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エリッサ、真実の愛を壊す


 早速私達は町娘の服装に着替えて町へと繰り出すことに。

 下級とはいえ貴族の令嬢が二人きりで、お供も連れずに歩いていることに若干のドキドキ感を覚えていた。


 ……なるほど、これは結構楽しいかもしれない。癖になりそうだし、流行っている理由も分かる。

 程なくメラニーは一軒の酒場の前で足を止めた。


「ここよ。今まで私が行ったお店の中で一番料理が美味しかったの。エリッサもきっと気に入るわ」

「いったいどれだけ酒場を渡り歩いているんだ」

「細かいことは気にしないで。さあ、入りましょ」


 メラニーは町を歩いていても、私と違って全く緊張した様子がなかった。どうも酒場巡りにどっぷりはまってしまった模様。

 まあ、慣れた人が一緒だと心強いか……。


 二人で店内に入ると、あいにくテーブル席はどこも埋まってしまっていた。

 すぐにメラニーはきょろきょろと周囲を見回しはじめる。


「私は別にカウンターでもいいんだけどー……」

「いや、一人飲みに慣れすぎ。絶対平民の女の人より慣れてるよ。とにかく、私はカウンターは無理だからね」

「分かってるわよ。だからこうやって……、あ、ちょうど知り合いがいたわ」


 そう言ってメラニーは、テーブルで一人お酒を飲んでいる男性に近付いていく。

 ……え、ちょっと、知り合いってあのおじさん?


 その男性は齢四十を過ぎた辺りといったところ。渋い雰囲気を漂わせていて、かなり近寄り難い感じがする。

 いやいや、酒場初体験の私が相席するには難易度が高すぎるよ! あれならカウンター席の方が断然いい!


 とたじろぐ私にメラニーがこそっと耳打ちしてきた。


「こちらの方は私達と同じだから安心して。とても紳士なのよ」

「じゃあ、彼も貴族?」


 メラニーは頷きながら、「詳しい身分は知らないけどね。デュアン様よ」と私を彼に紹介する。それから、あれよあれよという間に私達は相席する運びになった。


 当初はどうかなってしまいそうなほど緊張していた私だったけれど、会話を始めるとすぐにデュアン様に対する警戒心が溶けていくことに。確かに彼は紳士だった。


「私はこのような酒場は初めてでして、何を注文すればいいのか……。おすすめなどありますか?」


 壁に貼られているメニューを眺めながら尋ねると、デュアン様は微笑みと共に頷く。


「では、私のおすすめを。エリッサ様は苦手な物などおありかな?」

「いいえ、家では出された料理は何でも美味しくいただいています」


 私の返答にデュアン様はさらに声に出して笑った。

 何かおかしなことを言いましたか?

 一方、隣ではメラニーも苦笑いを浮かべていた。


「この子、貴族の令嬢としては相当逞しい方なので、本当に何でも大丈夫ですよ」

「ほほう、ではいきなりあれでも?」

「いきましょうか、あれ。ふふふふふ」


 い、いったい何が来るんだろう……。

 程なくしてテーブルに運ばれてきたのは、シュワシュワと音をたてて輝く揚げたてのフライだった。聞くと衣の中は白身の魚らしい。


 ……フライ料理は食べたことがあるけど、こんな熱々なのは……。口をつけた瞬間に火傷してしまうのでは?

 固まったままの私にメラニーがナイフとフォークを渡してきた。


「いいから早く食べて。家で出てくる冷めたフライとは全然違うわよ。びっくりするから」

「じゃ、じゃあ……」


 衣にナイフを入れるとサクサクで、まずこの時点で驚かされる。そして、切り分けたそれを口に運んだ私は絶句した。

 す、すごく美味しい!

 知らなかった、まさか揚げたてのフライがこんなに美味しかったなんて!


「……私は、人生の大半を損していた」


 衝撃を隠せない私に、デュアン様がコップに入ったお酒を勧めてくる。


「こちらもどうぞ、度数が低めのレモンのお酒です。料理に合いますよ」

「いただきます。わあ、これもシュワシュワしていますね、では。…………、美味しい!」


 爽やかな喉ごしがフライと絶妙にマッチしていた。

 料理とお酒を交互に口に運ぶ私を見てメラニーがにやりと。


「まだまだこんなものじゃないわよ。この店は煮込みも最高なんだから」

「じゃあ、それも注文して」


 確かに煮込みも最高だった。しっかりと火が通った牛肉は食べると口の中でホロホロとほどけていく。

 たちまち私は酒場メニューの虜になった。

 美味しい料理の数々にお酒も進む。

 それに伴って、私とメラニー、デュアン様の会話も大いに弾んだ。まあつまり、酔っ払った私は現在の置かれている状況をデュアン様にも暴露してしまうことに……。


「……というわけで、私は籠の鳥なんです」

「どこがよ。だったら、今ここでお酒を飲んで羽を伸ばしまくっているあなたは何……?」


 メラニーが即座にそう訂正すると、デュアン様はくすりと笑った。


「しかし、地位を利用してそのような偽装結婚を強いてくるとは、貴族の中にも非常識な者がいるのですね。身分差を考えれば、やはりエリッサ様は被害者ですよ」


 ですよね……。この方は私の辛い思いも分かってくれるんだ。

 うーん、大人の安心感とでも言うべきか、デュアン様と話をしていると妙に落ち着く。もしこんな男性が夫だったなら、結婚生活もさぞ楽しかったに違いない。

 と見つめていると彼は大きめのため息を。


「……私も人のことをとやかく言える立場ではないのですが。ずっと一人身だったのですが、周囲からのすすめもあって、実は私も最近結婚したばかりなのです」

「え、デュアン様もですか?」

「はい、そして妻は私よりもずっと若い。そのせいか話もあまり噛み合わず、一緒に居ても落ちつかないのです。今はエリッサ様と同様、全く顔を合わせない日もあるほどで……」

「そうだったのですか……。年齢のせいではありませんよ、私はデュアン様とこうしてお話ししていてとても楽しいです」


 私の言葉にデュアン様は再び微笑みを湛えた。


 お互いに結婚生活がうまくいっていないという共通点もあり、私達の会話はさらに盛り上がりを見せる。面白がるメラニーも加わってお酒もますます進んだ。

 やがて、相当酔いが回ってきた私がふと。


「それにしても、ウォルザーク侯爵様もお気の毒ですよね。結婚したばかりの奥様が浮気なさっているなんて」


 私の発言直後、目に見えてはっきりとデュアン様が硬直するのが分かった。

 しばらくして首だけを動かして私に視線を向けてきた。


「……すみません、エリッサ様、確認させてください。あなたの夫の浮気相手は、ウォルザーク侯爵夫人なのですね?」


 この時になって私もメラニーもようやく理解した。


 ……た、大変な巡り合わせが起っていた。数ある酒場の一つのテーブルに浮気されている者同士が! とりあえず、もう答えるしかない……。


「そ、その通りです。私も確認させてください。……あなたは、デュアン・ウォルザーク様ですか?」

「……ええ、そうです。少々用事ができましたので、私はここで失礼させていただだきます」


 デュアン様が去ったのち、私とメラニーは顔を見合わせる。


「すごい身分の方とお酒を飲んでいた……。ねえ、メラニー、これからどうなるんだろう?」

「そんなの、なるようにしかならないわよ……」

「だよね……」


 そう、なるようにしかならなかった。


 話によれば、屋敷に戻ったデュアン様は即刻奥様の浮気を調査。動かぬ証拠をつきつけて離縁したらしい。これによって、次期伯爵家当主と侯爵家当主夫人の不倫が明らかになり、王都中の噂となった。

 ヒルベルト様の父である伯爵様は、すぐに血相を変えて侯爵家へ謝罪に赴く。両家の関係はどうにか修復されたものの、伯爵様はヒルベルト様を許すことはなく、当主継承の話を白紙に。次の当主にはヒルベルト様の弟がなることがほぼ確定した。


 私はといえば、伯爵様から「愚かな息子が巻きこんでしまったこと、どうか許してほしい……」と謝られた上で、ヒルベルト様とは離縁することが決まる。今回のお詫びとして、実家男爵家の借金は伯爵家が一括返済してくれる運びになった。

 バツイチになるのと引き換えに男爵家を救った私は、一族の皆から大層感謝される。人の気も知らないで気楽なものだ。


 なお、不倫発覚から程なくしてヒルベルト様と元侯爵夫人の関係も破綻した模様。どうも、互いに伯爵家当主と侯爵夫人の座を失った相手に冷めてしまったのだとか。真実の愛が聞いて呆れる。


 さて、晴れて自由の身になった私は、たまにメラニーとの酒場巡りを楽しんでいた。

 あの騒動から一か月が経った頃、とある酒場でデュアン様とばったり遭遇。少し気まずくはあったけれど、いつかのように相席することにした。

 あの話題に触れずにお酒を飲める自信がなかったので、思い切って私から切り出す。


「……デュアン様、お元気でしたか? その、奥様とのことがありましたので……」

「はい、やはり私と彼女とは最初から合わなかったようで、別れてから大分心が軽くなりました。今は一人身に戻って、こうやって酒を楽しんでいます」

「あ、本当にお元気そうですね……。私も同じく一人身になって、こうやって酒場巡りを満喫中です。では、飲みましょうか。前にご一緒した席が本当に楽しかったので、ぜひまたいつかと思っていました」

「私もです。どうにか再びエリッサ様にお会いしたいと……」


 ここで私とデュアン様の視線がバチンとぶつかる。この瞬間、お互いに急に恥ずかしさが込み上げてきた。


「の、飲みましょう、デュアン様……」

「そ、そうですね……」


 私達二人を隣で見ていたメラニーが、「なるほど、真実の愛はこっちだったのね」と笑うのが聞こえた。

 この言葉が正しかったかどうか判明するのはもう少し先のことになる。






お読みいただき、有難うございます。

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― 新着の感想 ―
皆さん書いておられるように、良いご友人ですな。
メラニーさん、次期伯爵との結婚にチクチク言ってたわりに、現侯爵とのラブは見守ってる感じ、抜け駆け(?)して玉の輿したことじゃなくてエリッサさんが友達の自分に相談も報告もなくいきなり結婚して嫁入りしてっ…
次期伯爵様より現侯爵様の方が玉の輿なのに、目の前で見れていたからか嫉妬しない拗ねないメラニーが好きです♡
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