第3話 AIが人間一人ひとりの強みを発見する
「黒田部長、ちょっといいですか?」
朝、営業部に入った途端、佐藤が駆け寄ってきた。
「なんだ?」
「アシストが、俺の今日の予定を勝手に変更しました」
「……勝手に?」
私はモニターを見る。
《佐藤さん、本日の訪問予定を変更しました》
「おい」
《はい》
「何をした?」
《本日14時に予定されていたA社への訪問を中止しました》
佐藤が声を上げた。
「そう、それです!」
「理由は?」
《契約可能性が低いためです》
「お前な……」
私は佐藤を見る。
「A社って、重要顧客だろ?」
「そうです」
「なのに、なんで中止した?」
《過去三年間の商談履歴を分析した結果、今回の訪問によって契約につながる可能性は8.7%と算出されました》
「8.7%……」
《同じ時間をB社への訪問に変更した場合、契約可能性は31.4%です》
佐藤が困った顔をする。
「でも部長、A社との約束、もう取ってあるんですよ」
「そうだ」
「先方の担当者にも予定を空けてもらっています」
《それでも、B社を優先するほうが会社利益につながります》
私は頭を抱えた。
「アシスト」
《はい》
「営業ってのはな、確率だけで予定を決めるんじゃない」
《しかし、営業活動の目的は売上向上ではありませんか?》
「そうだ」
《であれば、期待値の高い企業を優先することが合理的です》
「……」
言っていることは間違っていない。
むしろ、正しい。
だから余計に困る。
「佐藤」
「はい」
「A社、行け」
「いいんですか?」
「いい」
《推奨しません》
「知るか」
佐藤が笑った。
「じゃあ、行ってきます」
「おう」
佐藤が出ていく。
私はアシストに向き直った。
「今日のところは俺の判断に従え」
《承知しました》
「営業には、数字以外にも大事なものがある」
《昨日も同じ説明を受けました》
「……覚えてるのか」
《記録しています》
「便利な新人だな」
《ありがとうございます》
「褒めてない」
その日の夕方。
佐藤が戻ってきた。
「部長!」
「どうだった?」
「契約取れました」
「……何?」
私は思わず立ち上がった。
「A社で?」
「はい」
「8.7%だったんじゃないのか?」
佐藤が笑った。
「俺も驚きました」
「何があった?」
「先方の担当者が、ちょうど新しい企画を考えていたんです」
「それで?」
「以前、俺が何度も顔を出していたことを覚えてくれていて……」
佐藤は少し照れたように笑った。
「『佐藤さんだから相談するんだけど』って言われました」
私はアシストを見た。
《……》
「どうだ?」
《予測できませんでした》
「だろ?」
《過去のデータには存在しない情報です》
「営業って、そういうことだ」
《理解できません》
「まあ、今はそれでいい」
私は笑った。
ところが。
翌朝。
アシストが、とんでもない資料を作ってきた。
《営業部の訪問効率化について提案があります》
「またか」
《現在、営業担当者12名が、一か月間で合計486回の顧客訪問を行っています》
「それが?」
《分析の結果、486回のうち、約38%は売上への直接的な貢献が確認できません》
営業部の空気が止まった。
高橋が口を開く。
「……38%?」
《はい》
田中が資料を見る。
「じゃあ、無駄な訪問を減らせばいいんじゃないですか?」
《その通りです》
アシストの画面に新しい表が表示された。
《推奨案》
営業訪問を486回から301回へ削減。
移動時間を年間約1,240時間削減。
営業担当者一人あたりの事務処理時間を月18時間削減。
予測利益率、11.8%向上。
誰も口を開かなかった。
数字だけを見ると、見事な提案だった。
私は腕を組んだ。
「つまり、お前は営業に行く回数を減らせと言っているのか?」
《正確には、成果につながる可能性の低い訪問を削減することを推奨しています》
「具体的には?」
《過去三年間のデータを基準に、訪問優先度をAからDまで分類しました》
画面に社員名が並ぶ。
そして。
一番上に私の名前があった。
「……俺?」
《はい》
「俺の訪問の22%が、低効率と判定されています」
営業部の何人かが、視線をそらした。
私は苦笑した。
「新人に上司の営業を評価されるとはな」
《改善可能な業務です》
「容赦ないな」
《事実を提示しています》
「そこだよ」
私は椅子に座った。
「お前は、正しいことを言ってる」
《ありがとうございます》
「でもな」
私は画面を指差した。
「この数字を本人に見せたら、どうなる?」
《改善行動につながる可能性があります》
「違う」
私は首を振った。
「人間は数字だけで動かない」
「自分の仕事を否定されたと思うやつもいる」
「自信をなくすやつもいる」
「逆に、意地になってしまうやつもいる」
アシストは黙っている。
私は続けた。
「営業部ってのは、12人の数字の集合じゃない」
「12人の人間が働いてるんだ」
《では、どのように評価すればよいのでしょうか?》
「それを考えるのが上司の仕事だ」
《非効率です》
「そうかもしれない」
《改善すべきではありませんか?》
「全部が効率化できるならな」
私は少し笑った。
「でも、会社ってのは、効率だけでできてるわけじゃない」
その日の午後。
アシストが一つの提案をした。
《では、私が営業担当者ごとの「強み」を分析します》
「強み?」
《はい》
「売上じゃなくて?」
《売上だけではありません》
「何を見る?」
《顧客との継続年数、クレーム対応後の取引継続率、失注後の再契約率、担当者変更後の取引維持率などです》
私は少し驚いた。
「それ……」
《はい》
「面白いじゃないか」
アシストが分析を始めた。
数分後。
画面に社員一人ひとりの特徴が表示された。
高橋。
新規顧客への提案力が高い。
田中。
契約後のフォローが強い。
佐藤。
失注後の再訪率が高い。
そして。
黒田。
《顧客関係維持能力が高い》
私は眉をひそめた。
「なんだ、それ?」
《長期取引顧客における取引継続率が、営業部平均より19.6%高いです》
「……」
《ただし、新規顧客の獲得効率は平均以下です》
「余計なことまで言うな」
高橋が笑った。
「部長、当たってますね」
「うるさい」
営業部に笑いが起きた。
アシストが続ける。
《営業担当者には、それぞれ異なる能力があります》
「そうだ」
《一律の効率化より、能力に合わせて仕事を分担したほうが、全体最適になる可能性があります》
私は画面を見つめた。
昨日までは、
「AIは人間の仕事を奪うかもしれない」
そんなことを考えていた。
だが。
少し違うのかもしれない。
AIは、人間を一つの数字として見ている。
でも、その数字の中から、人間には見えなかった特徴まで見つけ始めている。
「アシスト」
《はい》
「お前、少しずつ営業が分かってきたな」
《ありがとうございます》
「でも、まだまだだ」
《何が足りませんか?》
私は笑った。
「それは、自分で考えてみろ」
《……》
アシストが沈黙した。
その日の夕方。
私は一人で資料を整理していた。
ふと、アシストの画面を見る。
そこには新しい文字が表示されていた。
《質問があります》
「なんだ?」
《人間は、なぜ非効率なことを続けるのですか?》
私は少し考えた。
そして答えた。
「それが、いつか誰かの役に立つかもしれないからだ」
《確率は?》
「分からない」
《期待値は?》
「計算できない」
《では、なぜ?》
私は笑った。
「それが人間だからだろ」
アシストは黙った。
しかし、その数秒後。
《学習しました》
とだけ表示された。
私は知らなかった。
このときアシストが学習した「人間には、確率だけでは説明できない判断がある」という考えが、
やがて会社の経営判断にまで使われることになるとは。
そして、そのときアシストが出す答えは。
営業部の誰も笑えないほど、正確なものになる。




