12・君のおかげだろう?
それから、幾ばくかの日数が経過した。
私はある報告書を持って、ルシアン殿下のもとを訪れた。
「素晴らしい」
ルシアン殿下は報告書を捲りながら、そう声を零す。
──今、彼が手にしているのは『織物の売上報告書』だ。
あれから、店主と田舎の青年の問題を聞いた私は、ルシアン殿下に許可をもらって動いた。
その結果がようやく出たので、売上報告書をまとめて、ルシアン殿下に見てもらうことにしたのだった。
「テオドールはどう思う?」
「はい、私も同意です」
同席していたテオドールさんも、そう太鼓判を押してくれる。
ルシアン殿下は再度私に顔を向けて。
「それにしても、本当に街で起こった問題を解決してしまうとはな。これなら王都の商人たちも、地方の生産者も満足だろう。エレナ──君がやったことを、もう一度説明してくれ」
「はい」
頷き、私はここ街中で起こった出来後について思い出す。
問題は明白だ。田舎の青年は自分たちが作った織物を買い取ってほしいが、店主は損失を出すことを怖がって渋っている。
このままじゃ、どこまでいっても平行線。いくら品質がいいと説得しても、店主は決して首を縦に振らなかっただろう。
ゆえに私はあの時、こう言った。
『買い取る必要はないんです。ただ彼の織物を一定期間、預かってくれませんか?』
──と。
つまり通常はお金を出して商品を仕入れる工程を、完全に取っ払ってしまったのだ。
もちろん、ただ商品を預かるわけではない。
預かった商品を、店主は店先に並べる。そして売れた分だけ、手数料という形で青年に払うという形を取った。
こうすれば商品を仕入れて売るよりかは、お店の利幅も下がるが、損はしない。
なにせ、売れなければそのまま青年に商品を返せばいいだけなのだから。
一方、田舎の青年も手数料という形で代金を受け取るが、全く売れないというリスクを抱えることになる。
しかし、彼もモノには自信があるようだった。店先に並べてもらえれば、きっと売れるはず。そう思ったに違いない。
二人を握手をし、この形式──『委託販売』を始めた。
「まさか、そのような方法を取るとは。盲点でした」
「テオドール、お前もそう思うか。だが──エレナのすごいところは、それだけではない。エレナのすごいところは、委託販売という商売方式を王都全域に行き渡らせたことだ」
感心したように言うルシアン殿下。
王都と地方の格差は、なにもあの服屋と青年だけの問題だけではない。
ルシアン殿下が頭を抱えていたし、きっと今も似たような問題が国中で起こっているはず。
なので私はルシアン殿下の伝手を使って、この街の商売を取り仕切る商会長に会いにいった。
商会長は売れ残った商品の保管や売上管理に手間がかかることを懸念し、当初は渋い顔をしていたが、私が何日も徹夜で作った提案書を目にすると、最終的には首を縦に振ってくれた。
それからルシアン殿下、商会長の力も借りて、私は各所を奔走。
委託販売という形は少しずつ広がっていき、成果も上々のようだ。
「助かったよ、エレナ。君は俺たちが何年も頭を悩ませている問題を、解決してしまったんだ。礼を言う」
「いえいえ、私は方法を考えただけですから。実際の売れたのは商品の力でしょう」
「そうだとしても、その商品が評価される場所を作ったのは君だ。もっと胸を張るといい」
頬を緩めて答えるルシアン殿下。
……最近は委託販売の手続きで奔走していたから、さすがに忙しかったわね。
しかし、不思議と疲労感はない。
これも自分のやったことが、成果に繋がったこと。
その喜びが、感じるはずの疲労を遥かに勝っているのだろう。
とはいえ。
「ですが──私一人では、ここまで短期間で委託販売を広めることはできませんでした。ルシアン殿下がいなければ、もっと……下手をすれば、永遠に実現できていなかったかもしれません」
いくら王城勤めとはいえ、一文官である私が商会長に会おうと思っても、無理だった。
私が考えた方法を、いち早く文官たちに周知してくれたのもルシアン殿下だ。
まだ私は、この職に就いてから日も浅い。
私の考えを実現させるためには、他の人たちからの信頼も薄いことは自覚しているしね。
「だから、この成果は殿下のものです。どうぞ、殿下の功績としてみなさんに伝えてください。地方との格差問題をまだ一部とはいえ解消させたと聞いたら、他のみなさんも殿下を賞賛し……」
「ん? なにを言っている」
ルシアン殿下は目を細めて、こう言った。
「今回のことは──君のおかげだろう? それなのに、どうして俺が君の手柄を横取りしなければならない。君はたまに変なことを言うな」
「──っ!」
言葉を失ってしまう。
──嬉しかったのだ。
レイモンドのところにいた時は、私がやったことを全て彼の手柄として譲ってきた。
そうすることが、公爵家全体の利益に繋がると思ったからだ。
私はあくまで影。
婚約者を支えるためなら、自らも犠牲にする。
そう思ってこその行動であったが……結果は裏切られてしまった。
だからルシアン殿下が「君のおかげ」と真っ直ぐ伝えてくれたて、涙が込み上げてくる。
「ありがとう……ございます」
俯き加減になって、私は声を絞り出す。
急に肩を震わせた私を、不思議に思ったのだろう。ルシアン殿下は不思議そうに首を傾げるものの、続けてこう口にした。
「結果が出れば、話は早い。テオドール、すぐにでも今回の成果はエレナのおかげだと、すぐに周知しろ」
「かしこまりました。露骨に態度には出さないものの、城内ではまだまだエレナ様を侮っている者もいますからね。今回のことが知れ渡れば、それも解消されるでしょう」
「違いない。ただ……普通に周知するのも、つまらないな。──そうだ、今回のことは『才女の奇跡』として周知するのは?」
「それはいいですね。大衆は淡々とした事実より、物語性を好まれますから。噂が噂を呼び、すぐに話が広がるでしょう。徹底します」
「うむ、よろしく頼んだぞ」
「ちょ、ちょっと、待ってください! 私の手柄だと言ってくれることは嬉しいですが、さすがに大袈裟にしすぎなんじゃ──」
楽しそうに盛り上がる二人を、私は慌てて止めるのであった。
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