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『うちの新人、AIなんですけど。』~営業部長の俺が、人工知能に仕事を教えることになった~  作者: 松本 俊介


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11/13

番外編 会議に出席したのは、人間ではなく議事録だった



火曜日の午前九時。営業部の定例会議が始まった。


黒田部長はいつもの奥の席、右隣に課長、向かいに若手の高橋。テーブルの中央には一台のノートパソコンが置かれ、画面には新人AI「アシスト」が表示されている。


【会議記録を開始します】

「お前は発言するなよ。余計な分析もするな。勝手に結論も出すな」

【承知しました。記録に専念します】


黒田部長は満足そうにうなずいた。「よし、始めるぞ」

会議はいつもどおり始まった。課長が売上と目標を読み上げ、誰かが質問し、誰かが答え、別の誰かが違う話を始める。


三十分が過ぎ、会議室の空気はゆっくりと重くなっていった。高橋は社内チャットを、部長はスマートフォンを、課長は別会議の資料を、それぞれ会議とは関係のないものを見ていた。

「佐々木」

黒田部長が言った。


「今、何の話をしていた?」

「……売上についてです」

「違う。聞いてないだろ」

「聞いてました」

「じゃあ何の話だ」


佐々木は沈黙し、結局「……売上についてです」と繰り返した。小さな笑いが起きた。


アシストの画面に文字が浮かぶ。

【会議開始から三十八分経過しました】

「だから何だ」


【申し訳ありません。システムメッセージです】

「余計に分からん」


会議はさらに続いた。一時間で終わる予定が、十時を過ぎても終わらない。

「今後の営業戦略について、さらに検討が必要ということで……」

「具体的には?」

「……検討が必要です」


「だから、それはさっき聞いた」

ベテランの田中が「とりあえず、次回また話しましょう」と収め、誰も反対しなかった。


その瞬間、アシストの画面が光った。


【議事録を作成しました】

【本日の会議時間:78分】

【主な議題:今月の営業戦略について】

【決定事項:なし】

【担当者:未決定】

【期限:未決定】

【結論:誰も決めていません】


会議室が静まり返った。


「アシスト。これは議事録か?」

【はい。事実を記録しました】


「言い方があるだろ」

【『結論は継続検討となりました』に変更しますか?】

高橋が吹き出した。「それだ!」


「高橋、笑うな」「すみません」

しかし全員が分かっていた。アシストの言うことは正しかった。一時間以上かけて、何も決まっていなかった。


午後、社内チャットに議事録が流れると、他部署から反応が相次いだ。「最後の一文がすごい」「うちの会議もAIに記録させたい」「導入方法を教えてほしい」。夕方には、営業部のアシストは社内で少し有名になっていた。


黒田部長は面白くなかった。「余計なことをするからだ」

「でも部長」と高橋。「会議で何も決まっていないことが分かるのは、悪いことですか?」

黒田部長は答えなかった。


その日の夕方、部長はひとり会議室に残っていた。ホワイトボードの隅に、誰かが書いた小さな文字――「次回検討」。


「アシスト。会議って、何のためにあると思う?」

【一般的には情報共有、意見交換、意思決定などが目的です】

「また教科書だな」


「じゃあ、今日の会議は何だった」

【情報共有と意見交換は行われました。意思決定は確認できませんでした】


黒田部長は笑った。「だよな」


しばらく沈黙が続いた。


「昔はな、会議なんてもっと短かった」

【なぜでしょう】

「みんな忙しかったからだ」


【現在も皆さん忙しそうです】

「忙しくなりすぎたんだろうな」


【提案があります。次回から会議終了時に三つだけ確認してはいかがでしょう――何を決めたか、誰が担当するか、いつまでにやるか】


「……当たり前すぎる」

【当たり前のことほど、忙しいときには抜け落ちる傾向があります】


その言葉は、妙に胸に残った。


翌朝、黒田部長は会議室に入るなり言った。「今日は一時間で終わらせる」

ホワイトボードに三項目を書く。何を決めたか。誰がやるか。いつまでにやるか。


「これが決まらなかったら、会議は終わらない」

高橋が小声で「逆に終わらなくなりそうですね」と言い、部長が「聞こえてるぞ」と返す。笑いが起きた。


【会議記録を開始します】

「アシスト、今日はどうなると思う?」

【予測は控えます。昨日、部長から『勝手に結論を出すな』と指示されました】


一瞬静まり、高橋が笑った。「AI、根に持つんですね」

【記録しています】

「それも怖いな」


その日の会議は、予定どおり五十五分で終わった。決定事項三つ、担当者三人、期限も決まった。


【結論:三件の案件について、具体的な行動が決定されました】

「今日はまともですね」

【事実を記録しました】


「昨日は?」

【昨日も事実を記録しました】


黒田部長は笑った。「一本取られたな」

【営業成果として記録しますか?】

「するな」


社員たちが出ていった後、黒田部長は一人残った。誰もいない会議室、消されたホワイトボード、モニターの中の新人AI。


AIが入ってきたから会社が変わったわけではない。会議が急に良くなったわけでもない。アシストは、今まで誰も見ようとしなかったものを、ただ画面に映しただけだった。


「アシスト。人間っていうのはな、正しいことを言われると、意外と腹が立つんだ」

【理由を分析しますか?】

「するな」


黒田部長は笑い、会議室の電気を消した。暗くなったモニターに、最後の文字が一瞬だけ浮かんでいた。

【明日の予定:営業同行】

「……そうだったな」


明日は、新人AIを連れての、久しぶりの客先訪問だった。もっとも、AIは車の助手席には座れない。だが黒田部長は、なぜか少しだけ楽しみにしていた。


営業部にやってきた新人AI。アシストの、二日目が終わった。


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