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《最終回》悪役令嬢、焼き鳥を囲む

 ダンジョンに突然現れたお父様が、私に赤い宝石を渡してきた。それは、鉱山を1つ売ってまで手に入れた紅玉だった。朱色が、あまりに深い色をしている。


 金色の短い髪を後ろに流した、凛々しい顔立ちのお父様は、私に向かってにっこりと微笑む。これがこの国唯一の公爵、グランドロス公爵だ。


「リーネ。折角、僕がプレゼントしたのに、忘れていただろう?最近はずっと、そこのアラン殿下からもらった指輪をネックレスにしてつけているね」

 私は白い鎧の下でも私の首もとに輝いている、アラン皇子から貰ったお守りの指輪を、手で押さえた。落ちないようにネックレスにしている。お父様からもらった宝石もネックレスにしていて二つは一緒につけないので、お父様の宝石は宝物入れにしまっていた。

 しまうだけしまって滅多に開けない宝石入れだ。


「結局女の子は、あとからでてくる男に取られてしまうんだ。寂しいよね」

 お父様はわざとらしく拗ねてみせる。

 私はじわりと腹を立てた。大魔王が現れて、戦って勝たないとこの国が滅びてしまうようなこんな大事な時に、数ヶ月ぶりではないかというほど久しぶりに顔を見せたと思うと、いちゃもんつけてくる父。


「言わせていただきますが、お父様。このアラン殿下と婚約することを決めたのは、お父様ですわよ。そのアラン殿下からいただいたものを身に着けて、何が悪いのですか?」

 私が言うと、お父様は、人差し指を立てて私に近づけた。

「そこなんだよ」

「?」

 私は怪訝な顔をしてみせた。

 お父様は、それはともかく、と言って、私に抱きついたままでいるアラン皇子を、無理やり引き剥がした。

「アラン殿下。リーネのあまりある魅力のせいだから仕方ないにしても、婚姻を結ぶまでは、過剰な接触は控えていただきたい」

 そう言うと、お父様はパチンとアラン皇子の目の前で指を鳴らした。するとアラン皇子は、はっと我に返る。

「ーーー?あれ、グランドロス公爵……?貴殿が何故ここに……?」

「アラン。良かった。戻ったのね!」

 私がほっとして微笑むと、またアラン皇子に抱きつかれた。

「リーネ。やめてあげなさい」

 ため息をついて、お父様が呆れた顔をする。

 なぜか私が怒られた。釈然としない。


「アラン殿下。申し訳ありませんが、いつもリーネにかけている魔法をかけてもらっていいでしょうか」

「ーーーわかった」

 アラン皇子は頷いて、私にいつもかけているらしい魔法を、私にかけた。

 ……いつも私にかけているの?


「兵士達を奮起させるためにわざと術をかけなかったのでしょうが、さすがに無謀ですよ。アラン殿下」

 またパチンとお父様はアラン皇子に指を鳴らす。アラン皇子が私から離れた。

「ーーーすまん。公爵。感謝する」

 アラン皇子は少し、ばつが悪そうに頭を掻いた。


 お父様は、アラン皇子に向き合う。

「我がグランドロス家は、代々、禁忌の魔法と言われている闇魔法を根源とした魔法を得意とする家系なのですよ、アラン殿下」


 私はお父様を見上げる。

 では公爵家は闇魔法を詳しく知っている、ということなのだろうか。伝承はされていないはずなのに。


「そもそも、闇魔法は時空間魔法とも近い。それによって、ジルは空間魔法、リーネは闇魔法を会得した」


 お父様は、手をかざしてみせる。

 すると、黒い炎が手から生まれた。お父様はすぐにその火を消す。

「ーーー実は私も、闇魔法の使い手でしてね」

「そうなのですか?」

 アラン皇子より私が驚く。

 そのことを初めて聞いた。昔の私の誘拐のことといい、お父様は私には言わず、アラン皇子にばかり真実を明かす。


「私は他の魔法は得意なのですが、闇魔法は苦手でした。闇魔法はそもそも魔法の起こし方が違う。習得が難しいのです。それに闇魔法は威力が強い割に都合の良い活用ができず、闇魔法を覚える必要がなかったわけですがーーー」

 お父様は、ちらりと私の方をみた。

「闇魔法の天才とも言える、リーネが生まれました」

 私は目を見開いた。

 私が天才?

 魔法の能力が皆無と言われていたのに?


「闇魔法の使い手は、なぜか人の心の底の根本的な部分を侵す。魅力があればその魅力を倍増して振り撒き、それが悪なら、嫌悪感を倍増させて感じさせる。ーーー小さい頃のリーネは、3歳にして魅力を振り撒き、誘拐されてはその誘拐犯を、あり得ないほど残虐な姿に変えてきました」

 

 ーーー3歳の時からって……。


「日に日に魔力が強くなるリーネは、私達にとって恐怖でもありました。闇魔法はそもそも禁忌。遣い手が見つかれば殺せという国さえある。それがこんな魅力と残虐性を発していると知れたら、娘は間違いなく殺されてしまうでしょう。ーーー私と妻は、それを恐れて、リーネの魔力を隠すことにしました」


 お父様は、優しくも悲しい瞳で、私を見つめた。


「妻はーーーお前の母は、お前の魔力を封印するために、すべての魔力を使い果たしたんだ。そして僕は、妻と約束した。お前を必ず守ることを」


 お母様。

 5歳の時に死んだ、お母様。

「封印には、強力な媒体が必要だった。それを持っていた皇帝と、僕達は契約したんだ。闇魔法の天才であるリーネは、いずれ大人になったらその力を取り戻す。そうしたらその力を国のために役立てると。リーネとアラン殿下を婚約させ、公爵家として経済面、政治面でも協力することを誓った。ーーーそうでもしなければ、その媒体を貸して貰うことができなかった」


「媒体って?」

「それだよ」


 お父様は私の胸に光る、アラン皇子から貰った指輪を指差していた。


「ーーーーえ?」

 アラン皇子も驚いている。

 これは、アラン皇子のお母様の形見で。

 アラン皇子と瞳と同じ色をした、お母様のお守り。


「どういうこと?」


 本来のゲームでは、これは聖女に渡されるものだ。アラン皇子のお母様が死ぬ前にアラン皇子に言うから。


『貴方が心から大切に想う人にあげなさい』と。


 お父様は続けた。

「そこには、リーネの魔力が封印されている。もし、リーネがアラン皇子から認められたら、リーネにその魔力が戻る。認められなければ、その魔力はただのお守りとして、アラン皇子が選んだ相手に渡されるものだったんだ」


 私とアラン皇子は、目を合わせる。

 お父様は、またアラン皇子に向き合った。


「……アラン殿下は、小さい頃から賢い子供でした。アラン殿下の母上である前皇后陛下は、アラン殿下が選ぶ相手なら間違いないだろうと。もしその相手がリーネであれば、魔力を戻しても問題ないだろう、アラン殿下の支えになってくれるだろうと祈りを込めて、アラン殿下に渡されたのだと思います。アラン殿下の幸せを心から願いながら」


 アラン皇子は呟く。

「ーーー母上が、俺の幸せを願って……」


 アラン皇子は、私の首にかかる指輪を見つめて、遠くを想う顔をした。きっと、亡くなったお母様を思い出しているのだろう。


 そしてアラン皇子は私にこの指輪をくれて、私の魔力が元に戻っ……てないことに気づく。


「お父様、わたくしの魔力は元に戻っていませんが」

 お父様を私が困った顔で見つめると、親バカのお父様は、ふにゃっと顔を緩めた。

「だから、リーネに渡したじゃないか。あの宝石だよ。『神宝』の紅玉を」

 

「あぁっ」

 私は叫んだ。

 ーーーーようやく繋がった。

 私は自分の手の中にある、鮮やかな赤い宝石を見下ろす。

「この宝石が?」

「時期がきて、リーネに渡して大丈夫と僕が思えれば、購入して渡そうと思っていた」

 お父様は、優しい顔をして、私の頭を撫でる。


「……リーネではないが、リーネの記憶を受け継ぐ少女。ーーー君に」


 私はまたたいた。驚きを隠せなかった。

「ーーーお父様……。ご存知だったのですね」

 はは、とお父様は笑う。

「当たり前だ。これでもリーネの父親だからね」

 笑うと目がなくなった。こういうところ、リーネは父親似なのだろう。


 鉱山一つと引き換えれるほどの宝石。私は父親という存在をありがたいと思いながら、首にかかる紫の宝石と、手の中にある宝石を握りしめた。


 お父様に言われる通り、私は両方の宝石に念を送る。

 宝石は徐々に輝きだし、赤と紫のそれぞれの光を強くしていった。

 

 昔から『色』に興味があった私は、赤と紫という色を聞いて、ふと思い出す。

 三原色で、赤と紫は隣同士なのに、可視光線だと一番遠い色になる。それを興味深く思ってはいた。


 封印の紫色と、解除の赤色がその色であるのは、そういうことなのだろうか。

 ーーー赤はコアの色。

 たまたまなのかもしれないが、この世界は、まだまだ色々と隠されてそうで、面白い。


 赤と紫の色が重なり、私を包み込む。

 手に足に。皮膚に内臓に。

 魔力が染み渡るのを感じる。

 

 アラン皇子から魔力を貰うのとまた違う。

 身体の中で空気が膨張するというよりは、身体全体が大きな器になったような感覚だった。

 精神を統一した時に、意識できる空間の広がりを感じた。どこまでも、どんなに遠くでも届きそうな、そんな感覚。


 光が私の身体に全て入った時。

 私の頭はとてもすっきりとしていた。

 晴れ渡る青空のような。

 高い高い空から地上を見下ろすと、丸い地球を超えて、大気圏まで見れる。そんな感じだ。

 

「……ふふ」

 私はつい、笑ってしまった。

 横にいるアラン皇子は、急に笑いだした私を、少し怪訝そうに見た。

「どうした。リーネ」

 いえ、と私は首を振る。

「なんか気分が軽くて、今なら世界征服もできそうな気がして」

 アラン皇子は少し黙る。

「ーーーー冗談だろう?」

「うふふ」

 それに私は、微笑むだけに留めた。

 アラン皇子が軽く頭を押さえたのを、私は横目に見る。

 

「アラン殿下、リーネさん。まだですか?」

 ケリー先生がまた大魔王の攻撃を阻止して、私達を促してきた。もう限界は近いのかもしれない。

 ジルお兄様は気絶し、ロジーは私ばかり守っている。私達が話している間、ケリー先生はずっと1人で戦っていたのだ。


「ケリー先生、遅くなりました。もう大丈夫ですわ」

「ーーーそうですか」

 ケリーは安堵したように息を吐いた。

 今度、ケリー先生に何かお礼でもしようと思う。

 それこそ、禁忌の魔法として伝承されていない黒魔法の秘密など教えたら、喜んでくれるに違いない。


 私は、身体の前で上向きに両手の手のひらを広げて、魔力を流した。出てくる黒い糸のようなものを集めて紡ぐが、糸の出かたが尋常ではない。

 沸きだつように糸は増え、重ねるとお父様のように黒い炎になった。

 だがその大きさは、お父様の何倍、何十倍とある。


 黒魔法が苦手だったというお父様。

 私は、ーーーリーネは黒魔法の天才だったらしい。


 燃え盛る炎は、辺り一面を覆い尽くす。

 しかし普通の炎と違うのは、『燃やしたいもの』しか燃えないことだ。

 炎の中にいる兵士達は全く熱くなさそうで、何故熱くないのかと狼狽えながらも、そこに留まっている。


 なんだか。

 徐々に黒魔法がわかってきた気がした。


 私はその炎をできるだけ遠くまで広げ、そこからまた炎を高く増大させる。大魔王にはまだ攻撃をしない。


【ーーーー何をしている】

 大魔王がいらつきながら、私に攻撃を食らわそうとして、防御にアラン皇子とロジーが加わり、ケリー先生と三人で私を守ってくれる。


 私がどんどんダンジョン内に炎を広げると、元々燃えていた赤い炎が全て黒の炎に埋め尽くされた。


【何だーーー、一体、何を】


 私の元いた世界。

 高層ビルも、公園も、電車も何もかもを黒く揺らめく炎に変えて。

 私はその範囲を高く、ーーーどこまでも高く燃やし、ダンジョン中を埋め尽くす勢いで広げていく。


 私は両手を上にあげる。そして、萎めるように、押さえつけるように、ゆっくりと身体の中央に手を動かした。

 燃え上がった炎が縮まっていく。

 折角大きくした火を静めているのではない。

 これは『凝縮』していた。


 マイリントアが言った言葉。

『リーネの闇魔法の黒は他の闇魔法の遣い手よりも濃い』。

 誰も壊せなかったダンジョンの壁を壊せたのも、マイリントアやリュージュ、そして大魔王に攻撃が効いたのも、多分、それが原因なのだと思う。


 それならば。

 黒く。どこまでも黒く、濃くしてやれ。

 密度など、もう気にすることもないくらい。

 全てを黒に。

 他に何も入ることもない、完全なる黒に。

 集めて集めて集めて。

 黒い炎をたった1つの塊に。


 山より高い大魔王の頭上に、気球ほどの大きさの黒い塊が浮かんでいた。

 それは、黒鉄の塊にしか見えない。

 しかしこれは鉄ではない。


 この魔法の名前なども知らない。

 けれど。

 

 私なら、こう名付ける。

 私は片手を挙げて、その名前を読んだ。


「ーーー『ブラックホール』!!!!」


 私が黒い塊を解放した時。


 ーーーそれは、一瞬だった。


 黒い塊の中に、大魔王があまりにもあっさりと吸い込まれて消えていった。一緒にそこらにいた魔物達も吸い込まれていったようだ。


 さっきまであれほど激しい戦いが繰り広げられていたのに、本当に、たった一瞬でーーーー。


 全てが終わった。


 あまりの衝撃に、そこにいた人は誰一人として、声をあげることはできなかった。

 ぽかんと口を開けて、大魔王が吸い込まれた黒い塊を見上げるだけ。


 私を、信じられないという顔で眺めるだけ。


 しばらくしても誰も動かないので、私は少し困って、兵士達の方を向いて笑った。

「……私達の勝利ですわよ」

 私の声で、弾けるようにワアッと歓声があがった。

 ダンジョン中、いや、ダンジョンを越えて、王宮や王都まで聞こえるほどの大声で。


「リーネ様、万歳!!」

「女神様万歳!!」

「リンドウ帝国万歳!!!!!」


 そこには激しい泣き声と安堵の笑い声も含まれていた。

 死を覚悟していた人達は無事に帰れることを喜び、帰らぬ人となったもの達を悼んで泣いた。


 私は、アラン皇子と目を合わせる。

 アラン皇子が私に近づいてきた。

「リーネ。本当に感謝する。あの大魔王を倒すなど……まだ信じられないが」

「いえ。アラン殿下がくださったあの指輪がなければ、この結果にはならなかったでしょう。わたくしの方こそ、アラン殿下には感謝致します」

 私達は固く握手をすると、周りから拍手が零れた。

その拍手は大きなものに変わり、歓声と共に笑顔が溢れていた。


 大魔王の攻撃をずっと防いでくれていたケリー先生がやってきて、ロジーが私の傍に姿を現した。

 ノクトが、ガチガチに拘束されて動けないマイリントアを抱き、アラン皇子の傍に寄る。

 皆、笑顔だった。お父様に担がれて馬車に乗せられた、意識のないジルお兄様以外は。

 きっと、これからジルお兄様はお父様に激しく叱られるのだろう。

 でもジルお兄様にも、目が覚めたらこの話をしてあげようと思う。もう、スミレを国外に閉じ込めなくて良いことを。もう、無闇に死を怯えなくて良いことを。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 皆が去ったダンジョンの中に、私は一人、残っていた。

 たった一日だったけど、ここで色んなことがあった。

 死を覚悟して、魔力を取り戻して。

 ーーーーとても疲れた。


 ダンジョンは、時間の経過で回復していく。

 私の元いた世界の模倣物は、建物も電車も公園も、もうボロボロに壊れてしまったはずなのに、たった数時間で殆ど元の状態に戻っていた。

 私はダンジョンを歩いて、公園のブランコに座った。

 

 ゆっくりと漕ぐと、ブランコは、キィ、キィ、と哀しい音を立てる。

 公園の横に川が流れていて、そのすぐ隣に線路がある。電車が通るガタンゴトンという音が、今にも聞こえてきそうだった。


 私はブランコを漕ぐのを止めて、空をーーー天井を見上げた。そこにはただ暗い雲が広がっているだけ。


 それもそうだ。勘違いしそうになるが、ここはダンジョンの中。元の世界ではない。

 本当の世界は、もっと人が溢れていて、忙しない人達が沢山公園を通っていくはずだ。

 子供の泣き声と笑い声と。

 自転車と、公園の隣を走る車の音。


 ーーー私が、もう見ることはない世界。


 もうーーー帰れない世界。


「……リーネ」

 心配げな美声に名を呼ばれ、私は振り返った。

「アラン」

 アランは、私の横のブランコの鎖に手をかける。

「帰りが遅いから、迎えにきた」

「そう。ーーーもう少しだけ、待ってくれる?」

 このダンジョンはこれからも残るだろうが、ダンジョンには必ず冒険者が来る。ここの世界の人が誰もいない、元の世界のままの姿を見るのは、これがきっと最後だろう。


 元の世界を懐かしめるのも、これが最後。


「俺がいない方がいいか?」


 聞かれて、私は少し考える。

 アラン皇子は、こちらの世界の人だ。

 でも、ゲームとして、映画として、アニメとして。アラン皇子は向こうの世界の人でもある。

 私はううん、と返事した。

「ここにいて。少しーーー淋しかったから」

 私の返事に、アラン皇子は優しく微笑んだ。


「これは、なんていう道具だ?」

「ブランコって言うの。漕いで揺らして遊ぶ、子供の道具よ」

「へぇ」

 アラン皇子は、ブランコの平たい板に乗り、少し身体をぐらつかせた。

「む、ちょっと揺れるな」

「すぐ慣れるわよ。ーーーふふ、アランは背が高いから、ブランコが小さく見えるわね」


 そして言葉通り、アラン皇子はすぐにブランコに慣れて、ゆっくり漕ぎ出した。キィ、キィ、と音が鳴る。

「これ、面白いな。帝国でも流行らそうか」

「いいわね。本当に、子供達はブランコが大好きよ。一部の大人もね」

 にこりと私が笑うと、アラン皇子は少し黙る。

 何か、言いにくそうにして、でも口元に力を入れると、ブランコを止めて私に向いた。


「リーネ。ずっと言いたくてーー言えなかったんだが」

 アラン皇子は、真剣な表情をして、言った。


「俺は、ーーーリーネが好きだ」


 顔を赤らめたアラン皇子を、私は見つめる。

 私もブランコが動くのを足で止めて、アラン皇子に身体を向ける。すごく嬉しくて照れてしまったけれど。

「ーーーそれ、前に聞いたわよ」

 私は淡々とした表情で、そう言った。

「は?」

 記憶にないらしいアラン皇子は、ものすごく顔を歪めて、私に聞き返した。

「そんなわけないだろう?ずっと、言えなくてーーー言わなかったのに」

「ううん、間違いなく聞いた。私のこと、『愛してる』って言ってた」

「そんなバカな」

「あれ、じゃあ嘘なの?冗談?」

 私が首を傾げると、アラン皇子は困った顔をする。

「いや、冗談ではないがーーー本当に、俺だったのか?別の男という可能性は……」

 まだ疑っている。間違いなくアラン皇子が言ったのに。

「ない!絶対にアランが言った」

「ーーー本当か?」

 疑り深くて、本当に困る。

 私はわずかに眉を寄せて、アラン皇子を睨んだ。

「もう、何よ。折角嬉しかったのに。忘れてしまうなんて」

 私が言うと、アラン皇子は少しだけ動きを止めて、じわりと私を見つめた。

「ーーー嬉しかった?」

 アランが期待した瞳を向けてきたので、ピョン、と私はブランコから飛び降りた。ふふと笑って、私は歩き出す。

 アラン皇子がそのあとを追いかけてきた。

「リーネ、それはつまりーーー」

 私は知らぬふりをして、顔を背けた。

「え?何のことおですの?わたくし、何かいいまして?嫌だわ。大魔王のせいで、記憶が曖昧になっているのかしら。アラン殿下と同じですわね」

「嘘つくな。白々しいぞ」

「あら、淑女に対して嘘をつくななどと。失礼じゃありませんこと?」

「その口調もやめてくれ」

「あは」

 私はアラン皇子の反応が面白くて、つい、笑ってしまう。

 

 そのままダンジョンを出ると、もう夜になっていた。

 街灯も何もないツノセゴ平野の夜は、真っ暗で何も見えない。

 ただ、見上げると満天の星が輝いていた。

 それはとても。とても綺麗で。


「リーネ。もう暗い。何も見えないだろう。俺が送るから、こっちへ」

 アラン皇子は、生活魔法『照明(ライト)』を使って足元を照らしてくれる。

 アラン皇子が自分の手を差し出してくれたから、私はその手をそっと握りしめた。


「ーーー私もよ。アラン」

 私が言うと、アラン皇子は「何がだ?」と不思議そうな顔をしてみせた。

 私はまた、可笑しくて笑った。

「なんでもない」

と言ってみる。

 

 夜の闇は深い。でも太陽の光を浴びて輝く明日は必ず来るから。

 ーーー私には、このアラン皇子の温かい手があれば、明るく前を向いて歩ける気がした。


 私はその手を、ずっと握りしめていた。


※※※※※※※※※※※※


 一週間後。


 大魔王退治の話題で盛り上がったリンドウ帝国国内は、まだまだお祭り騒ぎが収まりそうになかった。

 人々は大魔王と戦った人達を讃え、飲めや歌えで盛り上げる。

 そこらの兵士でさえ、あのダンジョンに行ったと知れたら引き寄せられ、酒を飲まされて武勇伝を語らせられた。まして大活躍したケリー先生にもなると大混乱が起こるので、外を歩くことさえできない状態だった。


「ーーーほんと、参りましたよ。いつまで続くんでしょうね。この騒ぎ。早く元のように戻って欲しいですね」

 ケリー先生は、丸テーブルに置かれたコーヒーをゆっくり啜りながら、困った困ったと繰り返す。


 ここは王宮の中庭。

 噴水が豊かな水を吹き上げ、鮮やかな初夏の緑が、太陽の光を浴びて輝いている。

 季節の花は咲き誇り、優しく風が吹きぬける。


 あれから、私はケリー先生にお願いして、自分の闇魔法を封印してもらった。あんな大きい力を持っていたら危ないし、いつ暴走するかもわからない。

 うっかりアラン皇子あたりにキレて、リンドウ帝国が滅亡してもおかしくないと思うと、封印してもらう方が安全だろうということになった。


 リーネのお母様は魔力切れを起こしてしまったが、ケリー先生は私の魔力を封印しても、全くどうもなっていない。さすが偉大なる魔術師の塔の管理者、というべきなのだろう。


 ケリー先生のお許しが出てから、マイリントアも拘束を解除され、私の魔力が弱くなったことで元の手のりサイズに戻り、ノクトの膝の上で美味しそうにケーキを食べている。ずっと姿を見せなかったリュージュは、マイリントアと同じトラップに引っ掛かっていたようで、結局、大魔王との戦いに全く参加できず、すねて一時的に故郷の山に帰ってしまった。

 また思い出したように戻ってくるのだろう。


 ジルお兄様はというと、あれから、お父様に一年の謹慎処分をくだされた。輝かしいエリートコースを歩んでいただけに、一年とはいえ謹慎させられるのは辛いものがあるだろう。

 でも、他国に聖女を逃がそうとしたこと、自分の私欲のために国を危うくさせたことを考えれば、かなり軽い処分といえるだろう。

 それは、アラン皇子とケリー先生とノクトが、必死にお父様に減刑を訴え続けたことも影響している。

 国外追放、斬首さえも覚悟していたジルお兄様にとって、この一年の謹慎という処分は受け入れがたかったようだが、愛するスミレの立場を考えるようにとアラン皇子に言われ、少し考えを改めたようだ。

 まだ回復には時間がかかるだろうが、前の優しいジルお兄様に早く戻ってくれればと切に願っている。


 そしてスミレは、大魔王が倒されたことを聞くと、にっこりと優しく笑って、元のスミレに戻ってしまっていた。元に戻ったスミレは、全くダンジョンでのことを覚えていなかった。そして、スミレが戻ってきたことでほっとしている自分もいたりする。

 

 大魔王を倒して、目が覚めてからスミレを迎えにいくジルお兄様について、私は他国へと飛んだ。

 戦いが無事に終わったことを知って、消える前に、スミレは、ーーー大聖女は私の耳元で囁いた。


「アラン様をしっかり捕まえておかないと、私がアラン様を取り返しますからね」

 そう言って天使の笑顔を見せたスミレに、私は笑顔を返すことができなかった。発破をかけたのだと思いたいが、本気だったような気もしてならない。

 入れ替わったとはいえ、あの大聖女が完全に消えるとは思えないので、いつかまた、こっそり戻ってきそうな気はしている。

 できればスミレの中で、ゆっくり休んでいて貰いたい。 


 さて。

 今日はそれらの外を出歩けないメンバーが集まって、パーティーをすることになっている。


 向こうの世界でバーベキューが趣味だったという皇帝が、BBQセットのようなものを手作りして、王宮の庭でバーベキューをすることになったのだ。


 マイリントアは、数日前からソワソワして落ち着かず、今朝は朝から興奮して騒ぎまくっていた。

 

「もっとじゃ。もっと肉を持ってこい!!たんと、皿一杯にするんじゃよ。火加減はレアで頼むぞ」

 先乗りしてすでに焼き肉も食べ始めているマイリントアの横で、慣れない環境に戸惑っている少年が一人。


 私はその少年の方に歩いていき、ひょこっと顔を覗かせた。色は薄くなっているが、まだ緑をしている皮膚に、大きな可愛い瞳が愛らしかった。

 あまりに身体が大きすぎて顔が見れなかったが、小さくなってみるとただの美少年だった。

 かなり童顔だけど、これで妻がいるのかと不思議に思う。

「今日はいっぱい食べてね!憎たらしい大魔王をやっつけたお祝いなんだから」

 私が言うと、小さくなってしまった大魔王は、ぶすっとしてふてくされた。


「朕に対して無礼であろう。朕を倒した祝いなどーーーもう、こうなればやけ食いぞ。ーーーマイリントア。食べ比べだ。どちらが早いか競争だ」

「ホッホッホッ。大魔王様。早食いでワレに勝とうとは100年早い」

 マイリントアも、大魔王からマイリントアと呼ばれるようになって、少し嬉しそうだった。


 ーーー大魔王は、私の黒い塊に吸収された。

 しかし、マイリントアやリュージュがそうであるように、大魔王も死ぬことはなく、私がテイムした形になったようで、大魔王も彼らと同じく私の魔力に応じて身体が小さくなってしまった。

 魔界は地上の上とか下にあるわけでなく、次元の違う場所にある。帰りたいといって帰れる場所ではない。

 また、呪いの沼の召喚の効果も残っているらしく、リンドウ帝国を壊さない限り魔界には帰れないと嘆いていた。

 そのためだけにリンドウ帝国を壊すわけにもいかないので、呪いの契約を解除できる方法がわかるまで公爵邸で預かる形になった。

 テイムしているので、預かるというのもおかしな話だけど。


「大魔王。美味しい?」

 口いっぱいに頬張る大魔王に私が聞くと、大魔王は少し口を尖らせた。

「……デールだ」

「え?」

 大魔王は頬をわずかに染めて、つんと顔を背けた。

「名前だ。朕はデールという。お前だけはそう呼んでも構わぬぞ」

 ーーーツンデレか。可愛すぎる。

 思わず私がデールを抱き締めると、後ろからアラン皇子に引っ張られた。

「相手の了解も得ずに抱きつくのは、どうかと思うぞ」

 私は無表情になり、目を細める。

 どの口がそれを言うのか。

「ーーーそうね。私もそう、心から思うわ」

 アラン皇子は私から手を離すと、もう片方の手に持っていた皿をテーブルに置いた。

「ほら、持ってきてやったぞ。ずっと食べたかったんだろ」

 見ると、焼き鳥の串が10本ほど皿に乗っていた。

 私は驚いて、アラン皇子と焼き鳥を見比べる。

「ーーな、なんで焼き鳥っ?ーーーなんで知ってるの?」

 私はあまりの嬉しさに、笑いが抑えられなかった。

「……リーネが気絶していなくなる前に、俺に言ったんだ。『なんであんな焼き鳥のことばかり考えてる女を』って。はじめは何のことかわからなかったが、よく考えると、リーネはいつも何かを欲しそうにしていたなと思って」


 そして、アラン皇子は、皿から一本、焼き鳥のモモ肉の串をつまみ、私に渡してきた。

「ーーーだから焼き鳥だ。間違ってなかったか?」

 少しはにかんだアラン皇子が、今までにないほど輝いて見えた。後光をさしているような。


 ようやく。

 ようやく念願の焼き鳥が食べられるーーー。


 私はアラン皇子が渡してきた串を受け取り、口を開けようとして、ふと気づいた。

 皿に残った焼き鳥串を改めて眺め、首を傾げる。


「ーーー私、焼き鳥の1本目は、絶対に『豚バラ』って決めてるんだけど。豚バラ、焼いてないのかしら?」


 私が焼き鳥を食べたがっているという話がここにいる人達の中で広がっていたのだろう。私が焼き鳥を食べるのを温かい瞳で見守ってくれていたすべての人が、私の言葉に、信じられないという顔をしてみせる。

 アラン皇子が、呆れ顔で呟いた。

「ーーー豚バラって、『焼き鳥』じゃなく『豚』だろう?」

 私は首を振る。

「私の故郷では、豚バラが焼き鳥の定番で、一番人気なのよ」

「焼き鳥なのに?」


 優しい笑い声が、王宮の庭にこだまする。

 初夏の暖かい日差しの中で、誰もが笑顔だった。

 次々に肉が焼けていく。肉の焼ける芳しい匂いにつられて、一人、また一人と仲間が増えていく。


 やっぱり私は色恋沙汰よりも、こうやって皆で美味しいものを囲む方が性に合っていると思う。


 ーーー今はまだ。

 このままでいたいと思った。

 


《終》

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[良い点] 完結おめでとうございます! 楽しかったですありがとうございました! [一言] 色々細かい所はありましたが、勢いがなくなりそうなのでこれで良かったです! 次回作も楽しみにしております
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