演劇主役
「……っ」
心臓が、嫌な音を立てる。
「それからだよ。
クラスの女子が一斉に
宮野をハブり始めたの」
背筋に、
じわりと冷たい汗が流れた。
――間違いない。
郁美だ。
桜がクラスで孤立するよう、
仕向けたんだ。
「元々さ、
宮野って可愛いし目立つだろ?」
木村は小声で続ける。
「だから、前から一部の女子には
反感持たれてたっぽいんだよ。
今回ので、
それが一気に爆発した感じ」
「……」
「俺たちも、
女子のその空気感……?みたいなのに
逆らえなくてさ……」
「今じゃ、
“悲劇のヒロインぶってる自作自演女”
みたいな扱いだよ。
誰もまともに口きいてない」
胸の奥が、重く沈んでいく。
桜は、
そんな奴じゃないのに。
「……っ」
拳を握る。
爪が食い込むくらい
力を入れているのに、
それでも怒りが収まらない。
「それでさ……」
木村はさらに言いづらそうに頭を掻いた。
「今度の文化祭、
うちのクラス演劇やるんだけど……」
「演劇?」
「ああ……」
「さ、桜はどうなる?」
「出れるわけないだろ」
木村は苦い顔のまま続けた。
「役が与えられないのは当然で、
宮野、今、
大道具作りから
衣装の買い出しまで、
裏方の雑用ほとんど一人で
押し付けられてるんだよ」
「……」
「誰も手伝わねえし、
女子連中も
“責任取るってそういうことでしょ?”
みたいな空気になっててさ」
胸の奥が、ぎり、と痛む。
あの桜が、
そんな扱いを受けている。
「……ちなみに主役は
誰だと思う?」
「誰……?」
木村は、
まるで当然のことみたいに、
その名前を口にした。
「松野だよ。
松野郁美」
「……っ」
「元々可愛かったってのもあるけど、
最近のあいつ、
なんか雰囲気変わったじゃん?
めちゃくちゃ積極的になったし……」
木村は少し、
言葉を探すように視線を泳がせた。
「……なんていうか、
“凄み”があるっていうか」
「だから、
ほぼ満場一致で主役に決まったんだよ」
スポットライトを浴びて笑う郁美と、
暗がりで一人、
重い荷物を背負わされる桜。
そんな未来が、
容易に想像できた。
「……そうか」
俺は乾いた声で呟いた。
「教えてくれて、サンキュー」
「おう」
木村は少し気まずそうに頷く。
「お前も、
あんまりとばっちり食らわねえように
気をつけろよ」
そう言い残し、
木村は教室へ戻っていった。
俺は、
その背中をぼんやり見送る。
そして――
力が抜けたように、
冷たい廊下の壁へ背中を預けた。
「……っ」
どうしたらいいんだ。
郁美は、
もうクラスの空気すら支配し始めている。
このままだと、
桜が心配だ。
どうにか郁美を止める必要がある。
けど、
方法が思いつかない。
いっそのこと、
泣きつくか。
桜をハブるのは
やめてくれって。
でも、そうしたら郁美は、
金輪際、
桜と話さないことを条件に
出してくるかもしれない。
そんな条件を、
飲むことはできない。
どっちにしても今は、
桜をハブろうとしている郁美を
止めないと。




