ケンさんの元へ
ガタン、ゴトン――
一定のリズムで揺れる電車の中。
俺たちは周囲の乗客から少し離れた車両の隅に立ちながら、小さな声で話していた。
俺は和政に、ここ最近起きた異常な出来事をすべて打ち明ける。
一之宮が郁美に脅されたこと。
クラス全体が、少しずつ郁美の空気に飲まれていっていること。
そして――
桜が、クラスで完全に孤立させられていること。
「……そうだったんだ……」
話を聞き終えた和政は、いつもの柔らかい表情を曇らせた。
「様子がおかしいなーとは思ってたけど……そこまでやばかったんだね」
「ああ……」
窓ガラスに映る自分の顔が、やけに疲れて見える。
「でも俺……桜も郁美も、どっちも大事な友達だからさ……」
その言葉を口にすると、胸の奥がずしりと重くなる。
助けたい。
なのに、何一つうまくいかない。
「……当然、和政。お前もだよ」
「え?」
「お前も、本当に俺にとって大事な存在だ。だから……」
俺は少し照れ臭さを感じながらも、正直な気持ちを口にした。
「このどうしようもなかった状況で、今日来てくれて、本当に救われた。マジでありがとう」
すると和政は、一瞬ぽかんとしたあと――
「えへへ」
照れ隠しみたいに笑った。
「連絡返ってこなかったから、“なんか絶対あるなー”とは思ってたんだよね!」
ニシシ、とでも効果音が付きそうな笑顔。
その顔を見て、少しだけ肩の力が抜けた。
本当に、かわいい後輩だと思う。
和政とは、水泳がきっかけで知り合った。
地獄みたいな練習を一緒に乗り越えて、気づけば自然と一緒にいる時間が増えていた。
海に行ったり。
遊園地に行ったり。
温泉に行ったり。
ゲーセンで馬鹿騒ぎしたり。
そういう何気ない時間を積み重ねるうちに、和政は“ただの後輩”じゃなくなっていた。
俺にとって、数少ない――
気兼ねなく本音を話せる存在。
「じゃあ余計に」
和政は小さく拳を握る。
「郁美ちゃんの今の状態、どうにかしなきゃだね」
「ああ……あと20時には絶対間に合うようにしよう!」
電車がゆっくり減速する。
まもなく、聖蹟桜ヶ丘。
俺たちは顔を見合わせ、小さく頷いた。
そして再び――
あの河川敷にいる、“ケンさん”の元へ走って向かった。
時刻は、すでに19時を回っていた。
空は群青色へと沈み始め、河川敷には夜特有のひんやりとした風が吹いている。
そんなに時間は残されていない。
俺と和政は、足早に例の河川敷へ向かった。
すると――
「あれ? おーい!」
以前話しかけてきた、あの陽気なホームレスのおっちゃんがこちらに気づき、大きく手を振ってきた。




