6.友人との休日
約束していた休日の朝、リリアは屋敷の前に用意された馬車へと乗り込み、待ち合わせ場所へと向かった。
学園に通う時とは違い、今日は動きやすさを優先した服を選んでいる。貴族令嬢として見れば随分と質素な装いではあるものの、街中を歩くことを考えればこのくらいの方が気楽だった。
馬車を降りて待ち合わせ場所へと向かうと、少し離れたところに見慣れた姿が見えた。
ローズは既に到着していた。ただ、リリアが辺りを見回しても彼女が乗ってきたと思しき馬車は見当たらない。どうやら今日は歩いてここまで来たらしく、日傘を片手に何でもない様子でこちらを待っていた。
「お待たせしました、ローズさん」
「あら、リリアさん。御機嫌よう」
振り返ったローズは、何時も学園で見掛ける姿とは少し雰囲気が違っていた。
華やかな衣装ではあるものの今日は長い髪を後ろで纏めていて、裾の長いドレスではなく動きやすいパンツを合わせている。腰には護身用のものまで身に着けていて、普段の令嬢らしい華やかさよりも、何処か凛々しい印象が強かった。
「それにしても……その姿のリリアさんも可愛くて素敵ですわ」
「そ、そうですか?」
「ええ。普段より少し親しみやすい雰囲気がありますもの」
そう言われると、何となく落ち着かない。普段の自分が親しみ難いと言われたわけではないと分かっているものの改めて褒められるとどう返せばいいのか分からず、リリアは僅かに視線を逸らした。
「ローズさんも、今日は雰囲気がいつもと違って素敵です」
「あら、分かります?」
「はい。いつもとは違う服装なのに、とても似合っています」
「まあ。素直なところも可愛いですわぁ」
「……ありがとうございます」
何故かこちらが褒めた筈なのに、最後には自分が褒められてしまった。だが以前のように何を言えばいいのか分からず困ってしまうことはなく、リリアは小さく笑いながらローズと並んで歩き始めた。
「何処から行きましょう?」
「先ずはお昼を食べに行きませんこと?その後はお店をいくつか見て回りましょう」
「いいですね」
「気になるものがあれば遠慮なく言ってくださいな。折角のお休みなのですから」
そう言われ、自然と頬が緩む。
友人と一緒に何をするか考えながら歩くことなど、リリアにとっては初めてに近い。一度目の幼少期、カルロと共に街で歩き回った記憶はあるものの、その時と今では大分状況が変わっているのだ。
リリアは隣を歩くローズへと視線を向けた。
「ローズさんは、普段からこうして街に来るのですか?」
「ええ。時々ですけれど。社交の場だけでは息が詰まりますもの」
「ローズさんでもそう思うことがあるのですね」
「私を何だと思っていますの?」
「いえ……何時も堂々としていらっしゃるので」
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
そう言ってローズは笑った。
その後も二人は取り留めのない話をしながら街を歩き、やがてローズが以前から気になっていたという店へと入った。
「ここですわ」
「……随分と大きなお店ですね」
「でしょう?」
店内へと入った途端、ローズは慣れた様子で店員に声を掛けた。
リリアはローズの後ろについていきながら店内に並んだ品々を眺めていたものの、しばらくすると腹の奥から小さな音が響いた。
隣のローズがこちらを見ると、リリアは顔を赤くしながら視線を逸らした。
「……お腹が空きました」
「ふふっ。そうでしょうね」
「笑わないでください」
「笑ってなどいませんわ。……お昼にしましょうか」
ローズに連れられて入った店で、リリアはメニューを眺めながら何を頼もうかと考えていた。
「わたくしはこれと、これと、それからこちらも」
「……そんなに食べるのですか?」
「ええ。今日はたくさん歩きますもの」
迷いなく注文を続けるローズを見てリリアは少し驚いたものの、何を食べればいいか迷った挙句、結局はローズが選んだものの中から幾つか同じ料理を注文することにした。
やがて料理が運ばれてくると、テーブルの上に並べられた皿を見てリリアは言葉を失った。
「……多くありませんか?」
「そうですわね」
「これ全部ローズさんが食べるのですか?」
「勿論ですわ」
ローズは何でもないことのように答えると、さっそく料理へと手を付け始めた。
食べる速度も速い。だが雑というわけではなく美味しそうに口へと運んでいくのだ。その様子を見ている内に食欲が刺激され、リリアも自分の料理を食べ始めた。
それでも、最初から頼み過ぎたことは直ぐに分かった。
半分ほど食べたところでこれ以上は難しいと思いリリアが困っていると、向かいからローズが手を伸ばす。
「残りは私がいただきますわ」
「……え?」
「無理をする必要はありませんもの」
「ですが……」
「その代わり、午後はしっかり歩きますわよ」
以前ローズが言っていたことを思い出したリリアが困惑気味に言葉を重ねようとすると、それを遮るようにローズが言い切った。
それから、リリアが残した料理をあっという間に平らげると、手にしていたカラトリーを机に置く。自分の分を殆ど食べ終えた後だったにもかかわらず、まるで苦にしている様子がない。
「……凄いですね」
「何がですの?」
「いえ……何でもありません」
ローズが元気なのは、こういうところにも理由があるのかもしれない。そんなことを思ったものの、本人に伝える程のことでもないので、リリアは黙って食後のお茶へと口を付けた。
昼食を終えた二人は、そのまま街を歩きながら幾つかの店を覗いていった。
服飾店へと入ればローズが楽しそうに品物を選び、雑貨店では二人で並んだ小物を眺め、気になるものがあれば互いに言葉を重ねながら選び合う。学園で話している時とは違い時間を気にする必要もなく、リリアは気付けば何度も笑っていた。
次にローズが連れて行ったのは、一軒の落ち着いた雰囲気の店だった。
「少しだけ任せてくださいな」
「……何をですか?」
ローズは答えず、そのまま店の奥へとリリアを連れていく。店主に何かを話したと思うと、採寸をすると言われたリリアは目を瞬かせた。
「採寸、ですか?」
「ええ」
「何故……ですか?」
「それは後のお楽しみですわね」
結局、リリアは何が何だか分からないまま採寸されることになった。肩幅や袖の長さ、腰回りなどを測られている間もローズはどこか満足そうにそれを眺めているのだ。
「……本当に、何をしているのですか?」
「ですから、任せてくださいな」
採寸が終わると、ローズは店主へと一言だけ告げた。
「任せましたわよ」
「かしこまりました」
リリアには何のことなのかさっぱり分からないまま、結局その場では何も買わずに店を出ることになった。
「……結局、何だったのですか?」
「そのうち分かりますわ」
「教えてくれないのですね」
「ええ。勿論ですわ」
ローズは楽しそうに笑ったものの、どうやら本当に今は教えるつもりがないらしい。それ以上追及することもできず、リリアは小さく息を吐きながらローズの隣を歩いた。
その後は街の店先を眺めながら、二人で気に入った小物を選んだ。
「リアに似合いそうですわ」
「では、こちらはロゼに」
「まあ」
お互いに選んだものを手渡すと、ローズは嬉しそうに笑った。
「こういうのも楽しいですわね」
「はい。そうですね」
その言葉に、リリアも自然と頷く。暫く歩いていると、またしても腹の奥から小さな音が聞こえた。
「……ふふっ」
「今のは聞かなかったことにしてください」
「無理ですわね」
ローズは笑いながら近くの店へと入り、甘い菓子をいくつか買って戻ってきた。
「先ほどの採寸でお疲れでしょう。甘いものはいかが?」
「ありがとうございます」
「今日はまだ歩きますもの。少しくらい食べても問題ありませんわ」
渡された菓子を口にすると、ほどよい甘さが疲れた身体へと染みていくようだった。
そのまま歩きながら食べていると、ふとローズが両手にいくつもの紙袋を抱えていることに気付いた。
「……それは?」
「おまけですわ」
「おまけ?」
「ええ。幾つかいただきましたの」
暫くそんな彼女を見つめていると、自然に気付いたのかローズが付け加える。
「私、何故か店の方から色々といただくことがありますのよ」
本人は慣れているらしく、然程気にした様子もない。
「断ることもありますけれど、今日はリアが気に入りそうなものもありましたから有り難くいただいてきましたわ」
「私のために?」
「もちろんですわ」
そう言われ、また胸の奥が温かくなるのを感じた。
特別なことをしてもらったわけではなく、ただ一緒に街を歩いて、食事をして、店を見て、気に入ったものを選んだだけなのに、こうして友人と過ごす一日がこんなにも楽しいものなのだとリリアは初めて知った気がしたのだ。
夕方が近付く頃には、街を歩く人の数も少しずつ増えていた。
「今日は楽しかったですわ」
帰り道、ローズがそう口にして微笑んだ。
「私もです」
「また二人でお出掛けしましょう」
「はい。ぜひ」
待ち合わせた時よりも、今の方がずっと自然に言葉が出てくる。リリアは隣を歩くローズを見ながら小さく笑った。
「では、また学園で」
「ええ。また。リア」
「はい。また。ロゼ」
そうして二人はそれぞれの帰路に向かった。
この時のリリアはまだ知らなかった。先ほどの採寸をきっかけに、後日ナイーゼ家に大量の衣服が届けられることになるなどということを。
それを知った時どんな顔をすることになるのかも、この時のリリアにはまだ想像できなかったのだった。




