軽さ
いつからだっただろう、と俺は思った。
関谷と最初に言葉を交わしたのは、高校一年の春だった。
入学してすぐのホームルームで、席替えも何もない最初の座席配置——そこで俺の隣に座っていたのが、関谷だった。
最初に話しかけてきたのは関谷の方だ。
「よろしくな」でも「どこ中?」でもなく、窓の外を見ながら
「この学校、購買のパン高くない?」
と言ってきた。
思わず笑った記憶がある。
話しやすい奴だと思った。
どんな場にも自然に溶け込んで、誰とでも適度な距離で付き合える。
クラスに馴染むのに時間がかかるタイプの俺にとって、関谷みたいな人間は正直ありがたかった。
ただ——どこかに、ずっと引っかかっていたものがあった。
言葉の端々にある、微妙な軽さ。
誰かの話を聞くときの、ほんの少しだけ上滑りするような相槌。
友達、という関係性そのものをどこか消耗品のように扱っているような、うまく言語化できない違和感。
でもそれは、高校生活の中ではあくまで些細なことでしかなかった。
関谷は十分に話せる友人だったし、俺もそれ以上を求めていなかった。
あの軽さの正体を、俺がはっきりと理解したのは——今日、この瞬間だった。
その後、クラスの空気はゆっくりと、元の慌ただしさを取り戻していった。
だが完全には戻りきれないまま、どこかぎこちない沈黙が漂い続けていた。
木村と関谷のやり取りが、全員の頭の中にまだ薄く残っているのだ。
誰かが何かを言いかけて、でも言葉を飲み込む。
そういう空気。
それを壊したのは、郁美だった。
「……みんな、ごめんね。こんな時に、ごたごたさせちゃって」
静かな、でも教室の隅まで届く声で、郁美はそう言った。
胸の前で台本を抱きしめ、申し訳なさそうに眉を寄せて、それでも真っ直ぐにクラス全体を見渡す。
「かなえちゃんのこともつらいけど——みんなで作ってきた劇だもん。
絶対に、いいものにしようね」
一拍の間があった。
「……そうだな」
「うん、頑張ろう」
誰かがそう言うと、それを合図にしたように教室の空気が動き出した。
さっきまでの緊張が嘘みたいに霧散して、衣装の確認をする声、小道具の場所を確かめる声、台本のページを繰る音が、控室に戻ってくる。
郁美はその様子を見届けてから、ふっと一瞬関谷に目配せをした。
いや、勘違いかもしれないが、s句なくとも俺にはそう見えた。
嫌な予感を感じつつも、俺は廊下の壁に背を預けたまま、薄く息を吐いた。
ぎこちなかった空気を一言で塗り替えて、全員の目線を「頑張ろう」という方向へ向け直す。
郁美がその気になれば、場の空気を操ることなど造作もない。




