第23話 一一二〇年に十一だった面が、一一二五年には十二になっておりました
八日、紙束と向き合った。
台帳の写しは八十枚を超えている。日付順に並べ替え、家ごとに分け、それから面の数だけを別の紙に書き出した。
紙を広げる前に、布を敷いた。石は一つも置かないのに、そうしないと始まらない。父がそうしていたからだ。
証石院の公開名簿には、面の数と代替わりの年しか載らない。台帳には、それに加えて「誰がいつ削ったか」がある。二つを突き合わせれば、面が動いた瞬間が見える。
ヴァレー伯爵家。一一二〇年、十。一一二五年、九。当主交代の記載なし。
ラングレ子爵家。一一二一年、八。一一二五年、七。交代なし。
ボワイエ男爵家。一一一九年、六。一一二五年、五。交代なし。
三つとも、減っている。
減った家は分かった。
増えた家が分からない。
面が増えるのは当たり前だ。当主が代わればそうなる。だから名簿を眺めても、不自然かどうかは判断できない。二百を超える家の三百年ぶんを、代替わりの年と一つずつ突き合わせるしかない。
だが今回は、条件が絞れる。
一一二四年の十月に工房を通った石で、一一二五年に記載が更新されている家。
ヴィオラは写しを繰った。
該当する家は、十一あった。
一つずつ潰していく。代替わりの年が一致する家は外す。婚礼や相続で石を触った家も、理由が説明できる動きも、すべて外していく。
三日で、十一が四つになった。
四つのうち三つは、面が減った家だ。ヴァレー、ラングレ、ボワイエ。
残る一つの頁を開いたところで、繰る指が止まった。
その家の頁は、他より短かった。
依頼が少ない。四年に一度あるかないか。古い家ほど石を触らないから、それ自体は珍しくない。
ドルセー侯爵家。
一一二〇年、記載更新。面数、十一。
一一二五年、記載更新。面数、十二。
ヴィオラは紙を光にかざした。窓の外は雪明かりで、白い。
その五年のあいだに、当主交代の記載がない。
台帳の受け渡し欄を見る。
一一二四年十月——記載なし。
十一月に、一件。「ドルセー侯爵家、家石、返却」とだけある。
預かった記録がないのに、返却の記録だけがある。
十月の頁は破られている。破られたのは工房の綴りだけではなかった。台帳の側には、預かりの記録が最初から書かれていないのだ。
書かなければ、破る必要もない。
「先生」
声が思ったより低く出た。
「ドルセー侯爵家の面は、いくつでございましょう」
マチルドは薪を割る手を止めた。
「十二だろう。継承の話に名前が出るからね」
「一一二〇年には、十一でした」
斧が、薪割り台の上で止まったままになった。
「あんた、それをどこで見た」
「宝物監府の台帳の写しでございます」
「写しでも本物でも同じことだ」老女は斧を置いた。「ヴィオラ。それは、あんたが数えていい数じゃないよ」
「なぜでございますか」
「継承に関わる家の面を数えるのはね、証石院と王家だけの仕事だ。職人が数えたら、それだけで咎めがある」
雪の落ちる音が、屋根の上でした。
「もう、数えてしまいました」
ラウルが来たのは、その二日後である。
雪が締まって歩きやすくなったのだと、彼は言った。日付から言わなかったのは、これが初めてだ。歩きやすいと言うのに、外套の裾は膝まで濡れている。
「継承の資格条件を、お教えください」
ヴィオラは挨拶より先にそう言った。
ラウルは外套も脱がずに答えた。
「王位継承の請求権は、家石の面が十二以上の家に限られます。十二未満の家は、傍系としての請求ができません」
「十一では」
「できません」
窓の外で、屋根の雪が滑る音がした。
「ドルセー侯爵家は、一一二〇年に十一面でした」
ラウルの手が、外套の留め金の上で止まった。
「一一二五年に十二です。そのあいだに、当主は代わっておりません」
「……確かめます」
「お確かめになるまでもございません」
「写しに書いてございます。デスタン様がお写しになったものです」
彼は紙束を受け取り、その場で繰り始めた。立ったまま、外套を着たまま、指で頁を送っていく。
止まった。
しばらく、動かなかった。
「私は、これを写しました」
「はい」
「写しながら、気づきませんでした」
ラウルの声は低くなっていた。
「一行ずつ写して、書体まで真似て、八日かけて。それでも気づかなかった」
「気づかせないように、離してあるからです」
ヴィオラは自分の紙を差し出した。面の数だけを抜き出した一枚だ。
「台帳では、面数の記載と受け渡しの記録が別の欄にございます。年も違う。一一二〇年と一一二五年で、頁が二十枚離れております」
離してあるものは、並べなければ見えない。
面を落としたことが、一つずつ数えていては分からないのと同じだった。稜線の間隔は、隣と比べて初めて広いと分かる。単独では、ただの面だ。
この仕掛けを考えた者は、石の見え方を知っている。
ヴィオラは湯呑みを両手で包んだ。中身は、とうに冷めていた。
その夜、囲炉裏の火を三人で囲んだ。
マチルドが湯を注ぎ、誰も口をつけなかった。
「四つの家から一面ずつ落として、その厚みで一面を足した」ヴィオラは指を折った。「足された先が、ドルセー侯爵家でございます」
「四家のうち、三家までは分かっている」ラウルが言った。「四家目は」
「デュラン家の婚約石かと。婚約石は両家の石から小片を切り出して作ります。逆に、婚約石から材を戻すこともできます」
「戻せますか」
「できます。ただし、戻した石はもう婚約石ではございません」
「返納簿を当たります。デュラン家の若夫人は三年前に亡くなっている。返納されていれば証石院に、されていなければ催告の記録が残るはずです」
「催告が三度行って返らなければ、家の格が一つ下がります」
「では、下がった家を探せばよろしいのですね」
ヴィオラは頷きかけて、やめた。
「下がっていない場合もございます。返納したことにして、別の石を納めていれば」
薪が崩れた。
「一つ、腑に落ちません」ヴィオラは続けた。「面を一つ増やしたところで、それは詐欺でございます。露見すれば家格を失う。三百年の家が、なぜそこまで」
ラウルが顔を上げた。
「十一から十二に増えれば、王位継承の請求権が生じます」
部屋が静かになった。
「一一二〇年に十一だった家が、いま十二だと申告している」ラウルは続けた。「証石院はそれを認めている。認めた以上、請求権は生じています」
「取り消せますか」
「現物の面が十一だと証明できれば」
「面は十二ございます」
「ですから、十二番目が後から刻まれたものだと示すしかありません」
「これは詐欺ではありません」
彼は紙束を膝に置いた。
「国の継承を、削って作ったということです」
ヴィオラは自分の手を見た。
その一面を刻んだのは、十六の秋の、自分の手だった。
半晩の仕事だった。蝋燭が三本。既にある稜線に沿わせて、新しい角度を決めた。落とすより早いと思って、少し安心したことまで覚えている。
あの安心が、いま、国の継承にぶら下がっている。
ヴィオラは指を組んだ。組んだ指が、思ったより冷たかった。




