12.文化祭準備Ⅱ
リリアのクラスでは、貴族が接客をすることで平民の仕事に触れ、普段とは異なる立場を経験してみようという方針から、喫茶店を出すことになっていた。
普段は安全上の理由から一般人が学園へ立ち入ることはできないものの、文化祭当日に限っては身分を提示することで特別に入場が許可される。そのため当日は、普段以上に多くの騎士が校内を警備することになっている。
とはいえ、文化祭まであと僅かとなった今では役割分担もすでに決まっており、残された作業といえば明日に向け教室内に必要な資材を設置することくらいだった。
直前ともなれば生徒たちの士気もこれまでになく高まっており、まるで既に文化祭当日を迎えたかのような賑わいさえ見せている。廊下を歩けば、あちこちに装飾や設置物が並び、殆ど準備は整っているように見えた。
―――事件が起こるまでは。
「一体、何があったんですか……?」
放課後。殆ど確認だけをして委員会が早々に終わり、今日はクラスターと共に教室へと戻ってきたところ、何やらクラスが文化祭前の雰囲気とは別の意味で騒がしかった。
丁度扉の傍にいたユーリーに話を聞くと、文化祭直前ということで教室に設置するものをクラスメイト数人で保管場所まで取りに行ったところ、机に掛けるテーブルクロスが一つ残らずビリビリに破かれていたというのだ。
「一体、誰が……」
そんなことを。とリリアが続ける前にユーリーが先に口を開いた。
「一旦全員が戻ってくるまで待っているのですが……実行委員のお二方は難しそうなので、教員に備品の破損を伝えに向かったミアンナさんと他の委員会の方が帰ってくるまで待っているところです」
伯爵令嬢であるミアンナ・ベネティアは確かクラス委員だった筈であり、実行委員といえばローズともう一人の男子生徒のことである。
実行委員の二人はここ数日は放課後だけでなく昼休みまで呼び出されることが多く、頻繁に委員会へと向かっていた。文化祭が間近に迫った今ではやることも多く、クラスの準備まで手伝う余裕はないらしい。
「テーブルクロスが全てとなると……今から同じものを揃えるのは難しいんですよね?」
「そうですね……。今から発注したところで明日には間に合わないかと」
どうしたものかと考えていると、不意にざわめきを破るように一人の生徒が手を挙げた。
「あの……少し、よろしいでしょうか?」
男爵令嬢のリリー・モーラスだった。
それまで騒がしく話していたクラスメイトたちは少しずつ声を落とし、リリーへと視線を向ける。漸く教室が静かになったところで誰かが続きを促すと、暫く地面に視線を落としていたリリーはやがて顔を上げた。
「今朝、保管場所の傍を通りがかったのですが、長い髪の方が中へ入っていくのを見掛けました」
「……どのような方でしたの?」
クラスメイトの誰かが問い返す。リリアたちが、まるで犯人探しが始まったかのような空気に僅かに眉を顰める中、リリーは思い出すように身振りを交えながら独り言を呟くように続けた。
「確か、背丈はこのくらいで……銀に似た髪色だったと思います」
その場にいたクラスメイトたちが該当する人物を探すように辺りを見渡すと、暫くしてその視線は一人の人物へと集中し始めた。
リリアは思わず身体を強張らせた。隣にいたユーリーもそれに気付いたのかリリアを庇うように一歩前へと出ようとしたところで、リリアがそれを制して自ら一歩前へと出る。
「……何故、今まで黙っていたのですか?」
動揺を悟られないよう少し強めの口調で尋ねると、リリーは僅かに肩を震わせてからゆっくりと答えた。
「視界の隅に映っただけでしたし、その時は特に気にも留めていなかったので、今の今まで忘れていました。ですが……ふとリリア様を見て、思い出したのです」
「つまり、貴女は彼女が犯人だと言いたいのですか?」
ユーリーが確認するように問い掛ける。声音からはリリアを疑っている様子は感じられず、むしろ一人の生徒を犯人に仕立て上げようとしているような状況そのものに不快感を覚えているようだった。
「いえ、そのつもりで言ったわけでは……! ただ、そう言えばと思って申し上げただけです」
慌てたように言い訳のような台詞を重ねるリリーを一瞥すると、ユーリーは周囲を見渡した。
「……他の方もです。以前、申し上げたことをお忘れですか?」
リリアに向いていた視線が少しずつ散っていく。
「とにかく、全員が揃うまで待ちましょう」
「そうですね……」
そう答えると、ユーリーがふとリリアへと視線を向けた。何かを言うわけでもなく、じっとこちらを見つめている。
「……どうされましたか?」
てっきり何か話すのかと思っていた。一向に口を開かないユーリーを不思議に思ったリリアが尋ねると、ユーリーは僅かに視線を逸らして頬を掻いた。
「私は、いつでも貴女の味方ですから……」
不意にそんなことを言われ、リリアは一瞬小首を傾げたものの、暫くしてユーリーが先程のことを気にしているのだと気付いた。リリア自身が傷付いたと思っているのだろうか、彼なりに励まそうとしてくれているようだ。
「何かあれば……いや、何も起こらなくとも。いつでも力になるので、私を頼って下さい」
「……何も起こらなければ、どう頼ればいいのでしょう?」
「それは……!」
くすりと笑いながら尋ね返すと、ユーリーは恥ずかしくなったのか僅かに声を荒らげた。
一度目には決して見たことのない動揺のしように何だか可笑しくなり、もう少しだけ揶揄ってみたい気持ちもあったものの、これ以上は可哀想だろうとリリアはそこで止めることにした。
「冗談です。そのようなことを仰らなくとも、頼りにしておりますよ、ユーリー殿下」
揶揄われていることに気付いたのか、先程よりも耳元を赤くしてユーリーが顔を逸らす。
「一応、私も傍にいるのですが……」
気まずそうに背後からクラスターが声を掛けると、流石のリリアも少し恥ずかしくなって口を噤んだ。
暫くして実行委員を除く全員が戻ってきた。教員に備品の破損を伝えに向かっていたミアンナが教壇に立つと、教室の空気が普段と違っていることに気付いたのか僅かに眉を顰める。
「備品破損の件についてですが、犯人探しをするのは一旦やめるようお願いいたします」
そう告げて、先ほどより静かになった教室を見渡した。
「不安は残ることでしょう。ですが、今はそのことよりも代用品を探す方が先です。何より犯人探しをしたとして、見つからなければ余計にクラス内の空気が悪くなったまま当日を迎えることになりかねません。ですからそれは後に回して、今は文化祭を成功させることに集中しましょう」
ミアンナがそう言うと、漸くクラス全体に再び士気が戻り始めた。とはいえ、どこかに犯人がいるのかもしれないという疑念までは拭えないのか昨日までよりも教室の空気は僅かにぎこちない。
「何か、代用できるものはありますか?」
ミアンナの問いに、何人かの生徒が顔を見合わせた。
貴族の子息令嬢が多く通う学園なのだから、家を頼れば似たようなものを用意すること自体は難しくない。実際、自宅から必要な物を持ち込むことそのものが禁じられているわけでもなかった。
ただ、文化祭はあくまで生徒自身の手で準備を行うことが前提となっている。一部の生徒だけが家の力を借りることを認めてしまえば、他の生徒から「それなら自分たちも」と不満が出る可能性もあるため、基本的には学校から与えられた予算や備品の範囲で準備することになっていたのである。
暫くの間様々な案が出されたものの、結局は他クラスにも事情を話して協力を求めて残っていた布を分けてもらうことになり、クラスの生徒たちで縫い合わせて何とかテーブルクロスらしい形にはしたが、継ぎ接ぎだらけの不格好な仕上がりになってしまった。
明日の文化祭で使うものとしては決して満足のいく出来とは言えないものの、これ以上どうすることもできない。
果たして明日の文化祭を無事に成功させることができるのか。そんな不安を残したまま、クラスは最後の準備を終えることになったのだった。




