5.摩擦と協和
アナの一件から少し時間が経ち昼休みになると、リリアたちは食堂へと向かった。
昼食時ということもあり食堂は多くの生徒で賑わっている。そうして料理を受け取ったリリアは、少し離れた場所に見覚えのある姿を見つけた。
「殿下」
声を掛けるとその人物もこちらへと気付き、穏やかな笑みを浮かべる。
「やあ、リリア。奇遇だね」
「まさか食堂でお会いできるとは思いませんでした」
「私も学生だからね。せっかく学園にいるのだから、一度くらい利用しておこうと思って」
カルロはそう言うと、手にしていた料理へと視線を落とした。
一度目の人生では、リリアもカルロも学園の食堂を殆ど利用していなかった。カルロは王族という立場から普段から王宮で用意された食事を取っていたし、リリアも家から昼食を用意してもらえるような状況ではなく、おまけにアナがわざわざ教室まで来るため昼休みは簡単に済ませることが多かったのだ。
だから、こうしてカルロが食堂で昼食を取っている姿は、リリアにとって少しばかり意外なものだった。
「お一人ですか?」
「ああ」
短く返事をしたカルロに、リリアが周囲へと視線を向ける――確かに彼の傍には誰もいない。そんなことを考えていると、不意に少し離れたところから声が聞こえてきた。
「……何故貴方がここにいるんですか?」
つい先程まで聞いていた声に振り向けば、料理を手にしたユーリーがこちらへと歩いてくるところだった。
「ユーリー殿下」
リリアが呼び掛けるとユーリーは一度こちらへと目を向けたものの、直ぐにその隣に立つカルロへと視線を移した。いつもと変わらない笑顔を浮かべているが、カルロを見つめる目だけは冷たい。
「私もここの生徒なのですから、食堂を利用していてもおかしくはないでしょう?」
カルロがそう答えると、ユーリーは笑顔のまま僅かに眉を顰めた。
「王族お抱えのシェフはどうしたんですか」
「学園にいる間くらいしか、こういう場所を利用する機会もないのでね」
「……彼女と話したいからではなく?」
僅かに間を置くと、ユーリーは躊躇う様子もなく言い放つ。思いもしなかった言葉に、リリアは思わず目を瞬かせた。
「ユーリー殿下!」
反射的に制止するような声が出る。ユーリーとカルロが揃ってこちらを見たものの、その反応まで妙に揃っていたことに、リリアは僅かに眉を寄せた。
「……彼は友人ですから」
カルロが僅かに目を瞬かせた。しかしそれ以上何かを言うことはなく、ただ静かにユーリーを見返した。
「それは存じていますよ」
ユーリーは笑ったまま答えたものの、言葉とは裏腹にカルロを見る目には少しも友好的なものが感じられなかった。
何故そこまで嫌っているのか分からない。ただ、今のユーリーがカルロへと向ける態度は、単なる相性の悪さと片付けることはできなかったのだ。
様子を見ていたカルロが、ふと小さく息を吐く。怒りよりも戸惑いの方が強く、彼自身心当たりがないのかもしれない。
「……ユーリー殿下は、私を随分と嫌っているようですね」
「ええ。好きになれそうにありません」
今度は間を置くことすらなく返ってきた言葉に、カルロが僅かに目を瞬かせた。普通ならば、ここまで直接的な言葉を向けられれば多少なりとも表情を変えそうなものだが、ユーリー本人はまるで天気の話でもしているかのように平然と笑っているのだ。
「奇遇ですね。私もそう思います」
「殿下……!」
思わぬところで張り合い始めたカルロに、リリアは思わず声を上げた。
先ほどまで困惑していたように見えたのは何だったのか。どうやらカルロも、黙って言われっぱなしでいられるほど大人しくはないらしい。
二人とも王族なのだから、もう少し落ち着いて欲しい。そんな呆れを覚えながら二人を見比べていると、少し離れたところからこちらの様子を見ていたローズが料理を手に歩いてきた。
「お二人とも、リリアさんを挟んで張り合うのはおやめになったら?みっともないですわよ」
ローズは二人の間へ割って入るように立つと、呆れたように言い放った。先ほどまでの様子が嘘のように冷静で、声色もやけに落ち着いている。
どうやら、この二人を放っておけばいつまでも続くと判断したらしい。
「張り合ってません。存在自体が不快なだけです」
「私は張り合っているつもりはありませんが」
「……そういうところですわ」
呆れたようにそう言うと、それまで二人の会話をじっと見つめていたリリアに一度だけ視線を向け、ローズは再びユーリーへと顔を戻した。
「……ユーリー殿下」
「何でしょう?」
「昼食の席で、いつまでそのような話を続けるおつもりですの?リリアさんが困っていらっしゃいますわよ」
ユーリーの笑顔が僅かに固まった。それからチラリとリリアを見ると、それ以上何も言わずに静かに口を閉じる。
「……分かりました」
「最初からそうしていればよろしいのですわ」
珍しく素直に引き下がったユーリーを見て、ローズは満足そうに頷く。
結局、昼食は四人で同じ席を囲むことになり、リリアとローズが隣り合い、その向かいにはユーリーとカルロが並んで座っていた。
王族であるユーリーとカルロ、それに公爵令嬢であるローズとリリアが揃っている所為か、周囲には先ほどまでとは少し違った空気が漂っている。食堂そのものは相変わらず賑やかなままだというのに、この席へ近付いて声を掛けようとする者は誰一人としていないのだ。ちらちらとこちらを窺うような視線は幾つもあるものの、誰もわざわざ話し掛けてくることはなく、四人が座った席だけが妙に静かに切り離されているようだった。
そして、もう一つ気になることがあった――ユーリーとカルロが、先ほどから一言も口を利いていないのだ。先ほどまであれほど遠慮なく互いに言葉を投げていたというのに、席へ着いた途端まるで示し合わせたかのように互いの存在を無視している。
だが気まずいというわけでもないらしく、カルロは黙々と食事を進め、ユーリーもまた普段と変わらない笑顔を浮かべたまま料理を口へと運んでいた。
その一方で、リリアとローズの会話は途切れることがなかった。すっかり打ち解けてきたこともあり、授業のことから好きな物の話まで二人の話題は次々と移っていく。
「そういえば、今度の休みは何か予定がありますの?」
「特にはありませんが……」
「でしたら、今度一緒に遊びませんこと?」
「……私と、ですか?」
「ええ。せっかく仲良くなったのですもの。学園の外でも色々お話ししてみたいですわ」
嬉しそうに笑うローズにつられるようにリリアの口元も自然と緩んだ。取り留めのない話をしているだけなのに、それが何故だか楽しい。
そんな二人を、向かいに座る男二人が黙って見つめていた。カルロは穏やかな表情のまま、ユーリーはいつもの笑顔を浮かべたまま、それぞれ何も言わずに二人の会話へと耳を傾けていたのだ。
「お二人とも、楽しそうですね」
暫くしてカルロがふと口を開くと、小さな声で呟いた。向かいにいる二人に話しかけているというより、独り言に近いものだった。だが隣に座るユーリーには聞こえたらしい。
「……そうですね」
カルロへと視線を向けることはない。相変わらずリリアとローズの方を眺めたまま、どこか反発するような声音で短く呟くだけだった。
カルロも特に気にした様子はなく、同じように二人へと視線を戻す。
結局、食事の席に着いている間、二人が直接言葉を交わすことは一度もなかった。




