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エリッサ、偽装結婚をする


 私は男爵家の次女エリッサ。この度、二十一歳にして伯爵家の長男ヒルベルト様に嫁ぐことになった。

 ヒルベルト様は近々当主の座を継ぐことが決まっている、貴族の中でも特に勢いのある方。一方の私は、貴族の中でも全く目立たない凡庸令嬢。


 いったいなぜ私にこんなつり合わない縁談話が来たのかと不思議に思ったけれど、ちょうど当男爵家が商売に失敗して苦しかったこともあり、ヒルベルト様との結婚を受けることにした。


 そうして伯爵家の屋敷で初めてヒルベルト様とお会いした折、私は衝撃を受けることに。

 彼はまず私を値踏みするように遠慮のない視線を寄こしてくる。それから、小さくため息を。


 ……失礼な人だな。

 会話する前から最悪な印象だった彼は、口を開くともっと最悪だった。


「何ともパッとしない令嬢だ。まあ、誰でもいいと選んだ相手だし構わないが」

「え、誰でもいいとは、どういうことですか……?」

「私には心に決めた女性がいる。間違いなくこれは真実の愛なのだが、故あって彼女とは結婚できないのだ。他の女性と一緒になるなど考えられないが、この伯爵家を継ぐためには仕方ない。なので、下級貴族の中から適当な令嬢を選んだ」

「で、では、私は周囲の目を欺くために、適当に選ばれた相手……?」

「そういうことだ。社交の場以外では一切手を触れるつもりもない」


 あ、よかった、それなら私の純潔は守られる……。こんな人との偽装結婚で失うなんて絶対にごめんだし……。

 ……うん、まあ確かによかったんだけど、私の扱いがあまりにひどいでしょ! 愛のない結婚どころか道具程度にしか見てない!

 文句の一つでも言ってやろうと思っているうちに、ヒルベルト様はくるりと踵を返した。


「心配しなくても、君の男爵家の面倒は見てやる。そっちもその目的で話を受けたのだろう?」


 う、否定はできないけど、私はきちんとあなたを支えるつもりで、一大決心をしてここに来たよ。

 そう告げるとヒルベルト様はフッと鼻で笑った。


「君の支えなど必要ない。私は私で好きにするので、君も好きにしろ」


 くっ、私の一大決心を鼻で笑い飛ばしたな!

 去っていくヒルベルト様の後ろ姿を睨んだ後に、私は息を大きく吐いた。


 ……とりあえず実家は助けてくれるみたいだし、その点はよしとしよう。じゃあ、好きにしろと言われたから、好きにさせてもらおうかな。

 まずはこの大きな伯爵家の屋敷を散策だ。


 私は下級貴族育ちなだけに使用人達と気楽にお喋りができた。メイド達の休憩室にお邪魔してお茶をすること約一時間、すっかり彼女達とうちとける。そろそろいい頃合かと、気になっていたことを聞いてみた。

 それはもちろん、ヒルベルト様の心に決めた相手とは誰なのかということ。


 すっかりうちとけただけあって、メイド達は快く全てを話してくれた。

 何でもヒルベルト様のお相手はウォルザーク侯爵家の奥様なのだとか。聞けば、侯爵様はすでに四十歳を過ぎており、一方の奥様は二十五歳とかなりの年の差婚。同じ二十五歳のヒルベルト様と出会ってしまった奥様は許されない禁断の真実の愛に……。


 ……不倫関係か、結婚できないはずだよ。いくら今をときめくヒルベルト様でも、貴族としての格も経済力も遥かに上の侯爵様には敵わないしね……。


「でも、もし好きになったのが格下の貴族の奥様ならヒルベルト様は平気で奪いそう……」


 私がそう呟くとメイド達はうんうんと相槌を打った。

 なお、メイド達とはすっかりうちとけただけあって、私とヒルベルト様が偽装結婚であることなど全てを話してしまっていた。

 事情を知った彼女達は揃って哀れみの表情で。


「「「……エリッサ様、お可哀想に……」」」

「ああ、うん……。そんな訳でとても暇なので、またここにお茶をしにきてもいいですか?」


 実際に、この日以降、私は大いに暇を持て余すことになった。

 私がヒルベルト様から必要とされるのは、父である伯爵様に会う時や夜会の時などに限られ、そのようなイベント事がない日は彼とは顔を合わすことすらなかったのだから。


 結果、私はほぼ毎日メイド達の休憩室でお茶を飲むことに。

 ある時、メイドの一人が私を見かねてこんな提言をしてきた。


「エリッサ様、何もずっとお屋敷の中におられる必要はないのでは? たまには外で羽を伸ばしてきてはいかがです?」


 なるほど、ヒルベルト様からも好きにしろと言われているのだから、ここでずっと飼い殺されている必要はなかったね。

 よし、外に出掛けよう。


 外出すると決めても特に行くあてもないので、とりあえず友人で同じ下級男爵令嬢のメラニーの屋敷に遊びにいくことにした。


「ふん、よく顔を出せたものね! この玉の輿令嬢が!」


 会うなりメラニーは私を罵倒してきた。

 どうやら彼女に相談もしないでヒルベルト様と結婚したことを根に持っているらしい。

 ところが、私と彼が偽装結婚であることや、伯爵家でどんな生活を送っているか知るとメラニーの機嫌はすぐに直った。


「あらそう、突然罵倒して悪かったわね」

「ずいぶんと嬉しそうだな……。さっき、すごい怨念みたいなのを感じたんだけど?」

「そりゃそうでしょ。だって、同じ下級令嬢でずっと傷を舐め合ってきたエリッサに急に出し抜かれたのよ」

「相談もせずに結婚を決めたことは謝るけど、友人としてどうかと思う」

「まあまあ、私達はずっとこんな感じじゃない」


 そう、私達は下級令嬢なだけにあまり品がよろしくない。

 同じ二十一歳ということも手伝って、二人でいる時は互いに言いたいことを言い合える素晴らしい関係だった。


「でも、まさかエリッサがそんな面白い状況になっていたなんて」

「全然面白くないから。飼い殺しの状況なんだよ」

「そこまでじゃないでしょ。大きな屋敷に住んでメイド達と楽しくお茶して、こうやって自由に外出もできているんだから」

「言われてみれば確かに……」


 結婚した感じがしないだけで、暮らしぶり自体はよくなったし、実家の借金問題も解決したね。

 あれ、じゃあ実はこれはいい結婚だった?

 いやいや、全然よくない。私だって下級ながら一令嬢として素敵な男性と幸せな結婚生活を夢見ていたんだから。

 という熱い思いを語るとメラニーは、「じゃあ、エリッサも好きな男と浮気でもすればいいのよ」ととんでもないことを言ってきた。


「……無理。いくら偽装結婚でも、私にはできそうにない……」

「あなた、昔からそういうところは真面目だものね。だったら、気晴らしにでも行く?」


 メラニーが言うには、近頃貴族の間でお忍びで平民の酒場に飲みにいくのが流行っているのだとか。今から二人で行ってみないかと誘ってきた。


「なんか危ない感じがするけど……。メラニーも少し会わない間におかしな遊びを覚えたね」

「……友人が私に黙って玉の輿に乗ったもので。うさを晴らしたかったの」

「だから、悪かったって……。分かったよ、行けばいいんでしょ……」

「うんうん、きっと気分もうさも晴らせるわよ」





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