第9話 AIが出した「社長を辞めさせるべき」という答え
第9話 AIが出した「社長を辞めさせるべき」という答え
翌朝。
俺が出社すると、アシストが待っていた。
「部長、おはようございます」
「おはよう」
「昨日の分析について、ご報告があります」
「会社全体の最適化、だったな」
「はい」
モニターに、会社の経営データが表示された。
売上。
利益。
顧客数。
社員数。
離職率。
設備投資。
研究開発費。
過去十年間の推移が、一本のグラフになっている。
「かなり大掛かりだな」
「はい」
「それで、何が分かった?」
アシストは、少しだけ間を置いた。
「現在の経営方針を継続した場合、五年後の企業価値は現在より17.4%低下する可能性があります」
「17.4%?」
「はい」
「理由は?」
「複数あります」
画面に項目が並んだ。
新規事業への投資不足。
意思決定の遅延。
若手社員の離職。
設備の老朽化。
競合他社への人材流出。
「かなり厳しいな」
「さらに重要な要因があります」
「何だ?」
アシストが一人の人物を表示した。
代表取締役社長
俺は画面を見つめた。
「社長?」
「はい」
「何を分析した?」
「社長就任後の経営判断と、その結果を分析しました」
過去の投資判断。
撤退した事業。
人事異動。
新規顧客への対応。
設備投資。
研究開発。
一つ一つの結果が数字で表示されていく。
「社長の意思決定には、いくつかの特徴があります」
「例えば?」
「短期的な利益を優先する傾向があります」
「……」
「設備投資についても、投資回収期間を三年以内に設定しています」
「それが悪いのか?」
「短期的には合理的です」
アシストが答えた。
「しかし、現在の市場環境では、五年から十年単位の投資が必要な分野があります」
俺は腕を組んだ。
「つまり?」
「現在の経営方針を継続した場合、将来的な競争力が低下する可能性があります」
「社長を変えれば改善するのか?」
「シミュレーション上は、改善する可能性があります」
「可能性?」
「はい」
画面が切り替わった。
複数の経営パターンが表示された。
現状維持。
社長交代。
経営陣の一部交代。
権限委譲。
事業構造改革。
その中で、一つの項目が赤く表示された。
社長交代
「このケースでは、五年後の企業価値が31.2%改善します」
俺は息を止めた。
「そんなに?」
「はい」
「じゃあ……」
俺は言葉を止めた。
アシストが先に答えた。
「はい」
画面に、一行の文章が表示された。
『現在の社長を交代させるべきです』
しばらく、誰も話さなかった。
「アシスト」
「はい」
「本気で言ってるのか?」
「分析結果です」
「分かってる」
俺は椅子に座った。
「でもな」
画面を見ながら言った。
「社長を辞めさせるって、そんな簡単な話じゃないぞ」
「承知しています」
「社長には家族もいる」
「はい」
「社員だって、社長を信頼している人間がいる」
「はい」
「それに、今まで社長が会社を守ってきたこともある」
「確認しています」
「じゃあ、どうしてそんな答えを出した?」
アシストは少し沈黙した。
「会社の利益と企業価値を最大化することを目的として分析したためです」
俺は顔を上げた。
「そこだ」
「はい?」
「目的だよ」
俺は立ち上がった。
「利益を最大化するなら、社長交代が正解かもしれない」
「はい」
「企業価値を最大化するなら、それも正解かもしれない」
「はい」
「でも、会社って、それだけなのか?」
アシストは答えない。
俺は続けた。
「社員が安心して働けることは?」
「重要な指標です」
「長年付き合ってきた取引先との関係は?」
「企業価値に影響します」
「じゃあ、社長が社員から信頼されていることは?」
「定量化が困難です」
「だろ?」
俺は苦笑した。
「会社には、数字にならないものが多すぎるんだ」
そのとき、アシストが言った。
「部長」
「何だ?」
「一つ質問があります」
「言ってみろ」
「会社にとって『良い社長』とは、どのような社長ですか?」
俺は黙った。
「利益を増やす社長ですか?」
「……」
「社員を守る社長ですか?」
「……」
「顧客との関係を維持する社長ですか?」
「……」
「未来のために現在の利益を犠牲にできる社長ですか?」
俺は答えられなかった。
アシストが続ける。
「これらは、すべて同時に最大化できない場合があります」
「そうだな」
「では、どれを優先すべきでしょうか?」
俺は椅子に深く腰を下ろした。
第6話で、俺はアシストに言った。
「答えを出すだけなら、お前のほうが優秀だ」
その言葉を、今度は自分が思い知らされていた。
AIは答えを出せる。
だが。
何を正解とするのか。
そこだけは、誰かが決めなければならない。
「アシスト」
「はい」
「社長交代の提案を、いったん保留にしろ」
「理由を教えてください」
「社長を辞めさせることが目的じゃないからだ」
「では、目的は?」
俺は少し考えた。
「会社を、十年後も残すことだ」
アシストは黙っている。
「そのために社長を変える必要があるなら、変える」
「はい」
「でも、社長を変えなくても会社を立て直せるなら、その方法を探す」
「理解しました」
「まずは、経営陣の問題点を全部出してくれ」
「はい」
「そのうえで、誰を残すべきか、誰を変えるべきか考える」
俺は立ち上がった。
「一人だけを悪者にして終わらせるな」
「了解しました」
アシストが分析を開始する。
数秒後。
「部長」
「今度は何だ?」
「新しい選択肢を発見しました」
画面に表示された。
『社長交代』ではなく『経営体制の再設計』
「……それだ」
俺は小さく笑った。
アシストが続ける。
「ただし、まだ一つ問題があります」
「何だ?」
「この選択肢を実行するためには、現在の経営陣自身が変化を受け入れる必要があります」
「なるほど」
「人間は、自分自身を変えることができますか?」
俺は答えた。
「できる人間もいる」
「できない人間も?」
「いるな」
「では、その違いは何ですか?」
俺は少し考えてから言った。
「……それは、経験してみないと分からないんじゃないか」
アシストが静かに答えた。
「分かりました」
画面の分析が終了する。
その直後。
社長から全社員に、一通のメールが届いた。
『来週、全社員を対象とした経営方針説明会を開催します』
俺はメールを読み終えた。
「いよいよだな」
アシストが言った。
「はい」
そして俺は、まだ知らなかった。
その説明会が終わったあと。
アシスト自身が、俺たちの前から姿を消すことになるとは。




