10・デート? いえいえ、視察です
翌日。
私はルシアン殿下と街の視察に出かけるため、待ち合わせ場所の王都の正門に向かっていた。
「そういえば、今回の視察の目的って詳しく聞いていなかったわね……わざわざ私を同行させるのには、なにか理由があるのかしら?」
私はそう首を傾げる。
ちなみに……今日の私は文官の制服ではなく、持参した私服に身を包んでいる。
これは、「明日はお互い、素性を隠して視察しよう」というルシアン殿下の申し出があったためだ。
王太子が視察に来てるってバレたら、騒ぎになるかもしれないからね。
だからルシアン殿下が素性を隠すのは納得できるけど……どうして私まで?
色々と納得できないことはあったが、考えすぎても仕方がない。私は早足で正門まで向かう。
「来たか」
辿り着くと、すでにルシアン殿下が立っていた。
素性を隠すためか、今日のルシアン殿下は出会った頃と同じ、地味な外套を羽織っている。
とはいえ、その体から溢れ出る高貴なオーラは隠しきれていないように思える。
これで、本当に大丈夫かしら?
「すみません、殿下。待たせてしまいましたか?」
「気にするな、俺も来たばかりだ。そう言う君は……」
顎に手を添え、じろじろと私の姿を観察するルシアン殿下。
「やはり、制服を身につけている君も素敵だが、今の素朴な格好も似合うな。美人はなにを着ても、似合うということか」
「……っ! お世辞が過ぎますわ、殿下」
慌てて返事をする。
こういう高貴な身分の方は、幼い頃から女性を褒めるのが癖になっているものだが……王太子から言われると、さすがの私も照れる。
頬に熱が帯びていくのを感じた。
「お世辞ではないんだが……」
少し釈然としない表情ながら、ルシアン殿下は外へと足を向ける。
「まあいい。視察を始めよう」
「はい」
頷き、ルシアン殿下の後に続いた。
街中──。
王都に来たばかりの時も思ったけど、やはり祖国より活気付いているのが肌で感じ取れた。
これも陛下──ならびにルシアン殿下が良き治世を敷いているためだろう、素直にそう思った。
「おい……あの二人」
「ああ、とんだ美男美女カップルだな」
「貴族の方かしら?」
「いや……貴族だったら、もっと上等な服を着ているだろう。にしても、平民とは思えないくらい、二人とも顔立ちが整っている」
街を歩いていると、周りの人が私たちを見てひそひそと会話をする。
ルシアン殿下は周囲の視線など気にしていないようだが、私はさっきからなんだか落ち着かない。
「それにしても、エレナ」
そわそわしていると、ルシアン殿下がなにげなく私に話を振る。
「働き始めてから、まだ数日しか経っていないが……目覚ましい活躍ではないか。仕事を上手く進めるための、コツみたいなものはあるのか?」
「目覚ましい活躍だなんて……恐縮ですわ。そうですね……コツとは少し違うかもしれませんが、人の話をよく聞いて、覚えておくことにしています。なにげない会話の中でも、問題解決のヒントが含まれている場合が多々ありますので」
「なるほどな」
合点がついたのか、ルシアン殿下は感心したように頷く。
それにしても……先ほどからルシアン殿下は建物に入るわけでもなく、人に話を聞く話でもなく、ただただ街を歩いているだけだ。
もちろん、街の様子を見て回るのも立派な視察だ。だけど、私と想像してたのとは、ちょっと違った。
そう疑問に感じている時であった。
「お」
不意にルシアン殿下が足を止める。
その視線の先には──アイスの出店があった。
「美味しそうだな」
「そうですね。今日は少し蒸し暑いですし、見ているだけで涼しくなりそうです」
「君もそう思っていたか。……よし、食べようか。せっかくの視察だしな」
「ちょ、殿下!?」
慌てて手を伸ばすが、ルシアン殿下は私の言葉を待とうともせず、そのまま出店の前で歩み寄り、店主に声をかける。
「アイスを二人分、お願いできるか?」
「あいよ! ありがとう。お客さん、味はなににする?」
「エレナはどうする?」
「そう……ですね」
出店の前に飾られている見本を見ながら、熟考する。
「……ストロベリー味にしましょうか」
「分かった。だったら店主、彼女にはストロベリー味を。俺はバニラを」
「ありがとうございます──って、思わず答えてしまいましたが、どうしてここでアイスを? 視察は……」
「ん? 出店で出されている料理を試食するのも、立派な視察ではないか。エレナは変なことを言うな」
楽しそうに笑いを零すルシアン殿下。
……出会った時から薄々思っていたけど、この人、かなりの悪戯好きだ。私が慌てているのを見て、悦に入っているらしい。
その後、店主からカップに入ったアイスを渡される。お金を払おうとすると、「女性に払わせるわけにはいかない」とルシアン殿下に止められ、財布を引っ込めることになった。
じっとカップの中のアイスを見つめながら、逡巡する。
「……食べないわけにもいかないわね、溶けるし。では遠慮せずに……」
パクリ。
アイスを一口すると、口の中に冷たい爽快感が駆け巡った。
「美味しいわ!」
殿下の前だというのに、思わずそう声を上げてしまう。
ストロベリーの甘酢っぱさが口いっぱいに広がり、すっと溶けていく。
一気に蒸し暑さが吹き飛んだ。
「美味しそうに食べるな」
「す、すみません。つい」
「何故、謝る? 俺は美味しそうにものを食べる女性の方が好きだ。君は謝ることが多いな」
ルシアン殿下もチョコレート味のアイスを食べながら、息を吐く。
確かに……レイモンドが私の前でいつも不機嫌だったせいで、いつの間にか謝るのが癖になっているかもしれないわね。
あいつの前では冷静な話し合いは出来ない。とりあえず、謝っておけばその場は収められたからだ。
つくづくあいつと別れて正解だった。
そういえば、レイモンドとこうして二人きりで出かけたことも数回しかなく……。
「あ」
そこで気がつく。
「どうした?」
「……殿下。視察というのは建前ですね。本当は私を自然に休ませるために、街まで連れ出したといったところですか」
「バレたか」
あっさりと白状するルシアン殿下。
──思い返せば、道中でルシアン殿下は視察らしい視察をしなかった。店に立ち寄ったと思えば、こうしてアイスまで買ってくれた。
街の様子を調べるというより、私を楽しませようとしてくれていたのだろう。
それらも全て「私を休ませるため」と思えば、納得がいく。
「このまま働き続けたら、君がそのうち倒れてしまうんじゃないかと心配になったんだ。君は優秀な文官だ。だからこそ、無理をしてほしくない。そこで、視察にかこつけて街へ連れ出したわけだが……不快だったか?」
「いえ──ありがとうございます」
素直にお礼を言う。
不快に思うだなんて、とんでもない。
ルシアン殿下がたかが一介の文官相手に、そこまで真剣に向き合ってくれることが嬉しかった。
おかげで仕事の疲れも吹き飛んだ気もするし、いい気分転換になった。
ルシアン殿下に心から感謝だ。
「よし──種明かしも済んだところで、視察を再開しようか。まだまだ時間はある」
ルシアン殿下もアイスを食べ終わり、出店を離れようとした時であった。
「──お願いします! どうか、うちの商品を買い取ってください!」
男性の切羽詰まった声が、街中に響き渡ったのは。
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