放課後
その日の放課後。
文化祭前日の準備がすべて終わり、おおかたの生徒たちはすでに帰っており、誰もいなくなった昇降口。
俺は郁美と腕を組んで、家路につこうとしていた。
「あ……」
不意に、前を歩いていた郁美が足を止める。
視線の先、下駄箱の前には、保健室での手当てを終えたらしい桜の姿があった。
腕と脚に痛々しい白い包帯を巻き、どこか虚ろな表情で自分の下駄箱を開けようとしている。
だが、怪我のせいで力が入らないのか、持っていた重い通学鞄が手から滑り落ちた。
ドサッ、と鈍い音が夕暮れの昇降口に響く。
「あ、桜ちゃん。大丈夫?」
郁美が、俺の腕にしがみついたまま、わざとらしく心配そうな声をあげた。
「怪我、痛そうだね……。でも、関谷くんがずっと保健室で付き添ってくれてたんでしょ? 優しい人がいてくれて、本当に良かったね」
桜は床に落ちた鞄を拾おうと屈みかけたまま、動きを止めた。
そして郁美の言葉を完全に無視して、縋るような、血の滲むような視線を俺に向けてきた。
「……達也」
絞り出すような、震える声だった。
「ねえ、さっき……パネルが倒れた時、なんで助けてくれなかったの?
私が怪我したのに、どうして……郁美しか見てなかったの……?
達也も…..もしかして…….変わっちゃったの…….?」
俺の『完全な無関心』。
その原因が、獄門にあるのではないかと信じようとしている。
俺を問い詰める大きな瞳には、すでに涙がいっぱいに溜まっていた。
(……助けられるわけがないだろ。お前を助けたら、今までの努力が全部水の泡になっちまう……!)
心の中で血の涙を流しながら、俺は必死に表情筋を殺した。
ここで桜に手を差し伸べれば、郁美の呪いが再び強まって、俺が耐え忍んできたこれまでの努力がすべて無駄になる。
郁美の幸福度を頂点まで持っていくために、俺は、今ここで世界一冷酷な男を演じきらなければならない。
俺は、床に散らばった桜の荷物を拾おうともせず、冷たい声で言い放った。
「……自業自得だろ。お前が郁美にやったことを考えればな」
「え……?」
「それに、お前が近づくと郁美が怯えるんだ。
これ以上、俺たちに関わらないでくれ」
ピシッ、と。
桜の中で、何かが決定的に壊れる音がした。
心のどこかで絶対に味方でいてくれると信じていた俺からの、心も尊厳も踏みにじるような拒絶。
張り詰めていた限界の糸がプツンと切れ、桜の目から大粒の涙がボロボロと溢れ落ちた。
「っ……私の事嫌いなら、そういえばいいでしょう!!」




