15.学園祭Ⅱ
教室を出たリリアは、そのまま廊下を歩きながら近くにある他のクラスの様子を見て回ることにしたのだった。
文化祭というだけあって、普段なら授業を受けるためだけに使われている教室も今日は随分と雰囲気が違っている。廊下には色とりどりの装飾が施されていて、教室の前にはそれぞれの出し物を紹介する看板が並んでいた。
簡単な小物を並べているクラスもあれば、簡単な劇を披露しているところもある。中には趣向を凝らした展示を行っているクラスもあり、同じ学園の中でも随分と違うものだと、リリアは興味深そうに足を止めて眺めていた。
普段ならば、こうして校内を自由に歩いて回る機会はそれほど多くない。何処へ行っても普段とは違う光景が広がっていることが少し楽しくて、リリアは時折足を止めながらゆっくりと廊下を進んでいった。
「ナイーゼ公爵令嬢」
ふと名前を呼ばれて振り返ると、見覚えのある貴族の夫人が声を掛けてきていた。
「お久しぶりです」
「ええ。今日は息子のクラスを見に参りましたの。後ほど、貴女様のクラスにも伺わせていただきますわ」
「ありがとうございます。是非いらしてください」
簡単に挨拶を交わすと、夫人は笑顔でその場を離れていった。それだけではなく、廊下を歩いていると何人かの令息や令嬢の家族から声を掛けられては、その度にリリアも足を止めて挨拶を返していた。
(そういえば……)
そうして幾つかのクラスを見て回っているうちに、ふとカルロのクラスは何をしているのだろうと思い返す。同じ学園に通っているとはいえ、クラスが違えば普段の様子まで分かるわけではないのだ。
友人なのだから、この機会に少し顔を出してみよう。そう思い、リリアはカルロのクラスがある方向へと足を向けた。
そうして人の多い廊下を進み、いくつか角を曲がったところで前方に見覚えのある姿が見えた。
その少し手前で、人混みの中から一人の人物がリリアへと近付こうとしていた。何かを言おうとしているようだったものの、リリアがそれに気付くより先に別の声が届く。
「リリア」
「――殿下」
聞き慣れた声にリリアが顔を上げると、前方から歩いてきたカルロがこちらへと近付いてきていた。
「休憩中?」
「はい」
リリアが頷くと、カルロはそのまま自然な様子で隣まで歩いてくる。
「……一人?」
「……他の方と休憩時間がずれてしまいまして。ロゼもまだ戻ってきていませんし、ユーリー殿下もクラスの手伝いに戻られたので、少し他のクラスを見て回っていたんです」
「そうだったんだ」
カルロはそう答えながら何気ない様子で周囲へと視線を向けて、ほんの一瞬だけ先ほどリリアが歩いてきた方向へと目を止めた。
様子に気付いたリリアが首を傾げる。
「……どうされたのですか?」
「いや」
カルロは直ぐに視線を戻した。
「少し、視線を感じたような気がしてね」
「視線……?」
「ああ。気のせいかもしれないけど」
カルロはそれ以上何も言わなかったものの、リリアは先ほどのことを思い出して僅かに眉を顰めた。
(……さっきの、気のせいじゃなかったってこと?)
ほんの僅かに疑問が浮かぶ。
だが人の多い文化祭の最中なのだから誰かがこちらを見ていたところで不思議ではなく、今のところ、それ以上のことは何も分からないのだから考えすぎても仕方がない。
リリアは一先ず生じた疑問を頭の隅へと追いやることにした。
「ところで、殿下のクラスの出し物は何でしたっけ?」
「うちのクラス?簡単な展示だよ。折角だから見に来る?」
「はい。是非」
カルロが僅かに微笑む。
普段の授業とは違う雰囲気の中で友人と話しながら歩いていると、時間が過ぎるのも早く感じるものだ。その後はカルロの案内でクラスを見て回り、休憩時間が終わるまで二人で文化祭を楽しんだ。
やがて戻る時間が近付くと、カルロがふと思い出したように口を開く。
「そういえば、まだリリアのクラスは見ていないんだった」
「本当ですね」
「よければ、一緒に行ってもいい?」
「勿論です」
二人で並んで歩きながらリリアのクラスへと戻り、教室へと近付くと、ちょうど廊下の向こうからローズが戻ってくるところだった。
「リア――」
こちらに気付いたローズが声を掛けようとしたものの、その視線がリリアの隣へと移った瞬間、ぴたりと足が止まる。
「……と、殿下?」
どうやら二人で歩いてきたことが意外だったらしく、ローズは目を瞬かせながらリリアとカルロを交互に見つめた。
やがて、何か面白いことを思いついたように僅かに口元を緩める。
「……ユーリー殿下には、黙っておいて差し上げますわ」
「……え?」
リリアが困惑している横で、カルロは顔に笑みを浮かべている。
暫くしてローズが楽しそうに笑うと、教室の中へと視線を向けた。
「ところでリア。ちょうど休憩から戻ってきたところですけれど、少しお願いしてもよろしいかしら?」
「お願い、……ですか?」
「ええ。折角ですもの。私と殿下をお客様として接客していただけません?」
「私が?」
「お願いしますわ」
そう言われてしまえば断りにくく、リリアは少し迷った末に頷く。
「……分かりました」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに笑ったローズに連れられて、リリアは二人を席へと案内する。料理を担当している子息たちは別室の調理スペースへと移動していて、教室には接客を担当する令嬢たちが残っていた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「私はこれを」
「では、――」
二人から注文を受けると、リリアはそれぞれの内容を確認してから厨房へと伝えに向かった。
そうして接客を続けているうちにふと誰かの視線を感じて、顔を上げると少し離れた場所からアナがこちらを見ていた。特に何も言うことなく、静かに見つめているだけで何かをしてくる様子もない。
リリアは再び手元の仕事へと意識を戻した。
その後も大きな問題が起こることはなく、文化祭は順調に進んでいった。やがて午前の時間が終わると一般客が入ってくる午後の部が始まり、それまで以上に多くの人が学園へ足を運んで、廊下も教室も、先ほどまでとは比べものにならないほど賑わい始めていた。




