ラミア・クレマチスという令嬢Ⅳ
婚姻の知らせを受けてから暫く学園へ姿を見せなかったラミアは、後になって家業による心労で体調を崩したために暫く休学すると学園へと届け出た。心配して連絡を寄越した者たちにも同じように説明し、アルテミスやアバンリッシュを含め、周囲には仕事が重なったことで心身ともに疲弊していたのだと思わせていた。
もっとも、全てが嘘というわけではなかった。父と兄を失って以来クレマチス伯爵家を実質一人で支えてきたラミアには以前から多くの仕事があり、丁度その頃には領地で扱っていた事業にも問題が重なっていたのだ。
暫くは必要最低限の仕事にしか手を付けられずにいたものの、いつまでもそうしているわけにはいかない。少しずつ仕事へ戻るようになるとラミアは朝から晩まで書類に目を通し、領地から送られてくる報告を確認しては必要な指示を出し、時には自ら商会の者と話をすることもあった。
むしろ、今は忙しい方が都合がよかった。
何もしていなければ、どうしてもアバンリッシュのことを考えてしまう。婚姻が決まったと聞かされた日のことも、アルテミスから届いた結婚式への招待も、仕事に追われている間だけは頭の隅へ追いやることができたから。
けれど、それで諦められたわけではなかった。
やがてアバンリッシュとアルテミスが正式に夫婦となったという知らせが届いた時、ラミアは執務机の前で暫く動けなかったことを覚えている。
アバンリッシュの隣にはアルテミスがいて、これから先も妻として彼の傍に居続ける――現実を改めて突き付けられたことで、仕事へ逃げ込むだけでは抑えられなくなっていた感情が再び膨れ上がったのだ。
どうして、自分ではなかったのだろう。地下室から救い出してくれた日からずっと彼だけを見てきたのに。彼に相応しい人間になりたくて文字を覚え、知識を身につけ、誰にも頼らず伯爵家を維持できるまでになった。それでもアバンリッシュが選んだのは自分ではなかった。
いつまでも待っているだけでは何も変わらない。そう考えるようになってから、ラミアは少しずつナイーゼ家について調べ始めた。
最初から何か明確な目的があったわけではない。アバンリッシュとアルテミスの関係を崩すために利用できるものがあればそれでよかった。領地で起きた過去の問題、取引を打ち切られた商会、解雇された使用人、ナイーゼ家と揉めたことのある貴族まで、表立って調べられるものから順に情報を集め、それでも足りなくなると、金さえ払えば表には出ない話まで扱う者にも手を伸ばした。
そうしてナイーゼ家に関わる人間を一人ずつ洗っていく中で、ラミアはある姉妹の存在へと行き着いたのだ。
―――ノーマとアリー。
二人は平民の姉妹で、何年も前に両親が揃って消息を絶していた。失踪した経緯には不明な点が多く、調べさせた者から上がってきた情報をいくら読み返しても両親がその後どうなったのかまでは分からない。
当然、ラミアにも心当たりはなかった。そこで両親だけでなく残された姉妹についても調べさせてみたところ、二人は両親を失ってから別々の場所で暮らしていたことが分かったのだ。
置かれた環境も歩んできた道も異なっていたが、ラミアが目を留めたのはノーマの方だった。アリーについては両親の失踪を今なお追っているような形跡がほとんど見つからなかったのに対し、ノーマは何年経っても過去を引きずっている節があったのだ。
ただ外から調べられることには限界があるし、本当にそうであるのならば利用できるかもしれない。そう考えたラミアは、まずノーマ本人へと近付いた。
最初からナイーゼ家の話を持ち出すような真似はせず、何度か言葉を交わしながら少しずつ警戒を解いていく。そうしてノーマの方から自分について話すようになった頃、ラミアは初めて彼女の口から両親について聞くことになったのだ。
両親がある日突然いなくなったこと。その失踪にナイーゼ公爵家が関係しているとノーマが疑っていること。さらに、離れて暮らしていた自分とアリーの元にナイーゼ公爵家を名乗る手紙が届いたこと。
そこまで聞いたところで、ラミアは僅かに眉を寄せた。
「手紙?」
「はい。ナイーゼ家で使用人として働かないかと」
「……あなたとアリー、二人に?」
「そうです」
ラミアはそれ以上口を挟まず、ノーマの話を聞き続けた。
そもそも彼女がノーマたちの存在を知ったのは今回調べさせてからなのだ。ましてや離れて暮らしていた姉妹の居場所を突き止め、二人に同じ公爵家を名乗る手紙を送る理由などなかった。
ならば、誰が送ったのか――疑問は残ったものの、それを突き止めることは目的ではない。重要なのはノーマがその出来事を両親の失踪と結び付け、ナイーゼ家に対する疑念を抱いているという事実だったのだ。
両親の失踪にナイーゼ家が本当に関わっているのかなど彼女自身にも分からない。ノーマの話を聞いた後ラミアも念のためナイーゼ家と両親の失踪との繋がりを調べさせたものの、それらしい記録は何一つ見つからなかった。
だが真実がどうであるかなど今のラミアには関係ない。ノーマ自身がナイーゼ家を憎み、復讐したいと願っているのなら、その感情を一から植え付ける必要すらなかった。
―――あとは、それが消えないようにしてやればいい。
そう考えたラミアは、それから時間を掛けてノーマの胸に残る憎しみを少しずつ育てていった。
それが後にアルテミスだけでなく、その娘であるリリアや皇太子カルロまで巻き込む事件へと繋がることになるとは、この時の彼女はまだ知る由もなかったのだ。
番外編はここで一旦切ります。




