、全て俺に譲ろうとした。
どうして、そんなことを言い出すのか分からず、内心首をひねっていたが……今までと同じことをやろうとしただけなのであれば、腑に落ちる。
「エレナの異常な自己肯定感の低さも、そこに隠されていたのか。彼女ほどの人物が今まで、俺の耳に入っていなかったことにも頷ける。婚約者を支える『陰』としての人生を、彼女は強いられていたのだ」
ギリっと歯軋りする。
エレナを軽んじていた男に憤り……さらにそんな男のことを、今まで優秀だと思っていた自分にも腹が立った。
「……他にはなにかあるか?」
「エレナ様については、これくらいかと。あと、クラウゼル公爵領では最近、目に見えて税収が減っているようです。最終決算が出ていないので、外から見ての憶測になりますか」
「だろうな」
仮に──エレナが自分の功績をレイモンドに譲っていたことが事実だとして、彼女を手放した公爵領はどうなる?
見る見るうちに衰退していくだろう。クラウゼル公爵家の未来は暗い。
「クラウゼル公爵家に、俺が直接抗議をしたいところだが……」
「心象は理解できます。ですが、王太子が隣国の事情に首を突っ込めば、最悪国際問題に発展するかと」
「……だな」
溜め息を吐き、背もたれに体を預ける。
エレナが抱えている事情も分かった。
そしてそんな彼女を手放した、愚かな男のことも。
俺が直接、レイモンド公爵令息に手を下したいが……おそらく、エレナはそれを望んでいない。
なんとなくだが……復讐なんて彼女とは無縁の言葉のように思えるからだ。
「それに、俺が手を下すまでもないかもしれん。今、俺が言った推測が当たっていれば、なにもせずともクラウゼル公爵家は没落していくのだろうから。時間の問題だ」
そう言う俺に、テオドールも頷きで応えた。
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