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処暑のさんま

処暑のさんま


背中にべったり張り付いた綿のよれよれした黄緑色の半袖シャツを指でつまんで浮かせると、胸のあたりにこもった汗の熱気が鼻先へ抜けて、なんともいえないやるせない気持ちになった。六畳間の居間では、首振り機能が壊れてカタカタと異音を立てる扇風機が、角の欠けたちゃぶ台の上に置かれた冷めた味噌汁の表面をかすかに揺らしている。お盆を過ぎて八月も下旬の処暑になったというのに、網戸の向こうからはジリジリと油を熱したような蝉の声がまだしつこく響いていて、今年買ったばかりの麦わら帽子の縁がもう茶色くほつれているのを見つめながら、いつまでこのだるい西日に耐えればいいのだろうとため息をついた。


「おい、その味噌汁、朝の残りだろ。腐っちまう前に片付けちまえよ」


向かいの座布団にあぐらをかいた叔父は、何回も洗濯して膝が白く抜けたデニムの半ズボンの裾をぽりぽりと掻きながら、爪に挟まった糸くずを息で吹き飛ばした。居間の隅には、表紙がめくれて手垢のついた古い料理雑誌と、電気代の領収書が輪ゴムで雑に束ねられたまま埃をかぶって積まれており、外からは夕立を予感させる生温かい湿った風がカーテンの裾を膨らませて入ってくる。小学生の夏休みの終わり、宿題の絵日記を最後の三日間で全部でっち上げたときに嗅いだ、あの湿気た墨汁と蚊取り線香の入り混じった嫌なにおいが急に頭をよぎり、私は首の後ろに手をやって硬くなった筋肉をぐりぐりと揉みほぐした。


「まだすっぱくなってないよ。それより夕飯どうするの、さっきスーパーでさんまが並んでたけど、高くて手が出なかったよ」


私はちゃぶ台の縁にこびりついた茶渋の跡を爪の先でカリカリと削り落としながら、台所の流しに置き去りにされたプラスチックの洗い桶に目を向けた。桶の中には、昼に食べた素麺のつゆを入れたガラスの小鉢が浸かっていて、底に沈んだネギの切れ端がふやけて白っぽく濁った水の中を漂っている。叔父が若い頃に築地の市場で威勢よく働いていたという話を昔から何度も聞かされているけれど、今目の前で無精髭を撫でている姿からはそんな活気は微塵も感じられず、私は手持ち無沙汰に足の親指と人差し指を擦り合わせた。


「初物は脂が乗ってねえから急いで食うもんじゃねえよ。処暑を過ぎて、朝晩の風がもっとひんやりしてきてからで十分だ」


叔父は鼻の頭に浮かんだ丸い汗の玉を、首に巻いた色あせた手ぬぐいで乱暴に拭い、畳に手をついてよっこいしょと立ち上がった。台所へと続く敷居には、誰かが昔こぼした醤油の黒いシミが楕円形に残っていて、その横の壁には近所の八百屋の電話番号が油性ペンで直接走り書きされている。叔父の履いている薄手のゴム草履がペタペタと板の間を叩く音を聞きながら、私は去年みんなで食べたあの甘酸っぱい巨峰の皮が、紫色の汁を指先いっぱいに染めたことを思い出して、乾いた喉が急に唾液を欲しがるのを感じていた。


「でも、季節の変わり目にはちゃんと旬のものを食べないと、夏バテが長引くってお向かいのおばあちゃんが言ってたよ」


私はちゃぶ台の上の味噌汁の椀を両手で持ち上げ、台所の流しへ運んでから、蛇口をひねってジャーッと強めに水を流し込んだ。換気扇の羽には黒ずんだ油汚れが分厚くこびりついていて、スイッチを入れるとガラガラと低い音を立てながら、隣の家から漂ってくる焼き魚の香ばしい煙をわずかに吸い込んでいく。外の空気が少しだけ青みを帯びて、遠くの電柱のてっぺんに赤とんぼが二、三匹止まっているのが曇ったガラス窓越しに見え、季節は確実に進んでいるのだと妙に納得しながら、冷蔵庫の野菜室から新聞紙に包まれたキュウリを取り出した。


「おばあちゃんの知恵袋もいいが、今夜は冷蔵庫の残りのナスとピーマンを味噌で炒めりゃいい。それと、仏壇にお供えしてあるあのでかいぶどう、もう食い頃だぞ」


叔父は仏壇の前に置かれた盆飾りの横から、紫色の粒がみっちり詰まった房を指先で一粒だけもぎ取り、皮ごと口の中に放り込んで満足そうに奥歯を鳴らした。外の通りからは、地蔵盆の提灯を吊るす近所の人たちの笑い声と竹ぼうきで小石を掃くサラサラとした乾いた音が混ざり合って、夕暮れの部屋の中に静かに流れ込んでくる。私は塩の入れ物のフタをパチリと開けながら、明日にはこの蒸し暑さも少しはおさまるだろうかと、薄暗くなってきた空の端っこを眺めて小さく息をついた。


「仏様のを勝手につまみ食いしたら怒られるよ。手を洗ってから、キュウリの皮むくの手伝ってよ」


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