「真実の愛を探しにいく」と彼は言った。勝手にしてくれて構わないのですが、あなたは私と婚約中ですよ。
私、伯爵家の四女イザベラには幼い頃に婚約した相手がいる。しかし、その婚約者、侯爵家の次男ルーカス様の様子が年々おかしくなっていく。
近頃は本当に心配になるほどだ。
ついに先日、彼は「……僕は真実の愛を探そうと思う」などと口走った。
いや、あなたには婚約者の私がいるでしょうが……。
ルーカス様がおかしくなった原因については見当がついていた。
おそらく彼は読み物の世界にどっぷりはまってしまっている。どうも人には物語のように必ず運命の相手がいると信じこんでいる節が。
……昔は読書好きな方だなあ程度に思っていたけれど、ここまで来るとさすがにちょっと怖い。
それでも、そんな妄想は内に秘めてくれているだけならまだ目の瞑りようもあった。ところが、最近になって行動にも表れるように。
つまり、運命の相手を捜しはじめた。
この世界には私達の王国以外に百以上の国があるというのに、そう簡単に見つかるはずないでしょ……。
どうやらそう苦言を呈する者は周囲にいないらしく、ルーカス様は今日も馬車に乗って運命の相手を捜しに出掛けるようだ。
果たして本当に捜し当てることができるのか。気になった私は彼を尾行することにした。
ルーカス様の馬車が動き出したのを確認して、私は乗っている馬車の御者に声をかける。
「じゃあ、手筈通りに追跡してちょうだい」
「承知しました、お嬢様」
流れる外の景色を眺めた後に、この馬車に乗るもう一人の人物に視線を移した。
私やルーカス様と同年代の彼は私達の共通の友人、子爵家のランスロット様だ。私達二人のことが心配で今回同乗してくれている。
ランスロット様は私の視線から言いたいことを察したようで、まずため息を一つついた。
「お気持ちは分かります……。イザベラ様という婚約者がおられながらありえない話ですよね……」
「ありがとうございます。私はランスロット様の正常さに救われるようです」
「……私も決して他人事ではありませんので」
「え……、それはいったいどういう意味でしょう?」
彼からの返答を聞くより先に、私達が乗る馬車がガタンと停止。
窓の外に目をやるとルーカス様の馬車も停車していた。
現在地はルーカス様の屋敷からさほど離れていない町の大通りになる。
まさか、こんな近場に運命の相手が……?
いや、正気に戻って屋敷に戻るという可能性も。それなら私はまだ耐えられる。
淡い期待を胸に見つめていると馬車からルーカス様が下りてきた。彼は道で花売りをしている可憐な少女に向かって一直線に歩いていく。
私とランスロット様は馬車の窓を開け、どうするつもりなのかと息を潜めて見守る。
少女の前で立ち止まったルーカス様は微笑みを浮かべた。
「お嬢さん、その籠の花を全ていただきましょう。きっと君は僕と出会うために、そうやって毎日花を売っていたのですね」
「い、いえ、花を売るのは今日が初めてです……。動けない母の代わりに……」
「おお、ではまさに運命! お母様が急病で倒れて困り果てているのですね! 私が救ってあげます!」
「母はただの二日酔いです……。父も元気に働いているので別に困ってはいません」
「し! しかし! 今日に限って初めて花を売りに出掛けたのはやはり運命ですよ!」
「それはたまたま母が、売上げは全部私のお小遣いにしていいって言ったから……、あ! さっき花を全て買ってくれるって言いましたよね! ありがとうございます! はい、どうぞ!」
お金を受け取った少女は弾む足取りで去っていった。両手に花を抱え、それを呆然と見送るルーカス様。
一連のやり取りを見届けた私は馬車の窓を閉める。
「ふっ」
思わず失笑がこぼれてしまった後に御者に出発するように伝える。
走り出した馬車の中で、向かいに座るランスロット様を視界に捉えた。
「私、ルーカス様との婚約を破棄しようと思います」
「……ええ、無理もないでしょう」
まあ、婚約中にもかかわらず邪な気持ちで町娘に誘いをかけたのだから、破棄の理由としては充分だろう。
やっぱりランスロット様の正常さにはほっとする。そういえば、彼も最近……。
「ランスロット様も最近になってご自身の婚約を破棄なさったと伺ったのですが」
「はい、先ほど他人事ではないと言ったのはそのことです……。私の婚約者も読み物にのめりこんでいまして、作中の王子を私と重ねるようになってきたのです」
「なんと、そちらは対象がご自身に? それはそれで大変だったのでは……?」
「仰る通りです。彼女は私に物語の王子のように振る舞うことを求めてきて、……ついに耐えきれなくなった私は婚約の破棄を決断しました」
……なるほど、本当にそれはそれで大変だ……。
私達貴族は割と閉鎖された生活空間で日々を過ごしており、何かに没頭してそれに囚われてしまうことがあるらしい。気付けば世間の常識から大きく外れていた、なんてことも起こりうるのだろう。
正常な結婚相手を得るのは意外と難しいのかもしれない。
ため息をついた私が顔を上げると、ランスロット様も同様の表情をしていた。
ここでふと妙案が。
「……ランスロット様、私達、婚約しませんか?」
「え、突然そのような……、…………、……とても良いお考えかもしれません」
こうして私達はお互いの家を説得し、新たに婚約を結ぶことになった。
運命なんてものがあるのか分からないけれど、私もランスロット様も共に苦労を乗り越えてここに辿り着いたのだから、この結婚こそが運命だと言えなくもない気がする。
イザベラが言った通り、貴族は生活空間が限られているイメージなので精神的に病む人もいるのでは、とこのような話を書いてみました。
案外、なろうで書かれているような奇想天外な話も現実に……。
……あったかどうかはともかく、地雷貴族に当たってしまった二人のお話でした。
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お読みいただき、有難うございました。
また、異世界恋愛の連載も書いていますので、よろしければお読みください。
『転生幼女、教団はじめました。』
ざっくりしたあらすじ
[聖女として異世界の王国に転生した幼女ルーシャ。敵対派閥からは暗殺者を差し向けられたり、味方からは兵器として利用されそうになったりと散々なので、出奔して自由に生きていくことに。ついでに救い出した神官達が勝手にルーシャを崇める教団を作ったことで賑やかな日常を送る。一方、聖女を失った王国は滅びの道を歩むのだった。]
また、イラストレーター様によるキャラデザも小説の下に貼ってあります。
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