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『うちの新人、AIなんですけど。』~営業部長の俺が、人工知能に仕事を教えることになった~  作者: 松本 俊介


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第2話 AIに営業を任せてみた

「黒田部長、これ、今日中に見てもらえますか?」


朝一番、田中が持ってきた資料を見て、私はため息をついた。


「なんだ、これ?」


「来週訪問する新規顧客のリストです」


「候補は何社ある?」


「百二十七社です」


「多すぎるだろ」


「ですよね」


田中が苦笑する。


営業という仕事は、意外と地味だ。


どの会社を訪問するか。


誰に電話するか。


いつ資料を送るか。


どの顧客を優先するか。


一つ一つは小さな判断だが、それが積み重なって結果になる。


そして、こういう作業に時間がかかる。


私は資料をめくった。


「去年の取引実績は?」


「全部入っています」


「過去三年間の問い合わせ履歴は?」


「それも」


「担当者の役職は?」


「入っています」


「じゃあ、絞れるだろ」


田中が困った顔をした。


「それが……」


「なんだ?」


「条件が多すぎて、人間がやると一日仕事です」


私は腕を組んだ。


そのときだった。


机の横のモニターが点いた。


《私が分析しましょうか?》


「……お前か」


《はい》


昨日配属されたばかりの新人AI、アシスト。


私は画面を見た。


「できるのか?」


《可能です》


「じゃあ、やってみろ」


《承知しました》


田中がパソコンに資料を送る。


数秒。


本当に数秒だった。


モニターに一覧表が表示された。


《訪問優先順位を作成しました》


「……早いな」


《対象企業127社のうち、今週訪問することを推奨する企業は18社です》


田中が身を乗り出した。


「十八社?」


《はい》


「理由は?」


《過去の問い合わせ頻度、取引規模、直近の商談状況、担当者の変更、競合他社との取引状況、過去の提案に対する反応などを総合的に分析しました》


私は一覧表を見た。


一位。


二位。


三位。


確かに、営業経験のある人間が見ても納得できる会社が並んでいる。


「これ……俺たちが作るよりいいんじゃないですか?」


田中が言った。


私は返事をしなかった。


その日の午後。


田中が一社目に電話をかけた。


「いつもお世話になっております。実は新しいご提案が……」


しばらく話したあと、田中が電話を切った。


「部長」


「どうした?」


「アポ取れました」


「何社目だ?」


「三社目です」


「三社連続?」


「はい」


私はアシストを見た。


《現在の成約期待値を再計算しますか?》


「いや、いい」


《承知しました》


田中が笑った。


「これ、すごいですよ」


「何が?」


「アシストですよ」


「……まあな」


「新人なのに、俺より仕事できますよ」


「それは本人には言うな」


《聞こえています》


「……」


田中が吹き出した。


「やっぱり面白いな、こいつ」


しかし、その日の夕方。


少しだけ空気が変わった。


田中が四社目に電話をかけた。


「いつもお世話になっております。田中です」


数分後。


「……はい」


田中の表情が曇った。


「失礼いたします」


電話を切る。


私は聞いた。


「どうした?」


「断られました」


「理由は?」


「今は必要ないそうです」


私は頷いた。


「そういうこともある」


するとアシストが言った。


《この企業への訪問優先順位を下げることを推奨します》


田中が振り返った。


「え?」


《今回の反応を分析すると、短期的な契約可能性は低いと判断できます》


私は画面を見た。


「待て」


《はい》


「訪問順位を下げる必要はない」


《理由を教えてください》


「田中」


「はい」


「お前、その会社の担当者、何年付き合ってる?」


「七年くらいです」


「じゃあ、今まで何回断られた?」


「……何度もあります」


「それでも最後には契約をもらったことがあるだろ」


「あります」


私はアシストに向き直った。


「営業ってのは、今日断られたから明日もダメ、って仕事じゃない」


《しかし、過去データから判断すると――》


「データだけじゃ分からない」


私は少し強い口調になった。


「担当者が忙しかったのかもしれない」


「機嫌が悪かったのかもしれない」


「会社の事情が変わったのかもしれない」


「それに……」


私は少し考えてから続けた。


「単純に、今は買う気分じゃなかっただけかもしれない」


アシストが黙った。


《確認します》


「なんだ?」


《営業担当者は、顧客が「今は必要ない」と言った場合でも、関係を維持する必要がありますか?》


「そうだ」


《契約の可能性が低くても?》


「そうだ」


《売上につながらなくても?》


「そうだ」


《非効率ではありませんか?》


私は答えなかった。


確かに、数字だけを見れば非効率だ。


売上につながらない訪問。


契約につながらない電話。


何度も断られる提案。


会社の業務効率という意味では、減らしたほうがいいのかもしれない。


でも。


営業を三十年以上やってきた私には、それを「無駄」と言い切れなかった。


「アシスト」


《はい》


「お前は、契約を取るために仕事をするのか?」


《会社の利益を最大化することが目的です》


「そうか」


私は椅子に座った。


「じゃあ、覚えておけ」


《はい》


「営業は、契約だけが仕事じゃない」


《……》


「今日売れなくても、十年後に売れることがある」


「今日断られても、十年後に電話をもらうことがある」


「それまでの時間も、営業の仕事なんだ」


しばらく画面には何も表示されなかった。


やがて、一行だけ文字が出た。


《理解しました》


「本当に?」


《いいえ》


「……」


《現在のデータだけでは、理解できません》


田中が小さく笑った。


「正直ですね」


私は苦笑した。


「まあ、いい」


私は立ち上がった。


「分からないなら、これから覚えればいい」


《質問があります》


「なんだ?」


《黒田部長は、なぜその顧客を訪問し続けるのですか?》


私は少し考えた。


そして答えた。


「長い付き合いだからだ」


《長い付き合いには、どの程度の価値がありますか?》


「金額では測れない」


《数値化できませんか?》


「たぶんな」


《では、重要ではないのでしょうか?》


私は画面を見つめた。


「逆だ」


「数字にできないからって、大事じゃないとは限らない」


アシストは、それ以上何も言わなかった。


その夜、私は一人で営業部の明かりを消した。


モニターだけが、まだ点いていた。


《黒田部長》


「ん?」


《本日の学習を終了します》


「そうか」


《明日も、仕事を教えてください》


私は少し笑った。


「お前、本当に新人みたいだな」


《私は新人です》


「……そうだったな」


会社を出る。


駅へ向かう途中、私はふと思った。


AIは、過去のデータから未来を予測する。


人間は、経験から未来を想像する。


似ているようで、何かが違う。


その違いが何なのか。


このときの私は、まだ分かっていなかった。


ただ一つだけ。


明日から、アシストに仕事を教えるのが少し楽しみになっていた。


そして翌朝。


アシストは、私たちが誰も気づいていなかった「ある営業担当者の異変」を見つけることになる。

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