10.幼馴染と恋心
委員会の活動が始まってから数日が過ぎた。
学園では相変わらず授業が続き、休み時間になれば教室のあちこちで他愛のない話が交わされている。入学直後の慌ただしさも少しずつ落ち着き始め、生徒たちもそれぞれに気の合う相手を見つけて、いつの間にか決まった場所で昼食を取ったり、授業の合間に言葉を交わしたりするようになっていた。
リリアにとってもそれは同じで、ローズとはすっかり気兼ねなく話せるようになったし、ユーリーも相変わらずローズに軽くあしらわれている。そんな二人を眺めながら過ごす時間も今ではすっかり日常の一部だ。時折カルロと話す機会もあるもののユーリーに幾度となく追い返されていて、その度に寂しげに去っていくものだから少しばかり可哀想ではある。
そんな中、文化祭の日が近付いてきたことで、委員会の方も少しずつ文化祭の準備へと入ろうとしていた。美化委員であるリリアも放課後にはクラスターたちと集まる予定になっていて、そのことを思い出したところで丁度近くにいたクラスターと目が合った。
「おはようございます。こうして話すのは委員会ぶりですね」
「おはようございます。そうですね。同じクラスなのに……」
クラスターは少し考えるように視線を上げると、暫くしてから思い出したように頷いた。
「そういえば今日、委員会がありましたよね」
「近々文化祭がありますから……今日はそれに向けて何か始めるのかもしれませんね」
「文化祭ですか……」
クラスターが机の上へと視線を落とす。
「まだ先のことだと思っていましたが、こうして委員会に入ると意外と早いものですね」
「私もそう思います。ついこの間入学したばかりなのに」
そう言ってからリリアは小さく笑った。
「では、放課後にまた」
「ええ。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
それだけ言葉を交わしてリリアが席へと戻ろうとしたところ、直ぐ近くからローズの声が聞こえた。振り向くと、こちらを見ていたローズが意味ありげに目を細めている。
「いつの間に、クラスターさんとそんなに親しくなりましたの?」
「そんなに、というほどではありませんよ。委員会が同じなので少しお話ししただけです」
「委員会が同じ……なるほど」
ローズは納得したように頷くと、何故かそのまま少し離れたところへと視線を向けた。
「ユーリー殿下が嫉妬なさいますわね」
「……私ですか?」
こちらの会話を聞いていたらしい。思いも寄らないことを言われたらしく、そこにいたユーリーが僅かに目を瞬かせる。
「私はそこまで了見の狭い男ではありませんよ」
「どうだか」
ローズは目を細めたまま、どこか楽しそうに返した。
「本当に失礼ですね。私を何だと思っているのですか」
「さて、何でしょうね」
二人のやり取りを眺めながら、リリアは思わず小さく笑った。口では何かと言い合っているものの、ローズがユーリーへと遠慮なく言葉を投げ、ユーリーもそれを本気で嫌がる様子はない。以前ならば何故そこまで気軽に話せるのだろうと不思議に思っていたかもしれないが、最近ではこのやり取りを見ることにもすっかり慣れていた。こうして見るとやはり二人は仲がいいのだと思う。
「ローズ様」
そんな二人を眺めていると、教室の入口からこちらへと近付いてくる男子生徒の姿が目に入った。呼び掛けられたローズもそちらに顔を向ける。
「あら、ギルバート」
その名前を聞いた瞬間、リリアも記憶を辿るように相手の顔を見た。ギルバート・ヴァルクハイム――伯爵家の三男で、ローズよりも年下の男子生徒だ。別のクラスに所属しているため普段話す機会はないものの、一度目の学園生活でも何度か見掛けた覚えがある。
「どうしましたの?」
「先生から伝言を預かってきました。今日の昼休みに実行委員で一度集まるそうです。急ぎの話があるため都合のつく者は早めに来るように、と」
「まあ……文化祭のことかしら」
ローズが少しだけ眉を寄せる。
「詳しいことまでは聞いていません。僕も伝言を頼まれただけなので」
「そうですの。わざわざありがとうございますわ」
「いえ、そのくらいなら」
そう答えながら、ギルバートはローズへと視線を向けた。仕草自体はほんの些細なものだったが何故かリリアの目に留まった。別のクラスにいる生徒なのだから普段の様子を知っているわけではないが、ローズへと向けられた視線には先ほどまで先生からの伝言を話していた時とはどこか違うものがあるように感じられたのだ。
ローズが言葉を返す度に表情を確かめるように目を向け、話を続ける時もどこか嬉しそうにしている。本人は特に意識していないのかもしれないが、その様子をしばらく眺めているうちにリリアの中に一つの考えが浮かんだ。
もしかして――。
そう思ってから、リリアは密かにギルバートの様子を観察した。
「そうですわ。折角来たのですから少し話していきませんこと?」
そう言うと自然な調子で笑ったローズに、ギルバートの表情が僅かに明るくなる。
「では、お言葉に甘えて」
「ふふ。相変わらず素直ですわね」
「……ローズ様の前だけ、ですよ」
「何を仰いますの」
ローズが可笑しそうに笑う一方、ギルバートは少しだけ照れながら視線を僅かに逸らした。やはりそうなのだろうとリリアがそう確信しかけたところで、ローズがギルバートを軽く見つめた。
「それにしても、少し背が伸びましたわね」
「そうですか?」
「ええ。前に会った時よりも大きくなっていますもの」
「もう子供ではありません」
「あら、そうでした?」
「そうですよ。いつまで経っても子供扱いしないでください」
ギルバートが少しだけ不満そうに眉を寄せるものの、ローズは全く気にした様子もなくクスリと笑った。
「私からすれば、まだまだ可愛い弟のようなものですわ」
「……弟扱いもしないでください」
「では、どう扱えばよろしいのでして?」
「それは……」
ギルバートはそこで言葉に詰まった。何か言い返そうとしているらしいものの、相手がローズでは上手い言葉も思い付かないのか、結局は僅かに眉を寄せたまま黙り込んでしまう。そんな彼を見てローズは楽しそうに笑っていた。
様子を眺めていたリリアは思わず小さく口元を緩めた。ローズにとってギルバートは本当に年下の幼馴染であり弟のような感覚なのだろうが、ギルバートの方まで同じように思っているわけではないらしい。
「……それでは、僕はそろそろ行きますね」
「あら、もう?」
「……まだ他のクラスにも伝言をしなければならないので」
そう言うとギルバートが改めてローズへと向き直る。
「では、また後ほど」
「ええ。委員会でまたお会いしましょう」
「はい。……では」
最後にもう一度だけローズに視線を向けて会釈をするとギルバートは教室を出ていった。背中が廊下の向こうへ消えるのを見送ってから、リリアは隣にいるローズへと視線を戻す。
「……前からのお知り合いなのですか?」
「ええ。幼馴染のような存在ですわ」
「なるほど」
そこまで聞いたところで、リリアは小さく息を吐いた。
もしかすると、ローズは気付いているのかもしれない。あれほど分かりやすい視線を向けられていれば、幼い頃から知っている相手なら尚更察していても不思議ではないからだ。それでも何も言わずいつも通り接しているのなら、ローズなりに彼との距離を変えないようにしているのかもしれなかった。
少しばかり気の毒に思いながら、リリアは心の中でそっと彼を応援することにした。
「リア?どうしましたの?」
そうしている内に声を掛けられて、リリアは視線をローズの方へと戻したのだった。




