表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本能寺の変 ~もしも当事者が 現代語で本音を語ったら~  作者: スグル【戦国時代好きの40代】


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/5

【2】決行前夜

 5月17日 安土城にて 織田信長


 光秀は坂本城に帰って行ったようだな。急に家康の接待役から外すことになったが、やむを得ない。家康には毛利攻めの援軍を率い備中に行くと言っておいた。ちょっと不自然ではあるが、自分を討つための出兵だとは思わなかったはずだ。あと数日は安土に引き留めて、その後、京と境の見物を勧めてやれば良いだけだ。毛利の仕業に見せかけるには、港町の境でやるのがベストだ。


 しかし、生真面目な光秀には辛い仕事をやらせ過ぎているかな。あいつが一番使えるから、つい頼ってしまう。 猿には品がないし、(丹羽)長秀はマニュアル人間だし、(柴田)勝家はイノシシだしよ。


 光秀は、この仕事さえ上手くやってくれたら、あいつの得意な朝廷との取次ぎ役に専念させてやろう。だがもし しくじったじったら、光秀は接待役を解かれてプライドが傷つき、家康を逆恨みした挙げ句、独りで暴走してやったみたいなことにすれば、ちょっと 苦しいけど誤魔化せると思うんだ。


 だから光秀、俺のためにも自分のためにも、絶対にしくじるなよ。



 5月17日 安土城にて 徳川家康


 俺の接待役は、明智殿から丹羽長秀殿に急に交代なんだってさ。明智殿は備中への出兵の準備のために、坂本城に帰ったようだ。昨日、料理の数や種類がどうのって揉めてたけど、まさか、あんなどうでも良いことが原因じゃないよな。


 でも、近江から備中まで、明智殿を向かわせる必要はないのに、なんか変だ。信長自身も後から行くって言ってるし、だったらもっと近くにいる他の家臣を行かせておけば十分だろう。戦上手な家臣なら、他にもたくさんいるんだからね。


 明智殿は戦も上手いが、それ以上に政事に向いた方なのは明白だ。信長がそんなこと分からないはずはないのにな。やっぱり、どこか反りが合ってないのかな。まあ俺には関係ない話だ。明日には帰るしね。



 5月17日 安土城にて 丹羽長秀


 家康を安土に留まらせ接待を続けよとは、信長様はどうされたのだろうか。三日ももてなしたのだから、もう十分であろう。毛利との戦に赴かれるのであれば、尚さら、これ以上接待などしている場合ではない。


 光秀の接待の任を解き、秀吉の援軍に行かせるのも唐突過ぎる。 それに光秀は有能だが、秀吉とは仲が悪い。信長様も行くのなら、光秀まで行かせずとも良いのではないか。何か腑に落ちないが、とにかく家康を引き留めておかなければな。



 5月17日 安土城にて 穴山梅雪


 ああ、本当に信長って嫌なやつだ。家康は丁重にしてるけど、俺はおまけって感じがヒシヒシと 伝わってくるよ。それに俺は海雪じゃねえよ、梅雪だ。何度間違えば気が済むんだ。わざとか?



 5月17日 夜 安土城近くの宿所にて 徳川家康


 ああ疲れた。接待って、される方も疲れるよね。(酒井)忠次、明日は帰るからね。えっ丹羽長秀殿が来てる?何かな?


 はあ、明日も一席設けてくださるのですか。それはありがたいですが、領内をあまり長く空けるのもアレなもので…。信長殿が是非にとおっしゃるのですか。いえいえ嫌なわけではありませんよ。絶対に、嫌ではありません。では、お言葉に甘えて、明日もよろしく お願いします。



 5月19日 坂本城にて 明智光秀


 (明智)秀満と(斎藤)利三にだけは、この出兵の真の目的を話しておこう。あいつらなら私の判断が間違いではないと理解してくれるはずだ。他の者たちには直前まで、秀吉の援軍に向かうためと伝えておこう。本当は信長を討つための出兵だなどとは、ごく少数の胸の裡に留めておくべきだ。


 そして家康殿は、信長に命を狙われていたことを知れば、私に力を貸してくれるのではないか。もしそれでも協力を拒むようであれば、家康殿も討つしかない。いや家康殿には、何が何でも私に協力して頂く必要がある。私だけでは信長を討つことはできても、この国を泰平に導くことまでは不可能だからな。



 5月22日 京の町にて 徳川家康


 なんでこうなったんだっけ。確かに京は華やかで活気があって、俺も駿府をこんな町にしたいとは思うけどさ。今回はここまで来るはずじゃなかったよな。


 一昨日までは安土にいて、やっと帰れると思ったら、今度は信長に京や境も見物していけと、やたら強引に勧められて、この長谷川秀一殿という、真面目そうな案内役を押し付けられたんだ。


 それにしても信長は、三月には武田を滅ぼして五月は俺と遊んでたかと思ったら、今日からは毛利との戦の準備をしてるってさ。すごいバイタリティ。とても敵わないね。信長が着々と天下取りを進めてるときに、俺は家臣たちを連れて、京・境旅行なんてしてる場合じゃないんだけどな。でも信長の勧めって断りにくいんだ。まったくありがた迷惑だよ。



 5月26日 坂本城にて 明智光秀


 秀満と利三はやはり、私の考えを理解してくれた。軍備も整った。出兵する。


 今回の信長の京での宿所は本能寺だ。信長が到着するまで、こちらもゆっくり丹波の亀山城まで進む。信長は、私が家康殿を討つと思い込んでいる。だから備中の毛利攻めに急行しなくても、疑われることはない。信長は自分の愚かな策のせいで、あの世に行くのだ。


 家康殿の居場所も常に分かるようにしてある。家康殿には私自身が会いに行くつもりだ。



 5月29日 境の町にて 徳川家康 *当時の暦では5月29日の次の日は6月1日


 初めて来たけど、境はすごく栄えてるね。さすがはヨーロッパの貿易船が来る港町だよ。でも俺ならここを、商人たちの自治都市のままにしてもっと繁栄させるけどね。そして俺に貴重な物資を優先的に譲ってもらうんだ。それがWin-Winの関係ってやつだよ……という感じで呑気に境見物を満喫しているように装っているんだけど、実は三日前、俺は自分が有り得ないミスをしていたことに気づいてしまったんだ。延々と続いた接待のせいで、ちょっとボケていたのかも知れない。


 信長がなんで俺に京や境の見物なんて勧めるんだよ。接待の予定の三日間をオーバーして、さらに案内役まで付けて京や境まで見物していけなんて、ただの厚意でやるわけがない。信長と俺はいつか敵対するって、お互いに分かっていたじゃないか。そして信長は、毛利との決戦の機を掴んだんだ。ならば今が、俺を切る絶好のタイミングだ。そんなときに、家臣たちまで引き連れてノコノコと敵地深くに入って来てるなんて、俺は大バカだ。この案内役の長谷川殿は監視役でもあるんだ。


 かなりの危機的状況だが、完全に仕組まれてるなら、もう逃げるのも無理だ。そんでね、さあどうしようと思って(石川)数正に相談したら、そんなことはとっくに気づいていて、俺を護るために皆付いて来てるんだって、怒られたよ。一般人に紛れて兵も配置してくれているらしい。俺にもちゃんと、明智殿に勝るとも劣らない家臣がいてくれたみたいだ。泣きそうになったよ。


 今日の境の宿所では丹羽殿が待っていて、また接待してくれることになっているらしい。今ごろ働き出した俺の勘では、そこで命を狙われるんだ。でも俺は死ぬ気はないし、家臣を死なせる気もない。必ずこの窮地を脱してみせる。


 梅雪のことは知らんけど。



 5月29日 境の宿所にて 丹羽長秀


 信長様は境で必ず家康を接待せよと言われた。最低でも二泊はさせ、陽が落ちてからは宿所から出すなとも言われた。何か謀略があるのは間違いない。とにかく、命令通りにしておくのが最善だ。私は信長様のイエスマンだと陰口を叩かれているのは知っているが、それで信長様の不興を買わず、この地位を得たのだから、何を言われても構いはしない。



 6月1日 亀山城にて 明智光秀


 信長は昨夜、本能寺に入ったようだ。ついに決行の時だ。兵たちには、信長様の密命で家康を討つと伝えろ。逡巡させるな。


 いよいよ明日、本能寺で魔王 織田信長を討つ。



 6月1日 境の宿所にて 丹羽長秀


 光秀からの急使によると、今夜 家康をここで始末する計画だという。毛利の刺客の仕業に見せかけるため、 宿所には断りを入れず押し入る。物見を抜かりなく配置し、軍の接近に気づき次第、退避してほしいとのことだ。光秀には承知したと伝えておけ。



 6月1日夜 境の宿所にて 徳川家康


 やっぱり今日だね、間違いない。丹羽殿は分かりやすいよ。緊張が顔に出る。酒は、飲んでるふりをしておこう。襲撃を切り抜けて三河まで帰り着けるかどうかは賭けだけど、今までも死ぬかと思ったことは多々あるし、案内役の長谷川殿から帰りの道順もそれとなく聞き出したしね。今度もきっと、なんとかなるよ。



 6月1日夜 進軍中 沓掛にて 明智光秀


 ここで軍を二つに分ける。半分は秀満の指揮で本能寺へ向かえ。私はもう半分を率いて境に向かう。明日の朝、本能寺付近で合流する。



 6月1日夜 境の宿所にて 徳川家康


 ほらね、来たよ。旗印を挙げてないから誰の指揮か分からないけど、兵の数は多いね。数正が忍ばせたうちの兵の十倍はいるよ。あっという間に包囲されちゃった。丹羽長秀はもう逃げたみたいだ。どうせ人質にしても無駄だっただろうから、もうどうでも良いけどね。


 さあ小さく密集して、包囲を突破するぞ。


 あれ?誰か一騎で近づいて来るよ。今さら降伏でも勧める気か。


 えっ…明智殿?明智殿だったのか。毛攻めに向かうなんて変だと思っていたら、そういうことか。手が込んだことをするね。でも、こんな手強い人を寄越したってことは、確実に俺をやる気なんだろうね。これはダメかも。

 


 6月1日深夜 本能寺へ進軍中 明智光秀


 やはり家康殿と話せて良かった。思い描いた通りの展開に持ち込めそうだ。明日の夜明け前までに秀満たちと合流して、確実に信長を討つ。



 6月1日深夜 伊賀山中にて 徳川家康


 ほらやっぱり、なんとかなったよ。これはダメかもなんて、俺は言ってないよ。


 明智殿は俺を討てっていう命令を利用して、逆に信長を討つ計画を立てていたのか。俺をその計画に引きずり込むために、自ら兵を半分率いて俺のところに来た。


 本音を言うと、そんな危ない計画には乗りたくないんだけど、あの状況で交渉されたら、こっちは断れないよね。本当に頭が切れるよ。まあ、命を救われたのは事実だから仕方がない。それに、信長を討ちたいのは俺も明智殿と同じだし、あの人を嫌いでもないからね。危険ではあるが協力してやるよ。


 急ぎ三河に戻り京に出兵するぞ。どさくさに紛れて梅雪は置き去りにしろ。明智殿の手勢が討ってくれることになったんだ。あいつと信長がいなくなったら、甲斐も簡単に俺のものにできるからね。


 今回の件の最大の被害者は梅雪かもね。まあ、途中ではぐれちゃっただけで、俺は関係なかったってことにしておこう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
味方の10倍の数の兵の中を、飄々としながら突破しようとする家康と家臣団、かなり優秀ですよね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ