14.学園祭Ⅰ
そうして迎えた学園祭当日。朝になってリリアが学園に着くと、一体いつから来ていたのか既に実行委員たちが忙しなく動き回っていた。文化祭当日ともなれば普段とは比べものにならないほど人の出入りが増えるからか、朝から準備に追われているのだろう。
教室へと向かう途中でローズの姿も見掛けたものの、互いに軽く挨拶を交わしただけで彼女は直ぐに別の場所へと向かっていった。
今日の予定ではお昼前頃から一般客が入ってくるようで、午前中は貴族のみが入校できることになっている。ただ入校可能な時間がそれぞれ異なるため、生徒たちは皆、両親とは別の馬車で学園へ向かっていた。
既に大勢の生徒が来ているのかリリアが騒がしい教室へと入ると、真っ先に教室の机へと掛けられているテーブルクロスが目に映った。
―――昨日、皆で作ったものではない。
思わず足を止める。慌てて継ぎ接ぎして作ったはずのテーブルクロスが見当たらず、代わりに新品同然の綺麗なものが用意されていたのだ。
「これ……昨日のものではありませんよね?」
「ええ。一体、いつの間に変わったんでしょう?」
「誰かが用意してくださったのかしら……」
クラスメイトたちも困惑しながら、口々に疑問を漏らしている。とはいえ折角用意されているものをわざわざ外す者もおらず、結局はそのまま使わせてもらうことになっているようだった。
「おはようございます」
リリアが小首を傾げていると背後から声が掛かり、振り返るとそこにはクラスターが立っていた。
「クラスターさん。おはようございます」
「……また、何かあったのですか?」
教室の騒がしさに気付いたのか、クラスターが怪訝そうに眉を顰める。
「テーブルクロスが……」
リリアが机へと視線を向けると、クラスターもその先を追った。
「本当ですね。一体、何時の間に……」
どうやら言われるまで気付かなかったらしく、クラスターは新しくなったテーブルクロスをじっと見つめたあと考えるように視線を逸らした。
「昨日の時点では何ともありませんでしたから、少なくとも私たちが帰った後か、それとも来る前の間に変わったのでしょうね」
リリアが補足すると、クラスターはそれでも僅かに納得がいかないのか小首を傾げている。
「妙なこともあるものですね……」
「そうですね……。感謝すべき、なのでしょうか?」
誰が用意したのか分からない以上、素直に喜んでいいものかも判断がつかない。二人が不思議そうにテーブルクロスを眺めていると、背後から再び人の気配がした。
「皆さんお早いですね」
「ユーリー殿下」
声を掛けられて振り返ると、そこにはユーリーが立っていた。教室に入ってくるなり周囲の様子へと視線を巡らせ、机に掛けられたテーブルクロスに目を留めると僅かに眉を寄せた。
「それはそうと、一体何があったのでしょう?」
「それはですね――」
リリアがクラスターへ説明したのと同じことを話すと、ユーリーは暫く考えるように新しいテーブルクロスを見つめて、クラスターと顔を見合わせた。
「……誰が用意したのでしょうね」
「分かりません」
結局、三人で暫くの間テーブルクロスについて話していたものの、誰が何のために用意したのかは分からないままだった。
そうして朝礼前になると、ローズが委員会から戻ってきた。暫く四人で話をしていたものの直ぐに朝礼の時間になり、教師が教室へと入ってくる。
朝礼が終わると、いよいよ文化祭が本格的に始まるのだ。生徒たちがそれぞれの持ち場へと散っていく中、ローズも席から立ち上がった。
「では、わたくしはこれで」
「また委員会ですか?」
思わずリリアが尋ねると、ローズは小さく頷いた。
「ええ。途中で何度か戻ってくるとは思いますけれど……リアと一緒に回れなくて残念ですわ」
僅かに表情を曇らせて残念そうにするローズを見て、リリアは少し考えてから口を開いた。
「戻ってきた際は、一緒に回りませんか?」
「リア……!ええ、是非!!」
ローズの表情がぱっと明るくなる。そうしていると、いつの間にかユーリーがこちらへと近付いてきていた。
「ローズさんを待っている間は、是非私と回りませんか?」
「ユーリー殿下と、ですか?」
リリアが少し意外そうに尋ねると、ローズが遮るようにユーリーへと声を掛けた。
「……殿下には、クラスのお手伝いがある筈ではありませんの?」
「ええ。ですが、休憩時間くらいはありますから」
「それでも、リアと殿下のお休みの時間が同じとは限りませんわよね」
「ご心配なく。合わせますので」
いつもの笑顔を浮かべたまま答えるユーリーと、それをじっと見つめるローズ。二人が何やら張り合っているようにも見えて、リリアが小さく微笑む。
「私は構いませんよ。先約もありませんし」
「リリアさんもこう言っていることですし」
ユーリーが直ぐ様付け加えると、ローズは諦めたように小さく息を吐いた。
「……仕方ありませんわね」
それでも心配なのか、ローズはユーリーに釘を刺すように続ける。
「但し、共に回る際は決してリアから目を離してはいけませんわよ」
「勿論です」
「……私をなんだと思っているんですか?」
そうして暫くやり取りを交わした後いよいよ文化祭が始まり、リリアたちのクラスの喫茶店も開店した。
子息が料理を担当し、令嬢が接客を担当することになっていた。
準備期間中に何度も練習してきたとはいえ、普段から人へ料理を出したり、注文を聞いたりすることに慣れているわけではない。だからか、実際に始まってみるとやはりどこかぎこちなかった。
「ええと……こちらでお間違えなかったでしょうか?」
「申し訳ございません。お取替えいたします」
彼方此方から慌てた声が聞こえてくる。注文を聞き間違えたり、手順を飛ばしたりすることも何度かあり、最初のうちは店内も落ち着かない様子だったものの、それでも時間が経つにつれて少しずつ慣れていったのか次第に活気が生まれていった。
そんな中、リリアの接客は思いのほか評判が良かった。本人としては特別なことをしているつもりはなかったものの、周囲からすれば安心して任せられるらしいのだ。
何度か休憩を勧められたものの、やり取りを何度か繰り返した末にリリアが休憩に向かったのは他の生徒たちよりも少し遅れてからだった。ローズはまだ戻ってきておらず、ユーリーも休憩をずらしていたものの、今はクラスの手伝いへと戻っているのか姿が見えない。
手洗いを済ませるついでに、折角の機会なのだから他のクラスの出し物も見てみよう。そう思ったリリアは、そのまま教室を出ることにした。
文化祭の廊下は、朝とは比べものにならないほど人で溢れていた。普段なら静かな廊下にも生徒や一般客の姿があり、あちこちから楽しそうな声が聞こえてくる。
そんな中をリリアが一人歩いていると、ふと誰かに見られているような気がした。足を止めてゆっくりと振り返ったものの、誰かがこちらを見ているような気配もなく、あるのは行き交う人々の姿だけだった。
「……気のせい、かしら」
小さく呟いて、リリアは再び歩き出した。その背中を、人混みの向こうから見つめる視線があることには気付かずに。




