【4】落ち延びる光秀
6月10日 勝龍寺城にて 明智光秀
細川藤孝はまったく動こうとしない。他のほとんどの城主たちも同じだ。
筒井順慶は一時、私に呼応する構えを見せたが、結局 態度を翻してしまった。
唯一、私が呼びかけたわけでもない安藤守就が、美濃で兵を挙げた。だが、すでに織田家を追われた身では、集められた兵は僅かだろう。
謀叛というやり方が非道なのは百も承知だが、藤孝や順慶は分かってくれると思っていた。いや、たとえ分からなくとも、決行してしまえば来てくれるはずだと、根拠もなく思い込んでいた。
謀叛の計画を事前に打ち明けるのは、危険が大きすぎて できはしない。万一にも情報が漏れれば終わりなのだ。しかし…本当に来てくれると信じていたなら、決行前に打ち明けることもできたはずだ。今にして思えば、私は独りよがりの願望で行動しただけで、彼らを信頼しきれてはいなかったのだ。
そんな私が見放されるのは、必然ではないか。
信長の首を取れなかったせいで、私に呼応するのを躊躇した者もいたのだろう。信長に反感を持っていた者や、ただ成り上がりたいだけの者でも、受け入れるつもりだった。だが、もういくら呼びかけても、応じる者は皆無だろう。時間が経てば経つほど、人の心は現状の維持に傾くものだ。
兵も少しずつ去って行く。しかし今の私は、それを止める言葉さえ持っていない。
6月11日 岡崎城にて 徳川家康
出兵するのをやめる…のをやめて、やっぱり京に向けて出兵するぞ。だが戦はしない。戦うふりだけだ。
明智殿に付くやつが少なすぎて、秀吉や丹羽長秀の大軍とは勝負にならない。残念だが、明智殿の計画はもう潰えた。俺と織田家の同盟は一応継続しているから、織田信長の同盟者として、明智光秀を討つという名目で出兵し、密かに明智殿を保護する。
明智殿は、信長を討ったまでは良かったが、その後がダメだったよ。首は取れず、味方も増えなかった。俺が明智殿だったら、たとえ偽物でもいいから、信長の首を取ったってことにしちゃうけどね。
一番の誤算は、秀吉が動くのが早過ぎたことだ。しかも備中から京へ戻りながら、信長は生きているなどの虚言を流し、明智殿に付きそうな城主には、硬軟織り交ぜた説得の手紙を送ってもいる。そういう策略では、正直な明智殿より秀吉のほうが一枚上手だったよ。
まあ反省会は後で良い。俺が躊躇したせいで、時間がない。急げ。明智殿を死なせるな。
6月12日 高槻城にて 丹羽長秀
今朝、秀吉が先頭の隊を率いて合流してきた。まさか、高松城を包囲していた秀吉が、こんなにも早く軍を返してくるとは思っていなかった。
できれば、勝家に先に帰って来て欲しかった。だから勝家に先に情報を送ったのだが、無駄だったか。だが勝家が遅いのではなく、秀吉が早過ぎるのだ。もともと失うものがないせいか、あの男は賭けに近いことを平然とやってのける。
秀吉が率いてきた兵より私の兵のほうが圧倒的に多いのだが、あの男と共に戦えば、手柄を独り占めされかねない。
ここは、万全を期して光秀の軍に当たるために、あえて秀吉の到着を待っていてやったのだと強調するぞ。間違っても、私が秀吉の下に付くのではない。これは、あくまでも共闘だ。
6月13日 山崎の戦場 明智光秀
想定より遙かに兵数の差が大きい。家康殿の軍がここにいたとしても、勝てはしなかっただろう。
これで次は、あの猿が信長の真似事をするのだろう。あそこにいる丹羽長秀が、猿に丸め込まれる未来が見えるようだ。せめて、ここに先に現れたのが柴田勝家だったならば、まだ良かった。実に無念だ。
しかし、信長から一つだけ学ばせてもらった。負けは負けだが私の首を猿には渡さない。撤退の合図を出せ。勝龍寺城に籠城などできない。秀満が守る坂本城を目指してひたすら逃げろ。みんな生き延びてくれ。
6月13日深夜 尾張某所にて 徳川家康
明智殿、よくここまで落ち延びて来られたね。配下たちと共に、坂本城に逃げたほうが安全だったと思うけど、とにかく無事に会えて良かったよ。ああ でも公式には、明智殿は山崎から逃げる途中で、落ち武者狩りに殺されたってことにするよ。あまり力になれなくて申し訳なかったけど、俺の事情も分かってよ。
ちょっと残念ではあるけど、今回は多分 俺や明智殿の番じゃなかったってことなんだよ。これで次は、あの猿に……明智殿が猿、猿って言うから俺にも移っちゃったよ。あの猿に、運が巡って行ったんだよ。だから、ちょっと調子に乗るだろうけど、どこかで躓くはずだ。
きっと天下なんて、俺にはまだ荷が重いんだよ。でも明智殿が俺に知恵を貸してくれるなら、そのうち、またチャンスがあるよ。とにかく明智殿が言う「魔王」は討った。猿が次の魔王に成長するとしても、最低でも何年かはかかるよ。ひとまず猿にやらせておいて、逆転のチャンスを待つんだ。時が来たら、俺にも運ってやつが味方してくれるだろう。それまでは地道に行く方が、俺には合ってるんだ。明智殿も多分そうだよ。天下のことを考えるのは、その後のことなんだよ。
さて、「明智光秀 敗死の報せを受け、徳川家康は早々に三河に帰還した」とでも記録させておこうか。
それと…これからは明智殿って呼ぶのはまずいね。謎の軍師っぽい名前、考えておいてよ。
地獄の門前にて 織田信長
やっぱり光秀は、運を使い切っていたな。それでも死にはしなかったのは、家康のせいか。俺が、あの二人が手を組むきっかけを作り、しかも殺されたわけだから、俺も最後は運に見放されていたんだろうな。
あの謎の運が次に憑いたのは、猿だったようだ。なんか予想通りでつまんねえけどな。今だから分かるけど、あの得体の知れない運は、最後には取り憑いた奴を滅ぼすんだ。
あの強運に助けられたことも多いから、別に恨んじゃいねえけどな。だから猿も、これから少しは良い思いをするよ。でも、それはずっと続くもんじゃない。せいぜい運に弄ばれて足掻けよ、猿。
そんで俺は、地獄の最下層行きらしい。武将とか大名とかは、死んだら必ずそこに堕ちるんだってよ。そりゃあ、殺し合い、奪い合い、騙し合って生きていたけどよ。そんなに悪いことだったのか?
平和な時代の文化や規則に照らせば、確かに俺たちは極悪人だろうがな。だが俺たちは、俺たちの時代のやり方で生きてただけで、一律に悪人のレッテルを貼られるのは心外だ。
まあ、どうせ言っても無駄だろうし、別に地獄の最下層でも何でも良いけどよ。猿も来たら、また俺の家来にしてやるよ。地獄にでも、きっと探せば桶狭間みたいなもんがあるよ。鬼の大将首でも取って、今度は地獄に布武してやろうか。運なんかに頼らずにな。
目障りな家康や光秀が来る前にやってやるぜ。
なんか俺、死んだのに悔しくも悲しくもないぞ。人間五十年じゃなかったんだな。要はいつでもどこでも、大事なのは気の持ちようだってことなんだろうな。
これから忙しくなるぞ。じゃあな。




