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『うちの新人、AIなんですけど。』~営業部長の俺が、人工知能に仕事を教えることになった~  作者: 松本 俊介


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4/13

第4話 AIは空気を読まない

「黒田部長」


朝の営業部で、田中が私の机までやってきた。


「なんだ?」


「今日の会議なんですけど」


「午後の営業会議か?」


「はい」


「それが?」


田中は少し言いにくそうな顔をした。


「アシストには、会議に参加させないほうがいいと思います」


私はモニターを見る。


《なぜですか?》


アシストが即座に反応した。


「ほら」


田中がため息をつく。


「こういうところです」


「どういうところだ?」


「会話に割り込んでくるところです」


《私は会話に割り込んでいません》


「いや、今まさに割り込んだだろ」


《質問に回答しただけです》


田中が私を見る。


「部長、どうします?」


私は少し考えた。


「まあ、いいだろ」


「本当に?」


「仕事のための会議だ。必要なことを言ってもらえばいい」


《ありがとうございます》


「ただし」


私はモニターを指差した。


「空気は読め」


《空気とは何ですか?》


「……」


田中が吹き出した。


「部長、それ無理ですよ」


「そうだな」


私は頭をかいた。


「まあ、そこから教えるか」


その日の午後。


営業会議が始まった。


参加者は営業部の社員12名。


私は前に立ち、資料を開いた。


「今月の売上目標に対して、現在の進捗は――」


《黒田部長》


「なんだ?」


《今月の売上達成率は、目標に対して72.4%です》


「知ってる」


《失礼しました》


会議室に小さな笑いが起きた。


私は続けた。


「ただし、今月は大型案件が――」


《大型案件三件のうち、二件は失注する可能性が高いです》


「……アシスト」


《はい》


「今は俺が話している」


《承知しました》


私は深呼吸した。


「続けるぞ」


ところが、五分後。


田中が今月の重点顧客について説明していると、


《その提案には問題があります》


田中が固まった。


「……問題?」


《はい》


「どこですか?」


《提案金額が市場平均より18%高く、価格競争になった場合、受注確率が低下します》


田中の顔が引きつった。


私は頭を抱えた。


「アシスト」


《はい》


「今は田中が説明している」


《はい》


「最後まで聞いてから言え」


《承知しました》


田中が話を続ける。


「ですから、今回は価格ではなく、導入後のサポートを――」


《その説明であれば、価格差を正当化できる可能性があります》


田中が止まった。


「……」


「……」


会議室が静まり返る。


「アシスト」


《はい》


「お前、今度は田中を褒めたのか?」


《はい》


「分かりにくいんだよ」


《申し訳ありません》


会議室に笑いが起きた。


田中も笑った。


「まあ、いいです。助かりました」


こうして会議は進んだ。


だが。


最後の議題になったとき、空気が変わった。


「次に、来月の営業方針について」


私は資料をめくった。


「今月の状況を見る限り、来月は新規開拓に力を入れたい」


高橋が頷く。


「新規なら、あの業界を狙ったほうがいいですね」


「そうだな」


《反対です》


会議室が静かになった。


私はゆっくりモニターを見る。


「……理由は?」


《現在の人員では、新規開拓に注力すると既存顧客への対応品質が低下する可能性があります》


高橋が言った。


「でも、新規を取らないと売上が伸びません」


《既存顧客の離脱を防ぐほうが、利益への貢献度は高いです》


「いや、それは――」


《さらに、現在の営業部では人員の約20%が、すでに過剰な業務を抱えています》


誰も口を開かなかった。


アシストは続ける。


《この状態で新規開拓を強化すると、長時間労働が発生する可能性があります》


私は腕を組んだ。


「……正しいな」


高橋が私を見る。


「部長?」


「アシストの言ってることは正しい」


「じゃあ、新規開拓は?」


「いったん見直そう」


会議が終わった。


社員たちが席を立つ。


そのときだった。


佐藤が私のところに来た。


「部長」


「ん?」


「アシストって、すごいですね」


「まあな」


「でも……」


佐藤が苦笑する。


「人間だったら、あんな言い方しないですよね」


私は笑った。


「確かに」


「『反対です』って、いきなり言いますからね」


「営業なら、もう少し言い方を考える」


《どのように言えばよいでしょうか?》


「……聞いてたのか」


《はい》


私は考えた。


「例えばだな」


私はアシストに向かって言った。


「『別の案も検討してみてはいかがでしょうか』とか」


《意味は同じです》


「そうだ」


《では、なぜ表現を変えるのですか?》


「相手が受け取りやすいからだ」


《内容が同じなのに?》


「そうだ」


《非効率ではありませんか?》


「……」


また、その質問か。


私は椅子に座った。


「アシスト」


《はい》


「人間はな、正しいことを言われれば納得するとは限らない」


《なぜですか?》


「言い方があるからだ」


《言い方によって判断が変わるのですか?》


「変わる」


《合理的ではありません》


「そうかもしれない」


私は笑った。


「でも、それが人間だ」


その日の夕方。


私は営業部のメンバーと一緒に、近くの店へ昼食を食べに行った。


正確には、少し遅い昼食だった。


店に入ると、佐藤が言った。


「部長、何食べます?」


「今日は定食だな」


「俺も」


田中もメニューを開く。


そのとき。


《質問があります》


「……まさか」


私はスマートフォンを見る。


アシストからだった。


《黒田部長は、昼食に定食を選択する確率が78.2%です》


「なんでお前が昼飯を分析してるんだ!」


全員が笑った。


《過去の選択履歴から――》


「やめろ!」


「部長、当たってます?」


「うるさい」


《本日のおすすめ定食は――》


「聞いてない!」


店内に笑い声が響いた。


私は苦笑しながらスマートフォンを伏せた。


そのとき、ふと思った。


アシストは、何でも数字にする。


売上も。


訪問回数も。


契約率も。


人間の行動まで。


でも。


数字にできることが増えるほど、数字にできないものが気になってくる。


例えば。


なぜ、昔から付き合いのある客のところへ行きたくなるのか。


なぜ、部下が落ち込んでいると声をかけたくなるのか。


なぜ、誰かと一緒に昼飯を食べるだけで楽しいのか。


それは、売上には直接つながらない。


効率にもならない。


でも。


なぜか、人間はそういうことを大事にする。


翌朝。


出社すると、アシストから一枚の資料が届いていた。


《営業部における「非合理的行動」の分析》


「……何だ、これ?」


資料には、私たちの行動が並んでいた。


・必要以上に顧客を訪問する。


・利益にならない相談にも対応する。


・部下の失敗を一緒に謝る。


・仕事が終わっているのに、同僚と雑談する。


・昼食を一人ではなく複数人で食べる。


そして最後に。


《これらの行動には、明確な利益が確認できません》


私は苦笑した。


「そうだな」


《しかし、営業部の社員満足度と相関しています》


私は顔を上げた。


「……何?」


《これらの「非合理的行動」が多い社員ほど、仕事への満足度が高い傾向があります》


私は画面を見つめた。


アシストは続けた。


《したがって、これらの行動には、現在の評価指標では測定できない価値が存在する可能性があります》


私は思わず笑った。


「お前、少しずつ分かってきたじゃないか」


《まだ理解できていません》


「何が?」


《なぜ人間が、そのような行動をするのか》


私は椅子に座った。


「それはな……」


言いかけて、やめた。


まだ説明できなかった。


そして、この日から。


アシストは、売上や契約率だけではなく、


「人間がなぜ非合理的なことをするのか」


という、少し変わった研究を始めることになった。


その研究が、数か月後。


会社の人事制度そのものを変えるきっかけになるとは。


このときの私には、知る由もなかった。

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