昨日のこと②
「『何してるの?』って、
普通に笑いかけられてさ……。
俺、咄嗟にメモを隠そうとしたんだけど……
バレた」
そこで一之宮の呼吸が、
わずかに浅くなる。
昨日の出来事を思い出しているのか、
その顔色はさらに悪くなっていた。
「そしたら急に、あいつ……
こんなこと言い出したんだ」
一之宮は、
郁美の口調を思い出すように小さく呟く。
「――“そういえば、
一之宮くんの彼女の吉澤かなえちゃん。
六時間目の工作で怪我してたよ”って」
「……っ!」
思わず息を呑む。
「俺、頭真っ白になってさ。
“かなえは今どこにいるんだ!?”って
聞いたんだよ。
そしたら郁美ちゃん、
“保健室で治療受けてるよ”って……」
一之宮は拳をぎゅっと握り締めた。
「それ聞いて、俺、
慌てて保健室に向かおうとしたんだ。
あいつの横を通り過ぎて――」
そこで、一之宮の声が止まる。
まるで、
その瞬間を思い出すだけで
背筋が凍るみたいに。
「……すれ違った瞬間だった」
「?」
「手から、パッて……
メモを取られたんだ」
「……!」
「俺、全然気づけなかった。
気づいた時には、
もうあいつの手の中にあって……」
一之宮は青ざめた顔のまま続ける。
「郁美ちゃん、
メモ見ながら笑ってたよ。
“へぇ……達也くんからの伝言なんだ”って」
教室のざわめきが、
妙に遠く感じる。
「俺が動揺して立ち止まったらさ……」
一之宮は、
無意識に肩を縮めた。
「耳元で、こう囁かれたんだ」
その瞬間、
一之宮の声がかすれる。
「――“これ以上、
私と達也くんの仲を邪魔するなら、
今回の怪我だけじゃ
済まないかもね”って……」
「……そうだった……のか」
思わず、乾いた声が漏れた。
つまり郁美は――
次に俺が助けを求める相手が、
一之宮だということまで読んでいたのか。
その上で、
一之宮の“弱点”を事前に把握し、
最も効果的なタイミングで、
それを脅しとして突きつけた。
あまりに出来すぎたシナリオだ。
「かなえの怪我は……幸い、
大したことなかった」
一之宮は俯いたまま言う。
「でも……もし次、
俺がお前を助けようとしたら……」
真剣な目つきで続ける。
「今度は、
かなえがどうなるかわからない。
……あいつの目、本気だった」
「一之宮……」
俺が何か言おうとすると、
一之宮は耐えきれなくなったように
言葉を被せた。
「本当にごめん……!」
握り締めた拳が、
小刻みに震えている。
「俺、かなえを
守らなきゃいけないから……っ!」
そして一之宮は、
それ以上会話を続けることを拒むように、
逃げるように視線を前へ向けた。




