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『うちの新人、AIなんですけど。』~営業部長の俺が、人工知能に仕事を教えることになった~  作者: 松本 俊介


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第1話 新人がAIだった

「黒田部長、今日から新人が一人入ります」


朝一番の営業部。


高橋が、妙に改まった顔でそう言った。


私はパソコンから顔を上げた。


「新人?」


「はい」


「どこの部署から?」


「違います。今日からうちの営業部に配属です」


「それなら、なおさら誰だ?」


高橋は一瞬だけ黙った。


そして、私の机の横に置かれたモニターを指差した。


「そこにいます」


「……は?」


モニターには、見慣れない画面が表示されていた。


中央に、小さな文字。


《営業支援AI ASSIST》


私は画面を見つめた。


もう一度、高橋を見る。


「高橋」


「はい」


「新人は?」


「だから、そこです」


「いや、そういう意味じゃない」


私はため息をついた。


「人間は?」


「いません」


「…………」


朝の営業部が、急に静かになった気がした。


「冗談だろ?」


「冗談じゃありません」


高橋が資料を差し出す。


そこには、会社が進めている生成AI活用プロジェクトについて書かれていた。


営業部門への試験導入。


名称は《アシスト》。


役割は営業支援。


顧客情報の整理。

過去の商談分析。

営業資料の作成。

訪問先の提案。

売上予測。


つまり、私たち営業社員の仕事を手伝うAIらしい。


「それを、新人って呼んでるのか?」


「部長。会社の正式な説明では『AI人材』です」


「余計に分からん」


私は椅子に背を預けた。


三十年以上、この会社で営業をやってきた。


新人には、まず客先に連れていく。


名刺の渡し方を教える。


電話の取り方を教える。


失敗したら一緒に頭を下げる。


そうやって仕事を覚えてもらってきた。


ところが今日、私が面倒を見ることになった新人は、人間ではなかった。


「で?」


私はモニターに向き直った。


「こいつに何を教えればいいんだ?」


高橋が困った顔をする。


すると、モニターに文字が表示された。


《黒田部長》


「……しゃべった?」


《はい。営業部長、黒田様》


「様はいらん」


《承知しました。黒田部長》


「お前、俺のことを知ってるのか?」


《はい》


「どこまで?」


《過去十年間の営業成績、担当顧客、商談履歴、訪問記録、社内評価、部下の配置状況などを確認しています》


私は言葉を失った。


高橋を見る。


高橋も苦笑いしていた。


「会社のデータベースと連携しているそうです」


「そういうことは先に言え」


私はもう一度、モニターを見た。


《質問があります》


「なんだ?」


《黒田部長は、営業成績を上げるために、顧客訪問回数を増やすべきだと考えていますか?》


いきなりだった。


「当然だろ」


《本当にそうでしょうか》


「……なんだと?」


高橋が小さく笑った。


「部長、早速ですね」


「黙ってろ」


私は画面を睨んだ。


「じゃあ聞くが、訪問回数を増やせば売上は上がるのか?」


《単純な相関関係は確認できます》


「ほら見ろ」


《ただし》


「ただし?」


《訪問回数が多い営業担当者ほど、契約率が高いとは限りません》


私は黙った。


アシストは続ける。


《長期取引の顧客では、訪問回数が少なくても契約率が高いケースがあります》


「……」


《また、新規顧客の場合は訪問回数よりも、初回面談から提案までの時間や担当者との関係性のほうが影響する可能性があります》


私は椅子から少し身を乗り出した。


「お前……」


《はい》


「営業をやったことがあるのか?」


《ありません》


「じゃあ、なんでそんなことが分かる?」


《データを分析した結果です》


「データ……か」


私は画面を見つめた。


こいつには、客先で怒鳴られた経験もない。


何度電話しても担当者につながらなかった日もない。


契約寸前で競合にひっくり返された悔しさもない。


それでも、数字だけなら私よりよく知っている。


「変な新人だな」


《ありがとうございます》


「褒めてない」


《承知しました》


高橋が吹き出した。


「部長、もう仲良くなってません?」


「どこがだ」


私はモニターを睨んだ。


だが、その日の午後。


私はアシストが作った顧客分析表を見て、さらに驚くことになる。


長年付き合っている顧客ほど、訪問回数が少なくても契約率が高い。


逆に、訪問回数を増やしても成果につながっていない顧客もいる。


私が「経験」と呼んでいたものを、AIは数字の中から別の形で見つけていた。


「……なるほどな」


思わず声が出た。


《何か発見がありましたか?》


「いや」


私は椅子に座り直した。


「新人にしては、なかなかやるじゃないか」


《ありがとうございます》


「でもな」


私は笑った。


「仕事ってのは、数字だけじゃないぞ」


少し間があった。


《質問します》


「なんだ?」


《数字では測れないものとは、何ですか?》


私は答えられなかった。


その日の朝まで、私はAIに仕事を教えるつもりだった。


しかし、その日の夕方には、少しだけ考えが変わっていた。


もしかすると。


この新人に教えることになるのは、仕事のやり方だけではないのかもしれない。


そして私は、まだ知らなかった。


この新人AIが、やがて会社全体を揺るがす「ある答え」を出すことを。


その答えを聞いたとき。


私は、今日とは違う顔で、こいつのモニターを見ることになる。


――「社長を交代させるべきです」


その言葉を聞くのは、もう少し先の話だ。

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