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2.初めての人間

 ヴァルトは四人の冒険者を見つけると、警戒する様子もなく、ずかずかと近づいていった。


「お前ら、人間だよな?」


「え……?」


 あまりにも唐突な問いに、冒険者たちはそろって目を丸くする。


 ヴァルトは興味津々といった様子で、四人の顔を順番に見比べた。


「俺、人間を見るのは初めてなんだ」


「は……? お、お前も人間だろ?」


 剣士が困惑しながら問い返す。


 するとヴァルトは、自分の胸を指差して答えた。


「ああ。俺も人間ってやつらしいぞ。親父がそう言ってた」


「らしいって……」


 冒険者たちはますます混乱した。


 そのとき、女魔導士が我に返り、ヴァルトの背後にいる巨大な銀狼を指差した。


「ぼ、坊や……ここにいたら危険よ」


「あ?」


「そ、そこの魔物はフェンリルっていうの。とても凶暴で、普通の人間が敵う相手じゃないのよ」


 震える声で忠告する女魔導士に、ヴァルトは背後を振り返った。


 そこには鋭い牙を持つ巨大な銀狼――フェンリルが、不機嫌そうに冒険者たちを睨んでいる。


「ああ、知ってる」


 ヴァルトは事もなげに答えると、口元を大きく吊り上げた。


「兄貴は強えぞ。まあ、俺のほうが強いけどな」


「小僧が! まだお前には負けておらんわ!」


 フェンリルが大声で反論する。


「何言ってんだよ、兄貴! この前の勝ちで、俺の二百勝だろ!」


「俺が二百一勝だ!」


「え? そうだっけ?」


 ヴァルトは首を傾げると、両手の指を立てて数え始めた。


「一、二、三……」


 十まで数えたところで指が足りなくなり、眉間にしわを寄せる。


「……駄目だ。数は苦手だ!」


 ヴァルトは頭を抱えた。


「またオルフェウスに怒られる……」


「いったい、何を話しているの……?」


 女魔導士は、ヴァルトとフェンリルを交互に見ながら声を震わせる。


 魔物と会話していることも異常だが、その内容が勝敗を競う子供同士のようなのだから、理解が追いつかない。


「と、とにかく逃げましょう! あなたも一緒に来て! 私たちが逃がしてあげるから!」


「逃げる?」


 ヴァルトが不思議そうに首を傾げた。


 すると戦斧を背負った大男の戦士が、鼻で笑った。


「待てよ。あれ、本当にフェンリルなのか?」


「何?」


「見た目だけ似てる雑魚なんじゃねえのか? 本物のフェンリルなら、こんなガキがまともに戦えるはずがねえ」


 剣士も警戒しながら頷く。


「確かに……。魔物が人間の少年と仲良く話すなんて、聞いたことがない。何らかの擬態かもしれない」


「おい、お前ら」


 ヴァルトの表情から、わずかに笑みが消えた。


 しかし、冒険者たちはその変化に気づかなかった。


「陣形を組め!」


 剣士の号令が飛ぶ。


 先頭に戦斧を構えた戦士。


 その斜め後ろに剣士。


 さらに後方へ女魔導士と僧侶が下がり、それぞれ杖を構えた。


「その子を救出して、フェンリル擬きを討伐する!」


「聞いてなかったのか?」


 ヴァルトが低い声で告げる。


「兄貴は俺の家族だ」


「どけ! 巻き込まれても知らんぞ!」


 戦士が戦斧を構え、一歩踏み込んだ。


 その瞬間だった。


「――失せろ」


 ヴァルトの身体から、凄まじい威圧感が放たれた。


 空気が震え、石造りの壁と地面が低く唸る。


 その場にいる全員の身体へ、まるで巨大な龍に睨まれたかのような恐怖が叩き込まれた。


「ひっ……」


 女魔導士は小さな悲鳴を上げると、白目をむいてその場に倒れた。


「う、うわああああっ!」


「ば、化け物だ!」


 剣士と僧侶は武器や杖を放り出し、一目散に来た道を逃げていく。


 残された戦士は逃げることすらできず、その場にへたり込んでいた。


 股の下へ、じわりと水たまりが広がっていく。


「ま、また……」


 戦士は情けない声を漏らし、顔を青ざめさせた。


 ヴァルトは地面に倒れた女魔導士を指差す。


「そいつを連れて、さっさと出ていけ」


「は、はいぃっ!」


 戦士は慌てて立ち上がると、気絶した女魔導士を両腕で抱きかかえた。


「す、すみませんでしたぁぁぁ!」


 半泣きで叫びながら、戦士は仲間たちを追って走り去っていく。


 その背中が見えなくなると、フェンリルが鼻を鳴らした。


「殺さなくてよかったのか?」


「別に、何も悪いことしてねえだろ」


 ヴァルトは頭の後ろで腕を組み、興味を失ったように答える。


「ちょっと馬鹿だっただけだ。だったら、逃がしてやればいいんじゃねえか?」


「甘い奴だ」


「そうか?」


 ヴァルトが首を傾げた、そのときだった。


『ヴァルトォォォォォォッ!!』


 地の底から響くような怒声が、ダンジョン全体を揺らした。


 天井から細かな砂埃が落ち、遠くにいた魔物たちが一斉に逃げ出していく。


 ヴァルトの顔から、さっと血の気が引いた。


「やべえ!」


「どうした?」


「勉強部屋から抜け出したのが、親父にばれた!」


 ヴァルトは勢いよく身を翻す。


「戻るぞ、兄貴!」


「待て! ヴァルト、また授業を抜け出してきたのか!?」


「細かいことは後だ! 急げ!」


「細かくないわ! お前を連れ出したと思われたら、俺まで怒られるではないか!」


「大丈夫だ! 兄貴のせいにするから!」


「まったく大丈夫ではないわぁぁぁ!」


 ヴァルトとフェンリルは言い争いながら、慌ただしくダンジョンの奥へと駆け戻っていった。


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