【5】約束
6月15日 岡崎城にて 徳川家康と明智光秀
「うちの家臣たち、どこに行っても、うるさくて暑苦しいって言われるんだ。特に(酒井)忠次がね、すぐにエビすくい、エビすくいって踊り出すんだ。すると他のやつらも大合唱してさ。時々 鬱陶しくなるんだよ。
今は忠次の提案で、明智殿の歓迎会を開こうとしてやがったんだ。そんなことしたら、明智殿がここにいるってバレるだろって言ったら、全部バラして織田家と全面対決しようとか言ってたよ。信長に暗殺されそうになったのが、相当 気に入らないみたいだよ。ああ、明智殿のせいじゃないからね。
あいつら、ほぼ全員 体育会系なんだよね。頭より先に体を使いたがるんだ。体育会系は暗殺とか謀略が嫌いなんだよ。頭が良いやつもたくさんいるのにね。あの気質だけは、一生変わらないらしいよ。こういうときに客観的でいられるのは、(石川)数正くらいなもんだよ。まあ、あいつらのおかげで、俺はここまで生き抜いてこられたんだけどね。
そんで、あいつらがうるさいのもあって、明智殿とじっくり話す時間がなかなか なかったからさ。改めて話をさせてほしかったんだ」
「分かりました。私も、詳しく話さなければならないと思っていました」
「そもそも明智殿は、なんで信長を討つと決めたの?」
「信長は前々から、愚劣で横暴なのが許せなかったのですが、はっきり討つと決めたのは、あの者が、この国を滅ぼすと分かったからですよ」
「滅ぼすって、どうやって?」
「この国の覇者になれば信長は、海外へ侵攻しようとしていたのです。そんなことをしたら、この国は遠からず滅ぶでしょう」
「それは確かに、とんでもないことだね。とてもじゃないけど、俺にはそんな発想はないよ。この国すら収まっていないのにね。でも、確かにとんでもないけど、海外へ侵攻すると、本当にこの国は滅びるの?」
「滅びます。ただ海外侵攻だけなら、もしかすると滅亡だけは免れるかも知れません。しかし信長には、もう一つ やろうとしていたことがあります。その二つとも実行させれば、確実にこの国は滅んでいたでしょう」
「その、もう一つっていうのは何?」
「自分で二つと言っておいて申し訳ないのですが、それは家康殿にも明かせません」
「…簡単には、口に出せないようなことなんだね」
「そうです。家康殿ならば、察しが付くかも知れませんが…」
「まあ…ね。でもそこは、あえて聞かないし言わないほうが良さそうだね。で、その信長がやろうとしていたことを、明智殿はどうして知ったの?」
「信長本人から聞かされたからです」
「ああ。信長なら、言ったら本当にやるよね」
「そうです。時々気まぐれで、突拍子もないことを言うこともありましたが」
「あったね。ああいうの、なんて答えれば良いんだか、いつも迷うんだ」
「私は完全無視することにしていました。そのせいで、よく信長の機嫌を損ねましたよ」
「妙にガキっぽいところがあったからね」
「しかし、その国を滅ぼす計画を口にしたときは、完全に本気でした。矛盾するようですが、私は織田信長の最も忠実な僕でもありましたからね。信長の意図を酌み取ろうと必死でした」
「ああ、確かに明智殿は忠臣だったと思う。信長の、気まぐれと本気の見分け方はあったの?」
「信長が本気で良からぬことを企んでいるときは、必ず一切の動きが止まるのです」
「へえ、それは知らなかったよ。体のどこかが、常に忙しなく動いているのにね」
「考えが極めて不吉なときには、話していながら、呼吸すら止まっているかのようでした」
「腹話術師みたいだ」
「それは適切な例えです。しかしあれは、単に唇が動かないだけではありませんでした。信長の声を借りた、別の何かと話しているかのようだったのです」
「じゃあ、信長が俺に見せていたのは、何でもないような話をするときの姿だけだったのかな」
「そうなのでしょう。家康殿ならば、あれを見て何も感じないはずがありませんから。今こうして話していると、あれは本当に、信長の中にもう一つの何かが宿っていたのだとさえ思えてきまます」
「いや多分、俺には何も感じられなかったんだ。その、もう一つの何かを感じ取れたのは、明智殿だけなんだと思うよ。そして、それができた明智殿にも、また違う何かが宿っている…そう考えると、色々と合点できる。例えば…あの信長を明智殿は、いとも簡単に討った」
「いとも簡単に…」
「そうだよ。あの慎重な信長がなぜか無防備に近く、さらに明智殿が兵を動かせる状況だった。討つのは簡単だったじゃないか」
「確かに、そうですね」
「気づいていなかった?」
「迂闊にも、気づいていませんでした。私は、自分の失策にばかり目を向けていたのだと思います。しかし、もし私にも何かが宿っていたとしても、それを活かすことはできませんでした」
「まだ今は、そうかも知れない。でも、国を滅ぼすはずの男を討ったんだから、明智殿のやったことには大きな意味がある」
「いえ残念ながら、信長を討っても、次は猿が同じことをしようとするでしょう。少なくとも海外への侵攻だけは、あの猿もやると思っています。それに私は信長を討ってから、やることが悉く裏目に出てしまうようになりました。もう猿とは、まともに太刀打ちできないでしょう」
「………」
「私は戦に敗れて死んでいたとしても、私を殺すのが猿以外の者だったなら、それでも良かったのです。しかし私は、選りによって猿に敗れてしまいました。家康殿のおかげで首は渡さずに済みましたが、あれで猿が信長の後釜に座るのは決定的でしょう。だから私は、部下を多く死なせてまで、無駄なことをしてしまったのです」
「そんなことないよ。でも、そこまで考えているなら、今度は、猿を殺してでも止めれば良いんだよ。俺も信長の勢力を引き継ぐのは猿だと思うよ。信長の息子なんかじゃとても無理だからね。まあ俺にはまだ、猿が海外へ侵攻するなんて、現実味が感じられないけどね。ただ、ポルトガルの人の話を聞く限り、海外侵攻なんてやっちゃダメなのは、俺でも分かるよ。確かに海外には、魅力的なものがたくさんあるけどね。でもまずは、小さくてもまとまりがあって、生産力があって、平和な国を作るのが一番良いんだ」
「………」
「あれ、そうじゃない?」
「いえ、家康殿の言う通りです」
「そうだよね。じゃあ明智殿もあの猿を止めて、そういう国を作るために、俺に知恵を貸してくれるよね」
「それは、できません」
「…うん。そう言われそうな気はしてたよ。でも、なんで?」
「私では、家康殿のお役に立てないからですよ。それどころか、足を引っ張る可能性のほうが高い。もう私には何も残っていないんです。気力も運もね。一人の兵ほどの働きもできない私は、いないほうが良いのです」
「なるほどね。じゃあ明智殿の気持ちを尊重するよ。明智殿のおかげで境から無事に帰っても来られたし、感謝してるよ。でも、これからどうするつもりなの?」
「故郷に帰ります。詳しい場所までは、家康殿にも教えることはできませんが、私の故郷は美濃です。しかし私も、できることなら家康殿にお仕えしたかった。それで相談なのですが、可能であれば、私の代わりに息子を使っては頂けませんか?」
「息子?明智殿の?この前の戦で、死んだって聞いてたよ」
「死んだことにしてありますが、実は生きています。今の私よりは、家康殿のお役に立つと思います。治水と築城をよく学ばせてありますし、幸い才能もあるようです。家康殿の下で経験を積めば、他のことにも能力を見せるかもしれません」
「分かった。いつ会わせてくれる?」
「私が去った後 、密かに家康殿に会いに行かせます。名は捨てさせますので、どこかの廃れた寺の僧だった、というようにでも してやってください」
「もし、俺が信長みたいになったら、その息子が俺を討つのかな」
「それならそれでも良いのですが、息子は兵の指揮の経験がなく、武術も致命的なほど下手です。とても家康殿を討つなんて無理ですよ。そもそも家康殿が、信長のようになれるとは思えませんよ」
「そうだね」
「猿が信長の真似事をしようとしたとき、それを止められる者が、猿の側にもいてほしいと思います。唯一、その可能性があるとすれば黒田でしょうが、何年も先の話までは分かりませんね」
「黒田?」
「秀吉の腹心で頭が切れる男です」
「黒田ね、覚えておくよ。ところで、明智殿も名前を捨てたほうが良いよ」
「はい、明智光秀の名は今日までです。これからは、息子の身代わりに死んでくれた恩人の名から、一字をもらい受け、荒深小五郎と名乗ります」
「俺が明智殿の息子の力も借りて、信長の真似事じゃない良い国を作れた時には、美濃の荒深小五郎を探してもいいか」
「もちろんです。待っていますよ」
「その時には、今日教えてくれなかった、この国を滅ぼす、もう一つのことを教えてもらうよ」
「はい。約束します」
このストーリーの原形が、こちらのYouTube動画です。
前編
https://youtu.be/NNs7rODn5Hs
後編
https://youtu.be/Xy-GW2HEEm4




