11.文化祭準備Ⅰ
あれから文化祭までの日まで徐々に差し迫って来ていて、放課後の学園も以前よりも慌ただしくなっていた。
教室では各クラスが文化祭に向けた話し合いを始めているらしく、廊下を歩けば何かを運んでいる生徒とすれ違う。掲示物や装飾に使うらしい荷物を抱えている者も多く、委員会だけでなく、それぞれのクラスでも準備が進められていた。まだ本番までは時間があるというのに、校内のあちらこちらで普段とは違う活気が漂っている。
前回の活動で装飾を置く場所を決めていて、文化祭に向けた準備もいよいよ実作業へと入るらしい。今回は実際に装飾を設置することになっており、リリアたちは必要な道具を持って決めていた場所へと向かうことになっていたのだ。
向かった先は、文化祭当日に案内板や装飾を設置する予定になっている一角であり、申請も済ませていた。ところが、目的の場所に近付いたところでリリアは足を止める。
「……あれ?」
そこには、既に数人の生徒が集まっていた。
床にはいくつかの箱が置かれ、壁際にはまだ組み立て途中らしい木製の枠まで立て掛けられている。何かを展示するための準備をしているらしく、生徒たちはそれぞれ手を動かしながら話し合っていた。
「どうかしましたか?」
リリアが視線を向けた先に、クラスターもつられるように目を向ける。
「……あの場所、私たちが使う予定ではありませんでしたか?」
「その筈ですが……」
二人で前回決めた装飾の設置場所を確認していると、向こうにいた生徒の一人がこちらに気付いた。
「……何か?」
「すみません。ここは美化委員が使用する予定の場所だと思うのですが」
リリアがそう伝えると、相手の男子生徒は僅かに眉を寄せた。
「……美化委員?」
「ええ。申請も済んでいます」
「こちらもここを使う予定なのですが……」
思い掛けない返事に、リリアは手元の資料へと再び視線を落とした。
「……申請されているのですか?」
「はい。先生にも話を通しています」
どうやら向こうも冗談を言っているわけではないらしい。リリアが困ったようにクラスターに視線をやると、彼も資料を確かめながら小さく首を傾げた。
「私たちの方も、確かに申請が通っている筈ですが」
「なら、どちらかが間違っているのではないでしょうか?」
「その可能性はあると思います。ただ……そちらの資料はどうなっていますか?」
クラスターが尋ねると、相手の生徒は手元の書類へと目を落とした。
「こちらも同じ場所になっています」
「見せていただいても?」
「ええ」
差し出された資料を受け取ると、クラスターは自分たちのものと並べて確認した――確かに同じである。互いの資料を見比べても、どちらが間違っているのかは分からない。
「……本当ですね」
「どうしましょう」
リリアが小さく呟くと、クラスターも困ったように眉を寄せた。
「申請が重なっているのなら、私たちだけで決めるのは難しいですね……」
「ですが、こちらは既に準備を始めているので今から別の場所を探せと言われても……」
別の生徒が口を挟む。不満が滲んだ声に、リリアも言葉を返せなくなった。こちらもこちらで勝手に場所を変更することはできないものの、向こうは既に準備を始めていて、どちらが悪いという話ではないからこそ余計に困ってしまうのだ。
「……実行委員に確認してもらった方がよさそうですね」
クラスターがそう言ったところで、廊下の向こうから足音が聞こえてきた。
「どうかしましたか?」
どうやら別の場所で作業をしていたらしい。声に振り返ると、実行委員の生徒が数人こちらへと歩いてくるところだった。事情を尋ねられたクラスターがこれまでの経緯を説明する。
「なるほど……。では、場所の使用について申請した書類はお持ちですか?」
「はい」
クラスターが直ぐに手元の書類を差し出すと実行委員が確認する。そのまま向こうの生徒たちへも視線を向けた。
「そちらは?」
「私たちは、担当の先生にはここを使いたいと話を通しているのですが……申請書までは、まだ――」
「分かりました。少し確認しますね」
そう言って実行委員の生徒は美化委員から受け取った書類へと目を落とし、続けて手元の資料を捲っていく。暫くして捲っていた手を止めると、ゆっくりと顔を上げた。
「こちらの場所は、既に美化委員の使用申請が出ています」
「本当ですか?」
「はい。記録を確認しましたが美化委員の申請が先です。そちらは先生へと話を通されていたようですが、正式な申請はまだのようですね」
「……そうだったんですか」
向こうの生徒たちの表情が一斉に曇る。どうやら、教師に話を通したことで問題なく使えると思っていたらしい。
「申し訳ありませんが正式な申請が先に出ている以上、こちらの場所は美化委員の方で使用することになります。別の場所を探して再度申請していただけますか?」
「……分かりました」
返事はしたものの、明らかに納得しきれていない様子だった。渋々といった様子ではあったものの向こうの生徒たちはそれ以上反論することなく、準備していた荷物を片付け始めた。
床に置かれていた箱を一つ持ち上げながら、男子生徒が小さく息を吐く。
「折角ここまで準備したのに……」
「すみません」
「リリア様が謝ることではないでしょう」
思わずリリアが声を掛け、男子生徒がこちらを見るとクラスターが直ぐにそう付け足す。
「こちらも好きで場所を取ったわけではありませんし、先に申請していたのなら仕方のないことですから」
「……そうですね」
リリアも頷いたものの、去っていく生徒たちの背中を見ると、やはり少し気になった。こちらに落ち度がなかったとしても、相手からすれば予定していた場所を使えなくなったのだから面白くないのだろう。
やがて彼らの姿が廊下の角へ消えると、実行委員の生徒も一言二言言葉を交わしてから、その場を後にした。
「……色々ありますね」
「そうですね」
二人で資料を確認しながら実際に取り付けていく。通行の妨げにならないよう位置を微調整しながら作業を進めていけば、さっきまでの騒ぎが嘘のように順調に準備は進み、ひと通りの設置を終える頃には辺りもすっかり夕方の色に染まり始めていた。
委員会を終えたリリアは、教室へと戻ることにした。
文化祭も近いことだし、クラスではまだ準備を続けているかもしれない。もし残って作業をしているのなら自分も手伝おうと思ったのだ。
そうして廊下を歩いている途中、リリアは先ほどの生徒たちのことをふと思い出した。あれだけ準備をしていたのだから、予定していた場所を使えなくなったのは気の毒である。
とはいえ、文化祭までもう時間はない。これ以上、同じような問題が起こらなければいいのだが。そんなことを考えながら教室へと向かっていると、廊下の先から荷物を抱えて歩いてくるカルロの姿が目に入った。
「殿下」
「リリア」
声を掛けると、カルロもこちらへ気付いて足を止めた。腕の中には幾つかの箱が抱えられている。
「何を運んでいらっしゃるんですか?」
「クラスの展示で使う備品を。人数が足りないらしくて、少し手伝っているんだ」
「……委員会はどうされたのですか?」
そこでふと、気になったことを尋ねる。文化祭の準備が始まっている以上、カルロも委員会で忙しいと思っていたのだ。
「生徒会に入る予定だから委員会には所属していなくてね」
「……あれ?一度目では生徒会には所属していませんでしたよね?」
思わず小首を傾げてカルロを見返す。
「ああ。そうなんだけど……新しいことにも挑戦したくて」
「そうだったんですか。生徒会選挙、応援していますね」
成る程、と納得したリリアが深く考えずにそう告げると、カルロが僅かに表情を緩めた。
「ありがとう。リリアに応援されると更に頑張れるよ」
「……あまり、そういうことを他の方にも言わないでくださいね」
リリアとしては、決して深い意味で言ったわけではなかった。
カルロが自分に好意を持っていることにはリリアも薄々気付いていた。だからこそ今のような言葉を人前で軽々しく口にされると、どうしていいのか分からなくなるのだ。
二人は婚約者でもなく飽くまで友人として接しているのだから、周囲に妙な誤解を与えれば余計な噂を立てられることにもなりかねない。
「……すまない。気を付けるよ」
一瞬だけ目を瞬かせたカルロは、何故か少しだけ頬を染めると視線を逸らした。そんなカルロを見て、やらかしたとリリアが気付いたのは彼が去って直ぐ後のことだった。




