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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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聖女として異世界の王国に転生したら、王子達から暗殺者を差し向けられたり兵器として利用されそうになったりと散々なので、出奔して自由に生きていくことにしました。王国が滅ぶ? いえ、知りませんよ。

作者: 有郷 葉
掲載日:2026/08/12


 私の名はルーシャというらしい。

 最近になってようやくこの世界の言葉を覚え、皆が私をそう呼ぶのを聞き取ることができた。現在ゼロ歳児の私が、なぜこんなにはっきりした意識で物事を考えることができるのか。それはきっと私が別の世界からの転生者だからだろう。


 前世の私は地球の日本という国で、二十代半ばの若さで病死した。そして、気付けばこの中世西洋風の世界で赤子になっていたというわけだ。


 それにしても、どうも周囲の様子がおかしい。

 寝かされているのは巨大な神殿の一室みたいで、周りには世話をしてくれる侍女達が大勢いた。彼女達は私をルーシャ様と呼び、とても丁重に扱ってくれる。

 ……もしかして、私はどこかの国の王女なのかな? その割にはやっぱりちょっと様子がおかしい気がする。母と父の姿も一度も見ていないし。


 そう思っていたある日、それらしき二人が私の前に現れた。

 母親らしき人物が、私の寝かされている籠を覗きこんで微笑みを湛える。


「ルーシャ様、この先のことは心配ございません。あなたにはこの王国の聖女様として素晴らしい未来が待っているのですから」


 彼女はそう言うと隣にいる、私の父親らしき男性に視線を移した。


「ちなみに、私達のことも心配ございません。あなたをこの世界にお迎えするという務めを果たした私達にも素晴らしい未来が待っているのですから」


 それから、両親は揃って「「ではルーシャ様、お達者で」」と私に向かって一礼し、二人で手をつないで去っていった。


 …………、……えー。私への愛情が微塵も感じられなかった……。


 あまりにも薄情な両親にショックを受けたものの、これではっきりとした。私の魂は呼ばれるべくしてこの世界に呼ばれたということ。つまり召喚されたということだ。


 しかし、聖女とはいったい何なんだろう。

 この疑問には、次にやって来た人物が答えてくれた。


 両親の訪問から数日経って、現れたのは見るからに高貴な装いをした男性だった。周囲の人達は王子様と呼んでいるので、この王国の王子なんだろう。その彼でさえ私に対しては他同様に一歩引いたような態度を取った。


「必要以上に泣いたりせず普通の赤子とは全く違うと聞いていましたが、本当にそのようですね。魔力も一般とは異なる感じがしますし、ルーシャ様、あなたは間違いなく聖女様です。どうかそのお力で末永く私達をお守りください」


 と頭を下げて王子は部屋から出ていった。

 どうやら彼が私の召喚を指示したみたいだった。うーん、恭しい態度ではあったけど、何か邪な気配がしたような……?


 とりあえず、どうやら聖女とは王国の皆を守護する存在らしいね。この私に果たしてそんな力が備わっているのだろうか。さっき王子は魔力がどうとか言ってたっけ。


 私は自分の内側を探ってみた。すると、何だかもやもやした力の塊のようなものを発見。

 なるほど、これが私の魔力か。一般とは異なるとも言っていたけど、他の人達も持っていたりするのかな?

 と周りの侍女達の内側に意識を集中させてみると、似たもやもやを見つけることができた。この世界の人間は全員が魔力を備えているようだ。


 前世にはなかった力の塊が気になっていじり続けていたら、もやもやは少しだけ大きくなった。どうも魔力とはこうやって鍛えるものらしい。

 私は籠に寝かされて世話もしてもらっていてものすごく暇であり、他にやるべきことも思いつかないので魔力を鍛えることにした。次第にこの体内エネルギーの使い方も分かりはじめる。外側に引き出して体を覆うとその箇所を強化できるようだ。魔力を目に集めれば視力が上がり、耳に集めれば聴力が上がる。さらに魔力をもっと外側に放てば、他の魔力を感知することも可能だった。

 これによって私は籠の中にいながら、神殿全体の様子を探ることができるようになった。


 新たな知識やこの世界の情報を得られるようになったものの、やはり自分で自由に動けないのは窮屈で仕方ない。

 ……何とかならないものだろうか。そうだ、魔力は力の塊なんだから頑張れば何とかなるのでは? 籠自体を魔力で覆うイメージで……。

 こちらを振り向いた侍女達が一斉に驚きの表情に変わった。


「聖女様の籠が宙に浮かんでいます!」

「あれはご自分の魔力で持ち上げておられるのです!」


 その通り。では少し散歩にいってきます。

 部屋の出入口に向かってスイーと籠を動かすと、侍女達は慌てた様子で追いかけてきた。


「お待ちになってください! ここからお出になられては私達が叱られてしまいます!」


 そうは言っても、ずっとこの部屋にいるのも退屈なんです。

 籠ごとくるりと振り返って、そんな意思を魔力に込めて送った。


「大層退屈なさっているのがありありと伝わってきます……。仕方ありませんね、ですが神殿からはお出にならないでください」


 分かりました、散歩に飽きたら戻ってきますので。

 よし、神殿内限定だけど浮遊できる自由を手に入れた。


 神殿の中を飛んで移動する赤子を、すれ違う神官達が驚きの眼差しで見てくる。

 魔力は持っていても私のように体を浮かせたりできる人はそうそういないみたいだった。あの王子が言っていた通り、私の魔力は他とは違うらしい。

 強度が違う感じなのかな? それで、私にこの力を使って何から皆を守れと?


 その疑問に関しては飛び回りながら情報収集していて答を得ることができた。

 この世界には魔獣という恐ろしい怪物がおり、各地で人間を襲っているそうだ。魔獣から民を守るのは国の責務に他ならず、そのためには相当な戦力が必要になる。特に頼りになるのは単独で強い魔力を備えた一騎当千の猛者。

 私のことか!


 ……以前、あの王子から受けた嫌な予感はそういうことだったのか、彼は私を兵器としか見ていなかった。へり下って私のことを聖女様とか持ち上げておいて、王国のために末永く戦わせる魂胆だったんだ……。

 神殿の廊下を浮遊していた私はふと進行を止めた。窓の外に視線を移す。

 どうしよう、このまま逃げちゃおうかな。でも私、まだ赤子だし……。

 結局、もう少し体が成長するまでここにいるしかないという結論に至った。


 そんなある日、私の所にまた新たな来客が。今回も若い男性で、先日の王子と同様に高貴な衣装を纏っている。周囲の話によれば、どうやら彼はこの王国の第一王子らしい。私を召喚したあっちの方は第二王子だったみたいだ。

 第一王子は私に挨拶をした後に、側近達と部屋の片隅へ。何かこそこそ話を始めた。

 再び嫌な予感がした私は魔力を耳に集中させて彼らの会話を盗聴。


「……まさかあいつが聖女様の召喚に成功するとは。このままでは王位継承権第一位の座も危ういかもしれない。……こうなったら、聖女様には消えていただくしかないだろう」


 おっと、殺害予告が。


 ちょっと待って、冗談じゃない! 赤子を兵器扱いしたり抹殺しようとしたり、第二も第一もこの王国の王子はろくでもない!

 と文句の一つでも言ってやろうと(言えないけど)思っている間に第一王子は帰っていった。


 それから数日して、また王子らしき来客が。

 しかし、今回はこれまでの二人とはずいぶんと様子が違った。

 まず、年齢がずっと幼い。見た感じ十歳くらいの美しい男の子で、私に対して子犬のような笑顔を向けてきた。


「聖女様、お会いできて光栄です! なんてお可愛らしい! あ、王国を守護してくださるお方に失礼を。でも本当にお可愛らしいです!」


 ……こ、この子は、前に来た二人と違って全く邪気を感じない。本当にあの王子達の弟なの?

 侍女達の話によれば彼は確かにこの国の第五王子で、レイエルというようだ。

 ん、第五王子? じゃあ他に第三と第四もいるのかな? この後、順番に顔を見せにくるのかも。それはそれで面倒だな……。

 と思っていると侍女達はレイエルを見つめながら涙目でひそひそと。


「レイエル様、まだこんなに幼くあられるのにおいたわしい……」

「ええ、時間の問題ですよね。おいたわしい……」


 彼女達が言うには、すでに第三王子と第四王子は不慮の事故でこの世を去っていて、次はレイエルの番なんだとか。


 いやいやいや! ここの王族、血生ぐさすぎでしょ!

 ……弟達を次々と手にかけてるとか、あの第一と第二王子はマジでやばすぎる。もうサイコパスだよ。

 そんな自分の運命など知る由もないレイエルは変わらず無邪気な笑顔を湛えていた。


「ルーシャ様、また会いにきてもよろしいですか」


 うぅ、確かにおいたわしい以外の言葉が見つからない……。


 ともかく私自身も殺害を予告されたことから、気の休まらない日々を過ごすことになる。敵はどうやって計画を実行に移すつもりか分からないけど、サイコパスなだけに必ず行動に出るはずだ。警戒は怠るべきじゃない。

 私は神殿内をやたらと浮遊して徘徊するようになった。


 この神殿は何かの神に仕える人達のみが集まっている場所らしく、戦闘に長けた人はいないようだ。もし第一王子が実力者を送りこんできたなら、簡単に私のいる部屋まで侵入を許してしまうんじゃないだろうか。

 そんな私の心配は早々に現実のものとなる。


 ある日の深夜、妙な胸騒ぎで私は目を覚ました。魔力感知で神殿内の様子を探ると、案の定すでに何人かの神官達が倒れている模様。

 室内にいる侍女達に注意を促すべく、急いで私は魔力の微弱波を放った。うつらうつらとしていた二人の侍女が飛び起きる。


「居眠りしてすみません、聖女様!」

「いったいどうなさったのですか!」


 慌ててこちらに振り返った二人だったが、すぐに力が抜けたように揃って床に崩れた。他の神官達と同じく一瞬で意識を奪われたらしい。


 くっ、すでに刺客は部屋の中に! 手際の良さからしてかなりの手練れ! 第一王子め、赤子相手にプロの暗殺者を送りこんできたか!


 その手練れの暗殺者が陰から音もたてずに姿を現した。覆面で顔を隠した男性が持っていた吹き矢をしまい、短剣を鞘から抜く。

 やっぱり私に対しては意識じゃなくて命を奪う予定だ!

 黙って殺されてたまるか! 魔力防壁展開!


 私は籠の周囲に魔力の密度を高めたバリアを張った。

 これを見た暗殺者は一瞬戸惑うも、即座に気を取り直して短剣を構えて突進を開始。短剣はバリアを貫通したが、刃の真ん中辺りで止まった。

 短剣の切っ先が私のすぐ眼前に。


 ……あ、危なかった! 強度がギリギリだったー!

 全然余裕ないしこうなったらやられる前にやれだ! 魔力弾発射!

 目の前に魔力の塊を球状に生成する。暗殺者がまた戸惑った様子を見せたので、この隙に彼めがけて放った。


 ドゴッ!


 魔力弾は暗殺者の胸部を直撃。彼の体を部屋の端まで吹っ飛ばした。

 しばらく警戒して見つめていたが、暗殺者が起き上がってくる気配はない。どうやら今の一撃で気絶してくれたらしい。


 ……はぁ、ずいぶんと油断してくれたおかげで助かったよ。まさかゼロ歳児が防御して反撃までしてくるとは思わなかったかな。……私もできるとは思わなかったけど、何とかなった。

 一息ついた後に倒れている侍女達と暗殺者を眺めながら思案に耽る。

 これは計画変更だな……、もう一日だってここにはいられない。

 よし、今すぐ逃げよう。

 侍女の皆、今日まで私を育ててくれてありがとう、お達者で。


 魔力を操作して部屋の窓を開けると、浮き上がらせた籠で一気に外の世界へと飛び出した。

 満月が照らす夜空をゆっくりと飛行する。眼下には明かりを放つ町並が、そして、少し離れた高台には石造りの大きな城が見えた。

 あそこの城にあのろくでもない王子兄弟が住んでいるのかな。私にもっと魔力があったなら、ここから魔力弾で砲撃してやるものを。


 いや、恨みに囚われている場合じゃない。この先どうするか考えないと。便利な魔力があっても私はまだ赤子だから誰かに育ててもらう必要があるんだよね。かといって、この王国内で暮らしていたらいずれまた捕まってしまうだろうし。

 町の上を低空飛行しながら頭を悩ませていると、不意に強い魔力を感知した。引き寄せられるように私はそちらへと向かう。


 辿り着いたのは露店の酒場だった。魔力はそこでお酒を飲んでいる一人の若い女性から発せられている。彼女はなかなか酒癖が悪いらしく、周りのおじさん達に絡んでいた。おかげで、魔力を耳に集中させて聞き耳をたてると、その素性を知ることができた。

 女性は旅の魔女で、この町で出会った男性と恋に落ちたのだとか。しかし、お付き合いを始めてわずか一週間でふられてしまったそうだ。「君の酒癖の悪さにはもう耐えられない……」と言われて。


 ……うーん、相当難ありだけど、この際贅沢は言ってられないか。


 散々おじさん達に愚痴った挙句、泣きながらお酒を飲む魔女の前に私は降下。彼女は目を丸くして籠の中の私を見つめる。


「空から、赤ちゃんが降ってきたわ……。これは、もう恋愛なんてやめて一足飛びで子育てをしろ、という天からのお告げ……?」


 ……なんかいい具合に解釈してくれた。まあちょうどいいかも。


 そうです、あなたは恋愛に向いていません。諦めて私を育ててください。

 と思念を魔力に込めて魔女に送った。すると、彼女は目をゴシゴシとこすってコップのお酒を一気にあおる。そのままテーブルにつっぷして寝てしまった。

 ちょっとちょっと!


 これはしばらく起きないかも……。

 そうだ、今のうちにあの子も救出してこようかな。


 朝になって目を覚ました魔女は、テーブル上の籠の中にいる私を覗きこんできた。


「……夢じゃなかった、本当に赤ちゃんがいるわ」


 お酒が抜けたなら現実を受け入れてください。私はあなたに頼るしかないんですよ、早く私を連れてこの王国から脱出してください!

 嘆願の魔力を送ると彼女は考える仕草を見せる。


「何なの、この子の魔力……、絶対に普通じゃない。この国から一刻も早く逃げ出したい、という意思をビシビシ私に送ってきてる。……そして、なぜかもう一人増えてるし」


 魔女が視線を向けた先には十歳くらいの少年、レイエルが困惑した表情で立っていた。


「……僕はレイエルといいます。寝ていたら聖女様にここに連れてこられました……」

「やっぱりこの赤ちゃんは噂の聖女か……。それで聖女様、こちらの美少年も一緒に連れていけと?」


 はい、よろしくお願いします。兄達と違ってとてもいい子なので。


 ……時間を遡って説明すると、魔女が寝ている間に私は己の欲望を実行に移した。つまり、おいたわしいレイエルを放っておけなくて、彼をさらってきてしまった。

 だって、城においておいたら確実に近い将来亡き者にされるだろうし。子犬のような雰囲気が割と好みだし。

 うーん、私ってショタ好きだったのかな。……前世では未開封だった箱を開けてしまった気分だ。

 何にしても、今の私はゼロ歳児だから問題はないよね(たぶん)。年齢はレイエルの方が十歳も上なんだから。


 ずっとこんなお兄ちゃんが欲しかったんです!

 という思念をキラキラした眼差しと共に魔女に送ると、彼女は冷めた眼差しを返してきた。


「いや、聖女だったら転生者でしょ、あんた……。実は中身は結構いい年なんじゃないの?」


 失礼だな、そんなにいってないって。まだ二十代半ばだよ。さっきのぶりっこはかなり無理があったのは認める。


 赤子と少年を前に魔女の女性は頭を抱えていた。

 ……明らかに脱走してきた聖女の赤子と王子っぽい少年だし、面倒事を抱えているのは分かりきっているよね。断られても文句は言えない……。


 私は固唾を飲んで魔女が出す答を待った。

 しばし悩んだ後に彼女は晴れやかな表情でポンと手を打ち鳴らす。


「これは大変な幸運なんじゃないかしら? 私はお腹を痛めずしてすごい後継者(と何か美少年)を得た!」


 この上なく楽観的に捉えてくれた!

 魔女は酒場の支払いを済ませると私の入った籠を持ち上げる。それから、にんまりした笑顔をこちらに向けてきた。


「私を選んだあたり、あんたはお目が高いわよ。私ほど高速でこの国から脱出できる者もいないでしょうからね」


 彼女がそう言った直後、私達の周囲を風が舞いはじめる。


「私が得意なのは風霊魔法。もう五分後には隣国にいるわ」


 なるほど、やっぱり思った通りの実力者だし、まさにうってつけの人だった! 私とレイエルはついてる!


 と幸運を天に感謝したその時、町の角からぞろぞろと兵士達が駆けてくるのが見えた。一団を率いているのはあの第一王子と第二王子のようだ。二人はこちらを指差しながら叫ぶ。


「いたぞ、聖女様とレイエルだ!」

「者共、聖女様を丁重に保護しろ!」


 くっ、見つかったか!


 焦る私の背後で、ドシュッ! と何かが打ち上がるような音が。籠ごと振り返ると、ついさっきまでそこにいたはずの魔女の姿が忽然と消えていた。

 ちくしょう、あの魔女、自分だけ高速で脱出した! なんて女だ、全然うってつけじゃなかった!


 あっという間に私とレイエルは兵士達に取り囲まれてしまった。第一王子が嬉々とした表情で進み出てくる。


「ちょうどいい、聖女様と共にレイエルもこの場で不慮の死を遂げてもらうとしよう」


 これを聞いていた第二王子が即座に兄の命令を遮った。


「レイエルに関しては同意しますが聖女様は許しませんよ、兄上。者共、兄上の兵から聖女様を死守するんだ!」


 こんな所で派閥争いか。それにその言いよう、レイエルがあまりにも可哀想……、あ。

 視線を向けると第五王子の少年は呆然とした表情で兄達を見つめていた。


「……兄様方、僕を殺すって、何かの冗談ですよね……?」


 声を震えさせる弟を前に、第一王子と第二王子は顔を見合わせる。


「冗談などではない。ずっと優しい兄を演じてきて、いい加減うんざりしていたんだ。それも今日で終わりだと思うとせいせいする」

「うむ、そろそろレイエルを担ぎ上げようという動きも見えはじめた。お前にはこの辺りで死んでもらう」


 どうやら本当に兄達の本性を知らなかったらしく、レイエルは崩れるように地面に膝をついた。


「そんな、全部、偽りだったなんて……」


 ショックを隠しきれない弟を見て兄達は笑い合う。


「愚かな奴だ。とりあえず、こいつを片付けてしまおうか?」

「そうですね、片付けましょう」


 二人の王子の号令で兵士達は一斉にレイエルに襲いかかってきた。

 ところが、まるで時間が停止したかのようにその動きがピタリと止まる。兵だけでなく王子達も指の一本すら動かすことができない。彼らはよく回る口だけをどうにか開いた。


「あ、ありえない……、これはまさか、魔力か……!」

「聖女様、もうこれほどの魔力を……!」


 そう、この現象は私の仕業だ。魔力で全員の体を覆っている。

 王子配下の兵士は合計で数十人おり、いくら私でも一度にこの人数を停止させることは不可能。のはずだったが、どういうわけか急激に魔力が高まったおかげで実行できた。

 いや、理由なら分かっている。クズ王子達の所業で私の怒りが頂点に達したからだ。


 ……サイコパスに飽き足らず、なんて下衆な振る舞い。

 お前達の血は何色だー!

 全員に纏わせている魔力に上方向から一気に加重をかけた。


 ズズンッ!


 重力に押し潰されるように兵士達もクズ王子達もカエルのような呻き声を上げて地面にめりこむ。全員が意識を失い、もう汚い戯言を並べることもできなくなった。

 ふん、ゼロ歳で殺人は犯したくないから手加減してあげたよ、感謝しろ下衆共め。

 こんな奴らよりレイエルのことだよ……。大丈夫……?


 あまりにも残酷な現実に、少年王子はまだ地に膝をついたまま呆然としている。私が入っている籠を浮かせて近寄ると、彼は涙を拭って立ち上がった。


「聖女様は全てご存じだったから、僕を助けるためにさらってくださったんですね……」


 ……うんまあ、できればひどい現実を知っちゃう前に国を出たかったんだけど。


「ありがとうございます、ルーシャ様。僕はもう大丈夫です」


 そう笑顔を作るレイエルを見て、私も目頭が熱くなるのを感じた。

 なんていたいけな子、私がきちんとした家族になってあげるからね……!


 といたわりの魔力で少年を包んでいると、上空からもう一人の家族になるかもしれない人が下りてきた。逃亡していた魔女が私達の前に下り立つ。


「さっきは逃げてごめんね、あんたの実力を見てみたかったのよ。ルーシャといったっけ、その年齢でそれだけ魔力を操れるなんて大したものだわ。おそらく転生者の中でも群を抜いてる。よし、あんたを育ててあげる。そっちのいたいけな美少年も一緒にね(セットだとさらに力を発揮できるみたいだし)」


 ……うーん、この人、今一つ不安なんだけど、背に腹は代えられないか。


 これでようやく王国から脱出できると安堵していると、気絶していた第二王子の方が目を覚ました。

 私を呼び出したこの王子、何気にそこそこ魔力が高いんだよね。さっきの私の攻撃も一応は防御したみたいで、だから回復も早かったんだと思う。たぶん兄に殺されないために修練を積んでいるんじゃないかな(修羅の一族か)。

 第二王子は私を視界に捉えると恐怖に歪んだ表情で。


「せ、聖女を召喚するはずが、私はとんでもない悪魔を呼び出してしまった……!」


 私を悪魔に変えたのはあんた(とそこで気絶してる兄)だよ!

 もう一度魔力で第二王子をぐいぐいと地面に押しつける。


「いたたたた! 悪魔様、お許しを!」


 悲鳴を上げる第二王子の傍に魔女がトコトコと歩み寄った。しゃがみこんで満面の笑みを浮かべる。


「そう、あなたが呼び出したのは凶暴な悪魔の魂です」


 平凡な元会社員の魂だって!

 私が抗議の魔力を送るも、彼女は「まあ任せておきなさい」と言うように手をひらひらと振る。


「ご覧のように全くあなたの言うことを聞きませんし、赤ちゃんでこれほどの力を持っているのですから、今後成長すればどうなるか容易に想像できますよね? あなたは命がいくつあっても足りないでしょうし、王国自体が滅ぼされるかも」


 第二王子が青ざめた顔になったのを見て魔女は言葉を続けた。


「しかし、名の通った魔女である私に預けるなら何とかしてあげますよ。そっちの弟君もついでに連れていって、二人がもう二度とこの王国に関わらないようにすることも可能です。どうしますか?」

「お、お願いします! 連れていってください! ルーシャ様とレイエルはこの場で死んだことにしますので何卒お願いします!」


 魔女は「仕方ありませんね、引き受けてあげましょう」と私の籠を抱え、レイエルを引き寄せた。

 ……おお、鳶が油揚げをかっさらうように、棚からぼた餅をかすめ取るように、私達二人を難なく手に入れた。この人、案外頼りになるのかも。


 すぐに周囲を風が舞い、気付けば私達は町の遥か上空にいた。

 空の上で自らをテルミラと名乗った魔女は、私とレイエルの顔を順番に見る。


「とりあえず、どこかに家を買って定住でもしようかしらね。あ、私、子育てとか初めてだから、ルーシャは自分でできることは自分でやってよ」


 ……やろうと思えば魔力で色々できるけど。安全な場所が確保されるだけでもよしとするべきか……。前言撤回、やっぱりあんまり頼りにならない感じだ。


 あれ、もしかしてレイエルも私が世話しなきゃならないのでは? 王子なだけに普通の暮らしに慣れるまで大変だよね?

 先の未来に不安を覚える私に対し、テルミラお母さんは笑顔を、レイエルは申し訳なさそうな表情を向けてきていた。


「これからよろしくね、ルーシャ」

「ルーシャ様、お世話になります……」


 こうして、私達の新しい生活が始まった。



 ――気候が穏やかな国の小さな町に一軒家を購入し、私達は家族として暮らし出す。


 私の予感は早々に的中することに。

 テルミラお母さんは魔獣討伐の依頼で荒稼ぎするために長期間家を空けることが多く、その間、用意された生活物資を魔力で操作して私が家事全般をこなさなければならなかった。


 この日も、私は哺乳瓶からミルクを飲みつつ魔力でフライパンを操る。レイエルのためのご飯を作っているんだけど、同時進行で彼の着替えも手伝っていた。

 ちょっと、ズボンが後前逆だよ! ちゃんとはき直して!


 王子なる人種はとにかく手が掛かるということを私は痛感している。ゼロ歳児にしてもうシングルマザーの心持ちだ。

 ようやく着替え終えたレイエルが私に向かって深々と頭を下げた。


「……いつもごめんなさい、ルーシャ様。もう少し自分でできることを増やせるように頑張ります……」


 はいはい、期待しないで待っているよ。早くお昼食べちゃって、片付かないったらありゃしない。


 本当にまるでシングルマザーのような生活を私は送っていたのだった。

 しかし、人間とはやはり成長するもので、二年が経った頃にはレイエルは一人で何でもできるようになっていた。美味しい料理を作ってくれるし、合間を見て家の掃除もしてくれる。

 つくづく人は環境によって変わるものだと感じたし、元々彼にはそれだけの能力が備わっていた気がした。背もずいぶん伸びて、近頃は自主的に体を鍛える訓練なんかもしているらしい。


 ああ……、あの子犬のようなレイエルが懐かしい……。

 と感慨に浸っていると、二歳児である私の体をレイエルがひょいと持ち上げた。


「ほら、ルーシャ様、早くお昼を食べちゃってください。片付かないんですよ」

「くっ、誰がここまで大きく育てたと思ってるんだ! 子犬のように扱わないで!」

「はいはい、ルーシャ様のおかげですよ、しっかり感謝しています。ですが、あなたはまだ実際に小さいのだから仕方ないでしょう。沢山食べて大きくなってください」


 ……二年前とは完全に立場が逆転してしまった。まったく、最近のレイエルは可愛いというより何だか男らしい表情も見せるようになってきたし。

 レイエルは私をテーブルに着かせると、小声でぽつりと。


「早く大きくなってくださいね、僕は待っているんですから」


 ん? どうしてレイエルが私の成長を待っているの?


 首を傾げる私に、彼は微笑みを返してくるだけだった。


 最後に、かつて私達がいた王国の話をしておくと、あの下衆な第一王子と第二王子は王位を巡って激しい争いを繰り広げた末に共倒れすることになった。

 その結果、正統な男性後継者は一人もいなくなり、内部の権力争いが熾烈化。また、外からは魔獣に攻めたてられ、守ってくれる聖女もいないことから王国はあっさりと滅亡した。


 まあ、そんなことは遥か遠くの国で暮らす私達には関係のない話だった。

 ちょっと酒癖の悪い魔女のテルミラお母さんと、美麗ながらも近頃何だかふてぶてしいレイエルとの今の生活は、割と幸せと言えるのかもしれない。






ルーシャのこの後の話も執筆中です。

『転生幼女、教団はじめました。 ~新しい家族とのんびり暮らしたいのに、最強の聖女様と崇める信者たちが放っておいてくれません。世界を救うとか本気ですか?~』

ルーシャやレイエルのキャラデザも下に貼ってあります。

ここまで1万文字もお読みいただいたので(本当に有難うございます!)、せめて彼らの顔だけでも。

この下にリンクを設置しました。よろしければ、いらしてください。

ちなみに、続きは5話からになります。

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