第12話 宝物監は台帳に、「不一致」と書き入れました
一一二八年十一月十七日。
ラウル・デスタンは羽根を削り、その日付を頁の左上に記した。日付から書く。師にそう教わった。何を書くにしても、まず日付を書け、と。
書き終えてから、昨日の分の記録を読み返した。
一一二八年十一月十六日。定例照合、ラングレ子爵家。台帳との一致を確認。
一致。この二文字を書けた日は、気分がいい。もっとも、それを誰かに言ったことはない。言う相手がいなかった。石が合っていたと喜ぶ役人の話など、酒の席では続かないだろう。
台帳庫は宝物監府の北の端にあり、窓が高い。冬は日が低いので、光は棚の中段までしか届かない。上段の箱を見るには梯子と手燭が要る。手燭は火が近いので嫌いだった。紙のそばで火を使うのは、正確さの反対だと思う。一度焦がせば、その頁は永久に読めない。百年前、この国はそれで二十年争った。
三年前、この部屋の鍵を受け取ったとき、ラウルは二十二だった。
異例だと言われた。実際そうだろう。前任のベルナール・フォンテーヌ監が一一二四年の十二月に急死し、後任が決まらないまま年を越して、一一二五年の一月に副監の座が回ってきた。師には子がなく、弟子はラウル一人だった。
台帳庫の棚には、この国で家石に触れることを許された者の手が、すべて収まっている。生きている者が二百十四名。返上した者が三十九名。死んだ者の箱も、五十年は残す。
ラウルは全員の癖を覚えていた。覚えようとしたのではなく、三年見ていれば覚える。
その師が最後に言ったことを、ラウルはよく覚えている。
――台帳が合わないときはな、ラウル。まず現物を疑うな。人を疑え。
意味を聞き返す前に、師は死んだ。心の臓だったと聞いている。
午前に、二人の女が訪ねてきた。
ヴァレー伯爵令嬢クレールと、ヴィオラ・ルサージュ。伯爵家の名で照合の申請が出ていたので、面会は正規の手続きに乗っている。
応接に通し、ラウルは石を受け取った。手袋の側面で挟んで持ち上げる。
「窓際をお借りします」
誰にともなく断って、光の下へ運んだ。
肩の部分。割れ口を面に見せかけてある。稜線の間隔が、その一箇所だけ広い。数えれば九つ。名簿の記載と一致する。
ここまでは、証石院の仕事だ。数を数え、名簿と突き合わせる。それだけなら書記でもできる。
ラウルの仕事は、この先にある。
誰の手が、この面を作ったか。
「一一二四年九月十二日、ガルニエ工房が当該家石を一晩預かった記録が証石院にあります。ただし工房側の記録は『該当なし』との回答」
「ええ、兄がそう聞きました」クレールが言った。
「工房の記録に該当がないのなら、この石は工房を通っていないことになります」
ラウルは石を布の上に置いた。
ヴィオラ・ルサージュが敷いた布だ。彼女は石を扱う前に必ず布を敷く。前回の照合のときもそうしていた。奇妙な癖だと思ったが、皮脂を避けるという点では合理的でもある。記録に残す種類のことではないので、書いていない。
「しかし、面には削り跡があります」
「では、記録が誤っているということ?」
「誤っているのではありません。ないのです」
ラウルは自分の言葉を訂正した。
「誤りは直せます。ないものは直せません。まず、ないという事実を記録します」
「それで、うちの面は戻るの」
「戻りません」
ラウルは自分の答えが短すぎたことに気づいて、続けた。
「削った面は戻りません。石は、削れば戻らない。戻るのは記録だけです。記録が戻れば、面が九つになった理由が残ります。理由が残れば、代替わりの審査で争えます」
クレールが息を吐いた。
「争えるのね」
「争えます。今のままでは、争う材料がありません」
クレールが眉を寄せた。ヴィオラ・ルサージュは何も言わなかった。彼女はこちらを見ておらず、布の上の石を見ていた。
「デスタン様」
彼女が口を開いた。
「その削り跡について、台帳に何とお書きになりますか」
「台帳の記載は、ガルニエ工房。認可研磨師オーギュスト・ガルニエとセルジュ・ガルニエ。この二名の見本片と、面の癖は一致しません」
「では」
「不一致、と書きます」
「それを書くと、どうなりますか」
「証石院から工房へ照会が出ます。工房が答え、答えが合わなければ二度目が出ます」
「三度目は」
「現物の再検分が命じられます」
彼女の指が、膝の上でわずかに動いた。組んだ指の関節が、白くなっていた。
ラウルはその手を見た。爪が短い。指の腹の右寄りだけが硬く盛り上がっている。砥石を握る者の手だ。
一一二六年三月の照合のとき、同じ手を見た。あのときは名前を知らなかった。
午後、台帳庫に戻って、ラウルは筆を執った。
ヴァレー伯爵家の欄。日付。照合結果。不一致。
書き入れながら、頭の一部が別のことを数えていた。
不一致と書けば、証石院はガルニエ工房に照会を出す。照会を受けた工房は、記録の写し違いだと答えるだろう。二度目の照会が出る。三度目で、証石院は現物の再検分を命じる。
その過程のどこかで、必ず問われる。
では、誰が削ったのか。
答えは、あの部屋にいた。応接の椅子には座らず、壁際に立って、布の上の石だけを見ていた。
台帳のどこにも登録のない癖。左肩から入り、時計回り。四番を飛ばすことがある。稜線の手前で仕上げを残す。三年で四十七件の不一致のうち、十七件が同じ手だった。
無認可の者が家石に触れれば、流刑だ。
ラウルは筆を置いた。
筆を置いて、しばらく頁を見ていた。
書かないという選択がある。書かなければ、誰も問われない。台帳は今日も一致していることになる。
だが、それは正確ではない。
贋物が混じっていることも、実際に削った者の名がないことも、この頁においては同じ一つの不正確だ。片方だけ直せば、もう片方が残る。両方直さなければ、台帳は正確にならない。
両方直すには、彼女の名を台帳に入れるしかない。
入れるには、認可が要る。
認可には、工房主の推挙が要る。
推挙する工房主は、この不一致を作った当人だ。
ラウルは指で頁の端を揃えた。揃っていた頁を、もう一度揃えた。
道がない。
もう一つ、書いていないことがある。
索引を繰っていて、ルサージュという姓を先週も見た。古い綴りのほうだ。同じ姓は珍しくないので気に留めなかったが、この国の認可研磨師の総数を考えれば、珍しくないというほど多くもない。
道がないという事実も、記録すべきだろうか。
結局、彼は「不一致」の三文字だけを残して、綴りを閉じた。私は私の職務をした。そう自分に言い聞かせながら閉じたことに、閉じてから気づいた。
翌朝、机の上に書簡が一通置かれていた。
封蝋に、見覚えのある紋。
ドルセー侯爵家の使いが、開庁前に置いていったという。受け取った守衛は、名も告げずに去ったと言った。
ラウルは封を切らずに、まず日付を確かめた。
一一二八年十一月十八日。昨日、彼が「不一致」と書いた翌日だった。




