脅迫
郁美が包帯を巻かれた手をゆっくりと持ち上げて、俺の方へ向けた。
「達也くん」
静かな声だった。
「私のこと、疑ってるんだね」
「……」
郁美は続けた。
「……ねえ」
「達也くんって、桜ちゃんのこと」
一拍。
「そんなに大事なの?」
窓の外の声が、また遠くなった気がした。
郁美の目が、じっとこちらを見ている。
ハイライトのない、深いところから見ている。
「私より…..?」
それだけだった。
怒っていなかった。
責めてもいなかった。
ただ、確認するように。
先生が棚を閉める音がした。
「じゃあ、今日は安静にしててね」
振り返った先生に、郁美はすぐに「ありがとうございます」と微笑んだ。
保健室から出て、しばらく二人で歩いていく。
郁美は自分の定位置かのように俺の右手に絡みついて、離さない。
「……そんなんじゃない」
やっとの思いで、俺は声を絞り出した。
「ただ……あいつが、やってないことでクラスから孤立してるのが……」
「そっか」
郁美は、ふわりと笑った。
「達也くんは、優しいもんね」
包帯の巻かれた白い手が、ゆっくりと伸びてきて、俺の頬に触れた。
「それなら、達也くん。もう桜ちゃんには近づかない方がいいよ。
今回の件だって、多分みーんな、桜ちゃんが悪いと思ってる。
餌を見つけた魚みたいに。寄ってたかって…フフフ……バカみたい….
私もね、桜ちゃんとは仲良しでいたいの。
これは本心。
でももし達也くんが下手にかばったりしたら、今度は桜ちゃん、もっーっと酷いことになっちゃうかも」
背筋に、氷を無理やりねじ込まれたみたいな悪寒が走った。
――明確な脅迫。
「……」
喉が乾く。
思考が重く沈んでいく。
すると、隣を歩いていた郁美が、ぱっといつもの調子に戻ったように笑った。
「あ、ごめん! 達也くん、ちょっとお花摘みに行ってくるね!」
「……ああ」
「一緒に……くる……?」
上目遣いで小首を傾げる郁美。
「い、いや……大丈夫」
「えへへ、そっか!」
郁美は嬉しそうに笑うと、俺の腕からするりと離れた。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
そう言い残し、軽い足取りでトイレへ向かっていく。
その背中を見送りながら、俺は力なく息を吐いた。
――もう、桜とは会えなんじゃないのか。
そんな考えが、本気で頭をよぎってしまう。
俺が桜と関われば関わるほど、郁美は桜を追い詰めるだろう。
これ以上刺激したら、次は何をされるかわからない。
「……どうしたらいいんだよ……」
思わず漏れた声は、自分でも驚くほど弱々しかった。




