呪いについて①
「お、いつぞやの兄ちゃんたちじゃないかい!」
顔はほんのり赤い。
どうやら酒が入っているらしい。
「あ、こんばんは」
俺たちは軽く会釈を返す。
世間話をしている余裕はなかった。
俺はすぐ、本題を切り出す。
「あの……前に話を聞いた、ケンさんっていますか?」
「あー! ケンさんかい!」
おっちゃんは「あいつかあ」と言わんばかりに笑う。
「ケンさんなら、こっちだよ! ついてきな!」
そう言って、ふらふらしながら歩き出した。
酒が入って機嫌がいいのか、以前みたいに金をせびってくる様子はない。
どちらにせよ、今はありがたかった。
俺と和政は顔を見合わせ、小さく頷く。
そして、街灯の届かない薄暗い河川敷の奥へと足を進めていった。
すると、河川敷のさらに奥。
雑草の陰に隠れるようにして、段ボールとブルーシートで囲まれた小さなテントがあった。
お世辞にも綺麗とは言えない。
いや――
“人が住む場所”というより、外界から身を隠すためだけに作られた巣穴のようだった。
その前に、ケンさんはいた。
以前と変わらない姿勢。
背中を丸め、膝を抱え込み、まるで世界そのものから身を守ろうとしている亀みたいに、小さく縮こまっている。
「やあ! ケンさん!」
陽気なおっさんが、酒臭い声で笑いかけた。
「またお客人だよ!」
ケンさんはゆっくりと顔を上げる。
濁った瞳だけが、こちらへ向いた。
そして――
その目が俺を捉えた瞬間。
わずかに、細められる。
まるで、“察した”みたいに。
「あの……!」
俺は思わず一歩前へ出た。
「ケンさん! 前に、獄門の話を聞きに来た者です!」
「……」
「お願いします。教えてください」
自分でも驚くくらい必死な声だった。
「単刀直入に聞きます。前に言ってた、“獄門の呪い”って、一体何なんですか?」
沈黙。
遠くで、川の流れる音だけが聞こえる。
やがて――
ケンさんの口が、ゆっくり動いた。
「……行ったんじゃな」
低く、掠れた声。
地面を這うみたいに暗い声音だった。
「あの……門に……」
「……っ」
俺が息を呑む。
ケンさんは力なく首を振ると、足元の焚き火の跡を、枯れ枝でカリカリと弄り始めた。
「……呪いは……一方通行じゃ……」
「一方通行……?」
「……門は、人間の……一番強い願いを……歪んだ形で叶える……」
和政が、ごくりと唾を飲み込む。
ケンさんは虚ろな目のまま続けた。
「……そして……二番目に強い願いを……裏返す……」
「……裏返す?」
和政が困惑したように呟く。
ケンさんは膝を抱えたまま、虚空を見るような目で続けた。
「それが……獄門の……勝者への呪いじゃ……」
「……」
「もう戻らん……もう戻らんのじゃ……」
それ以上は、まるで壊れたレコードみたいに、同じ言葉をぼそぼそと繰り返すだけだった。
河川敷を吹き抜ける夜風が、やけに冷たい。




