呪いについて③
だから、一之宮の彼女を利用して脅すこともできた。
クラスメイトたちを空気ごと操り、桜を孤立させ、自傷すら厭わず盤面を整える。
そこに罪悪感はない。
チェスの駒を動かすみたいに、ただ目的のために最適な手を選んでいるだけだ。
俺たちの推測を聞いていたケンさんが、焚き火の灰を弄りながら、低く掠れた声で呟いた。
「……彼岸花じゃ……」
「……え?」
「彼岸花に触れさせれば……、呪いが眠る……」
その言葉に、俺と和政は息を呑んだ。
郁美を止める方法。
それが、初めて示された瞬間だった。
「本当か!? ケンさん!」
俺は思わず身を乗り出した。
「……しかし、それだけではダメじゃ……。呪いそのものが、一番弱まる瞬間にしか……効かん……」
「弱まる瞬間って、いつなんだ!?」
間髪入れずに問いかけると、ケンさんは焚き火の残り火をぼんやり見つめたまま、掠れた声で答えた。
「……呪いが、“願いを叶えた”瞬間じゃ……」
「願いを叶えた瞬間……」
俺はその言葉を頭の中で繰り返す。
――郁美の願いが、叶う時。
つまり。
俺が桜との繋がりを完全に断ち、郁美にとって“理想の家族”として振る舞い続け、心から満たされたと思い込んだ瞬間。
文化祭。
キャンプファイヤー。
あの異常なまでの執着の先にある、“願いの完成”。
そこが、唯一のチャンス――。
「……そういうことか」
俺は拳を握り締めた。
文化祭の準備期間中、俺が徹底して“完璧な彼氏”を演じる。
郁美を安心させ、満足させ、疑念を抱かせないようにする。
そして、キャンプファイヤーで一緒に踊る。
その瞬間に彼岸花を触れさせれば、呪いが弱まり、本来の郁美に戻せるかもしれない。
「ケンさん、ありがとうございます! やるべきことが分かりました!」
勢いよく立ち上がった、その時だった。
隣にいた和政が、スマホの画面を見て顔色を変える。
「っ……達也くん、やばい! あと10分で帰りの電車に間に合わなくなる!」
「まじか!? 和政、行くぞ!」
俺たちは慌てて荷物を掴み、ケンさんに軽く頭を下げると、そのまま河川敷を駆け出した。
夜風が頬を叩く。
暗い土手道を、俺たちは全力で駅へ向かって走った。
その背後で。
「……あぁ……まだ……注意点が……あったんじゃがのう……」
ケンさんの掠れた呟きが、小さく夜に溶けていく。
けれど、その声が俺たちに届くことはなかった。
ハァ、ハァ、と激しく上下する呼吸を必死に整えながら、俺は家のドアを開けた。
時計の針は、19:59を指している。
……間に合った。
「あ、達也くん! お帰りなさい!」
奥のキッチンから、トントンと小気味よい包丁の音と共に、エプロン姿の郁美がパタパタと走ってきた。
包帯の巻かれた手を器用に使って、彼女はいつも通りの、天使のような満面の笑みで俺を迎える。




