5.普通でいい
ナイーゼ家は再び日常へと戻りつつあった。
ラミアは取り調べに非協力的なこともあり未だに多くのことが分からないまま拘束されていたが、後に終身刑が決まったとリリアは知らされた。クレマチス家が取り潰しとなったこともあり、そこで働いていたメイドたちは一時路頭に迷いかけたものの、ナイーゼ家の計らいによって他の屋敷に移ることができたらしい。
ラミアの娘であるアナは孤児院へ移された後に引き取り先が見つかり、今ではスタフォード伯爵家の養女として不自由なく暮らしているという。
一方、ノーマについては少し事情が違った。
ラミアに利用されていたとはいえ、皇太子であるカルロへ直接刃を向けたことを考えれば表向きは処刑という形を取らざるを得なかった。けれど実際には風貌を変えた上でナイーゼ公爵家の分家に雇われることとなったらしく、アリーとは時折文を交わし、リリアもたまにアリーから彼女の近況を聞かされていた。
話によると以前まで抱えていた復讐心が嘘のように今では新しい職場で趣味を見つけ、新たにできた友人たちと仲良く過ごしているという。仕事が終われば趣味に時間を使い、以前のノーマからは想像もつかないような日々を送っているらしい。
それを聞く度にリリアは不思議な気持ちになっていた。
一度目の人生でノーマは復讐に囚われたままであっただろうし、果てにはアリーを殺すまでになっていた。けれど今世では、その未来に至ることなく別の人生を歩み始めているのだ。
それがどこまで続くのかは分からないものの、少なくとも今のノーマが穏やかに暮らしていることをリリアは悪いことだとは思わなかった。
そして殆ど全てのことが収束した今、今世では婚約者でもないカルロとも自然と縁が切れるものだろうとリリアは思っていた。けれど実際には改めて友人として関わるようになり、今でも時折言葉を交わしているのだ。
リリアは、今のカルロが罪滅ぼしだけではない想いを抱いていることにも気付いていた。
それでも一度目の人生のことを忘れたわけではなく、だからこそ今のカルロを見ようとはしていたものの、その気持ちを受け入れることができずにいたのだ。カルロもそれを察しているのか、無理に距離を縮めようとはしなかった。
以前ならばその距離さえも拒絶していたかもしれないが今は違った。
互いに踏み込まないまま、それでも友人として言葉を交わす。そんな関係が続いていることをリリアは少しずつ受け入れ始めていたのだ。
そうして日々は先日までの出来事が嘘だったかのように穏やかに流れていき、気が付けば二人が学園へと入学する時期も目前に迫っていた。今思い返せば、一度目では義妹であるアナや義母となったラミアの存在もあり、学園での日々は苦々しい記憶ばかりだ。
入学前からアナを虐めているという噂が広まっていたリリアは悪女として知られていた。そんな彼女に近付いてくる者はいたものの、その殆どがリリア自身を見ようともせず、アナを貶しながら皇太子の婚約者であるリリアに取り入ろうとする者ばかりだったのだ。
そして――婚約を破棄された後は、騎士に連れていかれるリリアを他と一緒になって笑っていた。
あの頃のことを顧みると今でも胸の奥が僅かに重くなる。
だが今は、母であるアルテミスは生きていて、父であるアバンリッシュがラミアを後妻として迎えることもない。ラミア自身も今は罪人として投獄されていて、アナもまた、スタフォード伯爵家の養女となったことで以前のようにリリアの義妹として学園に入学してくるわけではなかった。
もちろん、養女とは言え貴族なのだから同じ学園へと通うだろうし、それ以上は顔を合わせる可能性がないとは言えない。それでも一度目とは何もかもが違っていて、今では何かあれば頼ることのできる人間もいるのだ。
思えば一度目の人生では、リリアには殆ど味方がいなかった。最初から悪女だと思われていたからこそ、誰も彼女自身を知ろうとはしなかったから。
ならば今度は。今度こそ、誰かの婚約者でも、誰かと比較される令嬢でもなく、ただ一人の人間として学園で過ごしてみたい。
特別な何かが欲しいわけではなく、誰もが羨むような立場になりたいわけでもない。ただ、普通に友達を作って、くだらない話をして、授業を受けて、時には一緒に笑う――そんな、ごく当たり前の学園生活をリリアは送ってみたかったのだ。
「……今度こそ」
窓の外へと目を向けながら、リリアは小さく呟いた。
まだ、これから何が起こるのかは分からない。それでも少なくとも今回は、誰と友達になるのか、どんな時間を過ごすのか、そしてこの先どんな人生を歩んでいくのかを自分自身で選ぶことができる。これから先をどう生きていくのかを決めるのはリリア自身なのだ。
だから今度は、特別でなくてもいい。ただ普通に笑って、普通に誰かと過ごせる。そんな当たり前の毎日を、今度こそ自分の手で手に入れたい。
そんなささやかな願いを胸に、リリアはこれから始まる新しい学園生活に静かに思いを馳せた。
次回から学園編に入ります。




