パネル
ここで桜を庇えば、今までの努力が水の泡になってしまう。
俺の味方は、あの日の放課後にすべてを察してくれた後輩の和政だけだ。
俺は桜と廊下ですれ違っても、わざと冷たく視線を逸らし続けた。
通り過ぎる桜の、泣き出しそうな、すべてを諦めたような横顔を見るたびに、胸が引き裂かれそうになる。
(あと少しだ……あと少しで、全部上手くいく……)
ケンさんの言った通り、郁美の幸福が最高潮に達する瞬間は、もうすぐそこまで来ているはずだ。
あいつの幸せが最高潮に達したその一瞬に、この花を仕掛ける。
それだけが、今の俺の唯一の希望だった。
そして迎えた、文化祭の前日。
校内は明日の本番を控えて、お祭り騒ぎの一歩手前の、独特な熱気と焦燥感に包まれていた。
どのクラスも最後の仕上げに追われてピリピリしている。
郁美のクラスの出し物は、教室全体を使った大がかりな演劇だった。
劇で使う背景用の巨大な木製パネルや、重い大道具の設置作業が急ピッチで進められていた。
「達也くん、ちょっと荷物運ぶの付き合って?」
放課後、資材置き場から教室へ戻る廊下。
俺は郁美と並んで歩いていた。
当然のように、郁美の左手は俺の右腕に絡みついている。
その時、前方の多目的室から、ひと際大きなベニヤ板のパネルを運ぼうとしている桜の姿が見えた。
男子が二人係で運ぶような、自立させるだけでも精一杯の重い大道具。
誰も桜を手伝おうとはせず、彼女は一人でそれを抱え、ふらつく足取りで俺たちのいる廊下へと出てきた。
パネルの陰に隠れて、桜は俺たちに気づいていない。
「あ、桜ちゃんだ。大変そうだね」
郁美が小さく呟く。
その声のトーンに、ゾクリと背筋が凍った。
俺の腕を掴む郁美の手に、不自然な力がこもる。
すれ違いざまだった。
桜が重いパネルを必死に支えながら、俺たちの真横を通り過ぎようとしたその瞬間。
郁美は、俺の腕を解放すると同時に、まるでバランスを崩してよろめいたかのような、極めて自然な動作で桜の足元へと潜り込んだ。
そして、周囲の誰の目にも触れない角度から、桜が抱える巨大な木製パネルの底へ向けて、下からグッと、上に向けて突き上げたのだ。
「あっ——!?」
桜の短い悲鳴。
不意に下から衝撃を受けたパネルは、桜の手を離れ、不気味な音を立てて大きく傾いた。
——ガシャーン!!!
鼓膜を突き刺すような、激しい破壊音が廊下に響き渡った。
自重を支えきれなくなった巨大な木製パネルが、床に叩きつけられて無残に真っ二つに割れる。
その衝撃で、桜はバランスを崩して激しく床に転倒した。
飛び散ったベニヤ板の鋭い破片が、桜の剥き出しの脚や腕をかすめ、白い肌に赤い筋が浮かび上がる。




